【特集:「トランプ後」のアメリカ】
座談会:「分断」の先に何が見えるか
2021/02/05
日本の「マイルドなトランプ現象」
中山 日本における妙なトランプ現象は、つい先日も日比谷で「ストップ・ザ・スティール」のデモ行進がありましたが、大して大きくないので、あまり過大評価すべきではないと思います。
より問題なのは、日本には外交安保サークルやビジネスリーダーの人たちの中に「トランプさんは悪くないんじゃない?」という層が、結構多いことです。なぜ日本にそういう人たちが多いのかというと、まず、安倍総理がトランプの懐に入り込んで、トランプショックを吸収してくれたことがあると思います。これは日本に特殊な事情ですね。
2番目は、やはり中国でしょうね。オバマの対中政策に対する不信感が日本では非常に強い。これはちょっとアンフェアで、2期目のオバマ政権は、それなりに中国に対してはタフだったのですが、やはり1期目のG2的な対中政策の印象が強い。それに対して少なくともトランプは、中国といつでもけんかする姿勢を露骨に出している。だから、トランプのほうがいいじゃないか、ということだと思います。
3番目としては、先ほどご指摘があった通り、日本ではなかなか本格的な反動的ポピュリスト運動が発生しにくいがゆえに、ヨーロッパからは見えたトランプの危険性が、日本では見えなかった。ある意味、トランプは典型的なアメリカの、ちょっと粗野で、傲慢で、声が大きいおじさんだよね、と思われてしまった。
日本のリーダーたちの中にも、トランプを支持する人が結構いたことが私はすごく気になって、今回は初めて大統領選挙の解説でも「バイデンのほうがいいのではないか」とあえて主張しなければいけないという感覚を持ちました。
もう1つ、実は日本がトランプにそれほど違和感を抱かない理由として、日本というのは不作為ですが、トランプ的な空間を成立させてしまっているとも言える。例えば壁の問題でも、日本にはトランプがメキシコ国境に築こうとしている壁よりも、はるかに有効な自前の壁(海)があるとか、圧倒的に男性優位の社会で、ジェンダーに対する意識が希薄、均一的で人種問題がないとか、伝統に依拠した秩序だった社会がある、等々ですね。
トランプ的なるものに対する違和を感じにくい空間で、われわれ自身が生きていたのではないか。そうであるがゆえに、ある種のマイルドなトランプ現象があるのではないかという感じがしますね。
「分断」は好転できるのか
渡辺 アメリカの話に戻りますが、待鳥さんが冒頭おっしゃっていたような党派政治が非常に強くなり、結局コロナという国家的な危機が起きても、それが収斂していく気配が見えなかった。
バイデンさんは融和を訴えていますが、今後果たして本当にそれができるのか。2024年の大統領選挙でもトランプの支持基盤というのは、ある程度残り続けるでしょうし、彼自身が出馬するのかキングメーカーになるのかは分かりませんが、影響力は残り続けるでしょう。
そのことを考えた時に、果たして分断化したアメリカ社会が、どういう形で対話モードに戻っていけるのか。これは今までの歴史的な事例を見ようとしても、なかなか見当たらない。
岡山さん、分断が好転していった事例があるのでしょうか。
岡山 あまり幸せなシナリオは見当たらないかなと思います。今日の分断に近いものとして、しばしば19世紀半ばの南北戦争期が挙げられます。このときの政党間の対立軸は、奴隷制の扱いでした。4年間の内戦を経て奴隷制は廃止され、その後、両党・南北の白人は和解しましたが、それは人種差別を棚上げして黒人を置き去りにした、その意味で不十分なものだったわけです。これは、今日の分断にも直接つながる遺恨になっています。
他方、政治的な分極化の解消を考えると、これはやはり政治家の行動が変わらないとだめだろうと思います。ではどうしたら行動が変わるかというと、制度、ルールが重要になります。
この点、近年ある選挙制度改革が注目を集めています。アメリカでは各州が選挙制度の大部分を決めます。基本はどこも小選挙区制で、有権者は当選してほしい候補者1名に投票します。それに対して、2016年にメイン州が採用した「選好投票制度」では、複数の候補者を1位、2位……と順位づけする形で投票する点が異なります。
やや複雑で恐縮ですが、この制度の下では、当選するのに最多票を得るだけでなく、過半数など予め定められた得票率を超えることが必要とされます。集計時には、まず各票をそこで「1位」の候補者に与えます。そのうえで、どの候補も既定の得票率に達しなかった場合は、最下位の候補者を脱落させ、その候補に投じられた票を、そこで次点として記載された候補者に振り分ける……ということを、勝者が決まるまで続けるという方式です。
この制度を導入する狙いは、政治家の行動パターンが変わるという期待にあります。今日の選挙戦の基本は、自党の支持者を徹底的に囲い込むというものです。しかし、選好投票制度では、幅広い有権者に高い順位をつけてもらえれば有利になるので、候補者がより穏健で妥協的な立場をとり、それだけ分極化も弱まると期待されるわけです。
選好投票制度は、今回州民投票でアラスカ州でも採用が決まりました。ただ、この制度が効果を発揮するには、有力で中道的な第3党候補がほぼ不可欠です。それでもこんな改革に希望を託さなければならないところに、分断の厳しさが表れているともいえます。
渡辺 金成さん、いかがでしょうか。
金成 ジャーナリズムには分断の芽を多少摘む作用があると思っています。
自分の話で恐縮ですが、例えば私の『ルポ トランプ王国』を読んでくれた学生が、トランプ支持者と聞くだけで拒絶していたが、彼らにも守るべき暮らしがあって、一定の理由をもって支持していることがわかった、と言ってくれた。それも1つの小さな事例かなと思っています。
著名なジャーナリスト、バーバラ・エーレンライクさんの話で「なるほど」と思ったのが、いわゆる工場労働者の現実を本当は知りたいけれど、なかなか伝わってこないので本人に書かせればいいと言うのです。例えばポテトチップス工場で働いている労働者に労働の実態を記事に書いてもらい、彼女がそれにだいぶ手を入れて発表するといった工夫をされているんですね。
ジャーナリズムに身を置く人間としては、なかなか理解できないところに声を聞きに行って、その声を伝える作業をやり続けるしかないのかなと思います。それによって少なくとも分断の芽を摘む役割を果たせればいいな、というぐらいですね。
渡辺 実際に話をすれば、ある程度は共通点もある。そうすると差異ばかりに目を向けずに、こいつは地球が平らだと信じているけれど、しかし釣りが好きだという点では同じだというように、何かしらの共感が生まれていく。そういう媒介的な役割をジャーナリズムなり、有識者が果たしていけるのではないかということですね。
金成 そうですね。これは渡辺さんから教わってきたことだと思っていますが、知らない相手を悪魔化する傾向が人間にはあって、相手を罵倒している時はその相手のことをあまり知らないことが実は多いと思っています。
2021年2月号
【特集:「トランプ後」のアメリカ】
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