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【特集:薬学部開設10周年】
慶應義塾大学薬学部の過去・現在・未来

2018/10/05

研究の充実

慶應義塾との合併時に薬剤師養成教育の充実とともに期待されていたこととして、研究の充実がある。薬学部の研究は、創薬研究と医療薬学研究の二本柱からなる。どちらも医学部や理工学部等との連携が研究の発展には不可欠である。すでに個々で医学部や理工学部の講座との研究連携の実績のある講座も多くあるが、他に学部や研究科全体としての取り組みには、若手の研究者の医工薬コモンズ、医学研究科と合同で行っている大学院生向けの「研究臨床体験プログラム」がある。2018年度からは、金澤薬学部長と天谷医学部長の肝煎りで薬学部を卒業した研究生の医学部研究室への受け入れも始まった。また、2014年のOJTの開始時から、薬学部の基礎系も含めた教員と病院薬剤部とで年1回の研究セミナーを実施し、共同研究を推進している。臨床現場の課題を学部に戻って研究するいわゆる「リバース・トランスレーショナルリサーチ」に繋がる取り組みである。その基盤として2016年には薬学部に「病院薬学講座」が設けられ、私が病院薬剤部長と病院薬学講座の教授を兼務することとなった。そして、3名の講座教員のうち1名を病院薬剤部からのローテーション人事とし、期間限定ではあるが、教員として教育と研究を経験し、薬学部と病院の架け橋となるとともに、研究力も持つ薬剤部員の養成にもつながる人事となっている。この人事は、信濃町キャンパスの担当常任理事、病院長、事務局長をはじめとする執行部の理解があって実現したものである。

一方、塾内のみならず塾外との連携も視野に入れた研究プラットホームとして、2014年に「創薬研究センター」が設置された。当初は研究者の人材プールを塾内外に紹介し、共同研究のきっかけとなることを期待したバーチャルなものとしてスタートした。バーチャルなものとなった背景には、研究スペースの問題があった。芝共立キャンパスは交通上の利便性は高いが、スペースは非常に限られている。この中でやっとの思いで狭いながらもレンタルラボスペースを作り出し、2017年度からは複数の企業やアカデミア、国の研究機関などと連携し3つの共同研究プロジェクトを立ち上げて、バーチャルからリアルへと展開している。これが現在の薬学部の研究面での目玉であり、これを基盤として、慶應薬学の創薬研究が発展していくことが期待される。

薬学部のこれから

合併から10年を経て、塾内の学部との連携は飛躍的に進んだ。しかし、合同教育を行う医療系三学部については、現在、信濃町、湘南藤沢、芝共立と3つのキャンパスに分散しており、やや効率が悪い面もある。医療系三学部の教育や研究では、共通の教材や機器を用いることも多く、また、将来のチーム医療活動のことも考えると、一定の学年が同じキャンパスで過ごすような環境を持つことが有効であろう。実際、非常に高価な教材である人体模型のシミュレーターは薬学部単独での購入が厳しく、フィジカルアセスメントの実習は薬学部の長年の課題であった。しかし、昨年から、医学教育用のシミュレーターをお借りして信濃町キャンパスで実施することができるようになった。基礎研究でも高価な分析機器などを共同で利用できる仕組みが設けられているが、キャンパスが近いとさらに利用しやすくなる。また、それぞれの学部が得意とする学問領域を他の学部に教えに行くことや、学生が他学部や他研究科の講義を受けに行くことも実施しやすくなる。キャンパスが離れていることをITを利用してカバーすることはできる。その一方で、face to faceにも意味があろう。芝共立キャンパスだけでなく都心部にあるキャンパスではどこの学部にもスペース問題は存在しており、塾全体での課題でもある。

最近の研究助成は複数の異なる領域が連携した研究プロジェクトを助成する傾向が強い。ダイナミックな研究展開には研究者の多様性が重要だということを意味しているものと思う。画期的な新薬の創生には、単に新薬の候補物質を作るだけではダメで、臨床効果を調べ、患者の使用感を考え、さらには保険制度や市場性を考えるなど、医学、薬学、看護学から経済学など社会科学までをも含めて研究開発する必要がある。こうした総合的な研究は、様々な学部を有する慶應義塾だからこそ実施できるとも言える。最近の医療では、ビッグデータ、AI、データサイエンティストなどがキーワードとして度々登場する。今後は理工学部や環境情報学部との連携も必須である。また、慶應義塾は産業界や政界にも数多くの出身者を輩出しており、そうした諸先輩のご指導・ご支援をいただくことも可能である。社中協力、自我作古の精神で日本を世界を先導する研究が慶應から発信されることを期待したい。

薬学部の卒業生の就職先は、共立薬科大学時代は大学院進学者を除けば、薬局が圧倒的に多かった。合併後は、薬局薬剤師は半減し、製薬企業が倍増した。さらに特徴的であるのは医薬品には直接関係のない銀行や証券会社、ITや電機産業、商社、コンサルティング会社などへの就職者が少しずつ増えていることである。これこそが単科の薬科大学が総合大学と合併した果実の一つである。薬学部が、慶應義塾の一員として学部の壁を超えて連携し、国際的に活躍する研究者や先導的薬剤師など多様な領域の先導者を世に送り出すことが、合併に尽力された皆様への何よりの恩返しになることであろう。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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