三田評論ONLINE

【特集:大統領選とアメリカのゆくえ】
座談会:アメリカの構造変化とトランプ政権がもたらすもの

2025/02/06

トランプ外交の展望とイスラエル問題

岡山 そろそろ外交の話に移りたいと思います。大統領が何でも動かせるわけではない内政についてもこれだけ不確実性があるとなると、大統領のイニシアティブで相当いろいろなことができる外交に関してはどうでしょうか。

また世界に目を転じれば、イスラエル・ガザ戦争、ウクライナ戦争、さらに最近急展開を迎えたシリア情勢など安全保障面で様々なことが動いている。国際政治がご専門の三牧さん、いかがでしょうか。

三牧 まず圧勝か接戦かの問題なのですが、私は民主党候補が今回、前回の大統領選の得票をかなり下回り、一般投票でも負けたことは、党の路線で支持されていないところがあるということであり、この事実を真剣に受け止め、党を建て直してほしいという意味で、完敗と受け止めるべきだと述べました。ただ、おっしゃるように実態として票は拮抗していたので、認識がすごく違うということではないと思います。

次期トランプ政権は、型破りな人事を進めています。保健福祉長官には、ワクチン懐疑派のロバート・ケネディJr.。情報長官には、シリアのアサド政権を擁護してきたトゥルシー・ギャバード。アメリカの外交や公衆衛生が根本的にどうなってしまうのかとの懸念が高まり、専門家や元官僚から次々と、彼らを承認しないように求める声があがっています。

しかし、国民には根強い支持がある。今回のトランプ当選をもたらした1つの背景に、肥大化した官僚組織や専門家集団による政治への不信感がありました。トランプは大いにこうした人々の感情を掻き立てたのです。専門家たちは、ケネディやギャバードは経験も知識も不足しており、適切な人事ではないと指摘していますが、彼らはむしろ「アマチュア」だからこそ国民にうけている面があるのです。

外交については、アメリカの安全や国益に直接関わらない地域からは撤退していくというトランプ路線が、世界中の民主主義や人権の擁護を掲げるバイデン・ハリス路線より、今のアメリカ市民の心情に訴えかけるものがある。

アメリカの力には限界があり、アメリカは世界で起こっているすべての危機に対応することはできない。こうした考えは党派を超えて広がっています。建国以来、孤立主義を掲げてきたアメリカが、20世紀に2つの世界大戦を経て、介入主義へと転じていった。冷戦終焉後も、9.11同時多発テロ事件のために、介入主義は延命させられた。しかし「テロとの戦い」による疲弊や、国内矛盾の深化を背景に、第2次大戦後の長い介入の時代の終わりに差し掛かっている。そういう時代の局面にいるのかもしれない。こうした歴史的な視座からトランプ外交を見ていくことも重要かと思います。

非介入主義を強めるアメリカでも、重要な例外があります。イスラエルです。トランプ政権の人事を見ていると、アメリカの国益や評判を損なってでも、イスラエル支持を貫く「イスラエル・ファースト」の面子が揃っている。

国連大使にはエリス・ステファニク。2024年から全米の大学キャンパスで広がってきたパレスチナ連帯デモの取り締まりを主導し、学長たちを辞任に追い込みました。すでに「国連はもはや反ユダヤ主義の組織」「資金拠出の停止を」と主張し始めています。駐イスラエル大使にはマイク・ハッカビー。福音派の牧師で、過去には「パレスチナ人なるものは存在しない、イスラエルから土地を奪うために政治的に作られた民族だ」などと発言しています。ヨルダン川西岸のイスラエルの入植地についても、国際法違反ではないと主張し、どんどん促進すべきだという考えです。

もっとも世界も変わってきている。ガザの即時停戦も、パレスチナの国連加盟も、イスラエルによる占領政策の終焉も、国連では圧倒的多数の国々が支持している。イスラエルの軍事行動を無批判的に擁護することで、アメリカのソフトパワーは深刻に揺らぎ、ロシアや中国による軍事力による現状変更の動きにお墨付きを与えかねない。

飯田 トランプの外交は、やはり同盟国を軽視している点が一番不安です。NATO加盟国についても相応の負担をしないと防衛義務を果たさない、というようなことを言っている。日本に対しても当然負担をたくさん求めてくるでしょう。その中で果たして同盟国はどのようなアクションを取るのか。可能性は2つあります。

アメリカに見捨てられないようにと、同盟を強化するような動きがあるかもしれない。一方でNATOの国などからするとむしろアメリカに期待できないということで、アメリカ離れが進んでいく。つまりアメリカが同盟国に見捨てられる、という状況が起きる可能性があるということです。

では、アメリカが今後日本に対してもっと負担をしろと言う中で仮にNATOの国々がアメリカの言うことを聞かなくなった時、日本はどういう立場を取るのかが大きなところかと思います。

日本が攻撃された場合、介入するかどうか。あるいは台湾に進攻があった場合、ロシアがNATO加盟国に侵略した場合、アメリカは介入するのか。当然同盟に基づいて介入すべきなのですが、トランプ支持者は特に対ロシアでは消極的な立場です。

例外はおっしゃるようにイスラエルです。イスラエルに関してはトランプ支持者はハリス支持者と同等かそれ以上に介入することを好んでいる。

三牧さんがおっしゃったように、他の国の利益や国際条約と対立したとしても、アメリカはアメリカの利益を追求するべきだというアメリカファーストの考え方自体は、潜在的には民主党支持者にも響いている。そうしたところで外交政策においてトランプは案外評価されているというところがあるのではないかという気はしています。

三牧 「分断」という言葉は、昨今のアメリカの政治状況をネガティブに語る際に使われる言葉ですが、外交面では、なぜイスラエル問題に関してもっとアメリカに「分断」が生じないのか、疑問に感じます。

世界で多くの国々がイスラエルのパレスチナ政策を糾弾し、世界中の市民がパレスチナ連帯を強める中、米議会は依然、超党派でイスラエルを支持している。7月、国際刑事裁判所(ICC)が戦争犯罪や人道に対する罪で逮捕状を請求しているネタニヤフが訪米し、議会で演説しました。議員たちは大歓迎しました。正式にネタニヤフに逮捕状が請求されると、バイデン政権も議会もICCに猛反発し、関係者への制裁を模索し始めた。ワシントンポスト紙のようなリベラル紙も、「ICCはロシアやスーダンのような国の政治家を裁くためのもので、イスラエルを裁くべきではない」といった論調。イスラエル問題になると、保守もリベラルも共和党も民主党も、イスラエル擁護一辺倒で「分断」がない。

しかし社会は変わりつつある。Z世代では、パレスチナ支持がイスラエル支持を逆転しています。イスラエルによるパレスチナ人への「アパルトヘイト」を批判する人も増えています。

問われる日本の対米距離感

岡山 さて、今後の日米関係ですが、少なくとも表面的には割と良好で来ていますし、何より重要かもしれないのは、それこそ中山俊宏さんの「日本にプランBはない」という話、要するに基本的にはアメリカと仲良くしておくしかないんだ、という認識がかなり広く受け入れられている状況です。

しかし先ほど飯田さんがおっしゃったように他のアメリカの同盟国がアメリカとの付き合い方を今後見直すかもしれない。

アメリカからいきなり離れるというオプションは日本にはないかもしれませんが、今、いろいろな国の首脳がトランプ詣でみたいなものを始めている中、とにかくトランプとラインをつないでおけばいいのか。アメリカ国内の構造的な変化が進んでいることを考えると、いよいよアメリカとの付き合いを真剣に考えないといけないということなのかという感じがします。

三牧 国連で日本はアメリカに安易に追随せず、粘り強さも見せています。パレスチナの国連加盟に賛成し、イスラエルに対し、ヨルダン川西岸の占領をやめるよう求める決議案にも賛成しました。日本政府は日米の「価値の共有」をうたってきましたが、こうした言葉を並べて、国際規範から逸脱するアメリカを直視することを避け続けてきた面はないか。トランプ2期目には、飯田さんがおっしゃった「われわれが見捨てる」という選択肢を考える局面がいよいよくるかもしれません。

石破首相には、かつての安倍–トランプ関係をモデルに、早くトランプと会って個人的な関係を築くべきだという期待が高まっています。しかし両首脳間に「蜜月」関係を構築して、なんとかアメリカからの防衛負担増の要求を乗り切ろうという発想は早晩、限界を迎えるかもしれない。臆面なく「米国第一」を掲げ、同盟関係を否定する発言を繰り返すトランプの台頭は、長い介入の時代の終焉の一局面として捉えられる面がある。なんとか4年しのげば終わるというものでもないかもしれない。日本外交の構想力が問われます。

岡山 今日のお話をまとめますと、まさに従来のイデオロギー的に分極化した「お上品」な保守・リベラルの対立とは違った今の二大政党間の対立があり、トランプ的なものが前面に出てきた。そういう構造的な変化にわれわれは今直面していて、それを内政の面でも外交の面でもある程度直視した状態でアメリカを理解し、それと付き合うことを真剣に考えるタイミングに来ているということかと思います。

ただ、一方でトランプ自身が非常に不確実性の高い人であり、議会が非常に拮抗していることもあり、政策が動くか動かないかという点では、今後の動向はよくわからないと。今回の選挙もそうですが、本当に少しの変化が大きな結果の違いを生み出すという面での不確実性を今のアメリカは抱えているということでしょうか。

皆様、本日は長時間有り難うございました。

(2024年12月12日、オンラインにて収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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