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【特集:大統領選とアメリカのゆくえ】
佐橋 亮:トランプ政権再始動と米中対立の行方

2025/02/05

  • 佐橋 亮(さはし りょう)

    東京大学東洋文化研究所教授

異形の大統領が揺さぶる国際秩序

ドナルド・トランプ政権が再び始まった。

いわゆるトランプ2.0は、アメリカにとっても国際秩序にとっても大きな意味を持つことになる。

ここでトランプ大統領が孤立主義的だとか、戦争を好む人物だとレッテルを貼りたいわけではない。むしろ、事実はそういった印象とは異なるものだ。トランプ1.0はそれなりに世界に関わり続けたし、相手を問わない外交にも奔走し、合意を取り付けることもあった。脅しとして軍事力を口にすることはあっても、その行使には抑制的だった。

問題は彼の目標設定や政権の運営スタイルにある。

トランプという人物は、歴代大統領が重んじてきたように多様性の中に統一を図ろうとはしない。宗教や人種、また格差などを題材に、アメリカ社会における分断を加速させることで政治生命を長らえさせてきた。そして国際社会でも、多国間での協調によって全体の利益を増やすことに関心を寄せない。自国の目先の利益のみを重視する。手練れのジャーナリストは著書でトランプの発言を引用する。

「私はウィン・ウィンというものを信じない。私が信じるのは、私が勝利(ウィン)することだ。」(ベイカー&グラッサー、2024)

この短い言葉は彼の本質を上手く表現している。彼にとっての勝利とは、もちろん何よりも保身にあり、トランプ家の資産と名誉を守ることに他ならない。それにくわえ、アメリカの安全と利益をことさらに重視する自国中心主義を外交に反映させ、その目的に適うのであれば、権威主義体制の指導者であろうとも対話を行い、長年の同盟国にも脅しを口にしながら大きな譲歩を迫る。

政権の運営スタイルも、トランプは独特である。

前回のトランプ政権では当初、「大人たち」とも呼ばれたベテランも多数入閣したが、政府高官による派閥闘争が熾烈を極めた。部下を競わせることでトランプは上位に立とうとした。やがて人事権を行使することで権力のグリップを握ることに味を占めたトランプは次々と高官を解雇し、最後には忠誠心で選ばれたものばかりが残る。

専門知識は往々にして大統領に軽視された。ワシントン政治のアウトサイダーであるトランプが、ディープステートと呼ばれた旧来の既得権益層と闘う姿が重要なのである。そして、政権に入り込んだものたちが、ほかの政権では到底実現できない、自らの思いを込めた政策を実現していこうとする。「アメリカを再び偉大に」、「アメリカ・ファースト」という言葉が意味する「偉大さ」やアメリカの利益は、つまるところ、トランプに判断が委ねられていた。

トランプ2.0は、前政権最終盤に政権が見せていた大統領への権限の集中が当初から色濃く、トランプ1.0の延長戦とみる方が良さそうだ。

もちろん、トランプ政権が独善的に外交や安全保障戦略を進めたとしても、これから述べるように、中国への厳しい対応など世界が向かい合うべき課題に好ましい結果が得られることも多いのではないか。そもそも、あらゆる国は結局自国ファーストではないか。そのような見方もあるだろう。それでも、トランプ外交の背景にみえる狭量さ、これまでは考えられなかった想定外の政策手法が国際秩序にもたらす衝撃は計り知れない。そして、たとえ好ましい結果が得られたとしても、それが継続するか、所詮は不確実なのだ。

中国にタフなトランプ2.0

米中対立はトランプ2.0でも大きな焦点になりそうだ。

前回のトランプ政権は様々な爪痕を国際政治に残したが、やはり米中対立を本格化させたことが重要だろう。今や2つの超大国といっても良い米中両国だが、第1次トランプ政権はそれまで半世紀近くにわたって維持されてきた関係の大枠を取り払い、中国の成長を許容しないと明確なメッセージを突きつけた。いわゆる対中関与政策の放棄だ。

続いたバイデン政権も、対中政策の転換方針を踏襲した。米中競争の時代という世界観を保ち、軍事・政治分野における対応だけにとどまらず経済安全保障の構えを精緻化することに奔走した。危機管理の必要もあって習近平国家主席はじめ中国高官との交流にも熱心だったが、中国へのライバル視を変えず、多種多様な中国への経済規制を緩めることのない政権だった。

それでは、トランプ2.0の対中戦略はどのようなものになるのだろうか。

トランプ1.0では、とりわけ最終盤において極めて厳しい中国共産党批判が行われ、ウイグルや香港に関連して経済制裁も相次いだ。トランプ2.0は1.0の延長戦でもあるとすでに論じたが、中国戦略も同様なのだろうか。

たしかに、マルコ・ルビオ国務長官は中国の統治体制といったイデオロギー的な側面を問題視しつづけてきた。彼は上院議員として、昨年にも中国企業が関税逃れをするためにメキシコや東南アジアに製造拠点を移すことを封じる法案や中国共産党阻止法案などを提出している。中国への投資による利益への課税強化や、重要鉱物のサプライチェーン強靱化にも関心を示した。ルビオの動きはタカ派の行政府を牽引するほどの勢いを持ち、超タカ派と呼ぶに相応しい。

マイク・ウォルツ国家安全保障担当大統領補佐官は、超タカ派とまではいえないが、近年の対中強硬論の平均的な見方を踏襲している。彼は近著で、中国政策の基本方針を挙げているが、中国問題に米軍の態勢強化や同盟強化、台湾の強化、経済安全保障で臨むとポイントを上げている。彼の副官となるアレックス・ウォン次席大統領補佐官も、伝統的な安全保障専門家に近いとみられており、その任命発表はワシントンで歓迎された。

ルビオのような超タカ派の議論がトランプの支持をすぐに得るかは見通せない。それでも、今回の政権に対中強硬派の見方が発足時より存分に組み込まれているのは間違いない。こうした考えにおいては、同盟や経済安全保障がバイデン政権同様に重視されるだろう。

たしかに、トランプ1.0でも、マット・ポッティンジャー(元・国家安全保障担当大統領次席補佐官)やマイク・ピルズベリー(ハドソン研究所)といった強硬派が、政権移行期から中国チームを構成していた。それでも、ビジネス界出身のレックス・ティラーソン国務長官のように、中国との交渉による問題解決に前向きな声も当初存在した。それに比べれば、トランプ2.0には最初から「どぎつい」対中強硬姿勢がある。

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