【特集:大統領選とアメリカのゆくえ】
金成 隆一:ラストベルトを歩き続けて──トランプ現象はなぜ続くのか
2025/02/06
前大統領トランプが1月、ふたたびアメリカ大統領に就いた。そして、私の「トランプ王国」取材は10年目に入ることになった。昨年の大統領選前は「トランプは勝てるのか」「支持基盤は今も盤石か」「なぜ?」と繰り返し質問を受けてきたが、正直わからないことだらけだ。
この9年間はトランプ支持者に彼らの認識を語ってもらい、取材者である私が自らの理解を深めることの繰り返しだった。「なるほど、そのように捉えているからトランプを支持するのか」「そのような経緯があったから、自分とは認識が異なるのか」といった学びだ。
本稿では3人の支持者を紹介したい。「トランプ王国」が今も存続しているのは、彼らのような支持者がいるからだろうと思う。「トランプ支持者」の解像度を上げるのに役立てて頂ければと思い、人柄についても触れる。トランプ現象が不思議で仕方なかった2015年以降の私に気づきを与えてくれた大勢の中の3人。日本に帰国後も、ふとした拍子に彼らとの対話を思い出す。
「非介入主義」を願う人々
アメリカの地方を取材して歩いていると、ひんぱんに帰還兵と出会う。家族や友人に帰還兵がいる人も多い。彼らの多くは、トランプを支持するか否かを別として、彼が掲げる「アメリカ・ファースト」「非介入主義」を支持していた。アメリカ社会の底流には、国際社会への「関与疲れ」がある。「アメリカは世界の警察官にはなれない」「海外の問題は、現地の人々に任せよう」「国外よりも、国内問題への対処を優先してくれ」。そんな本音だ。自分たちが戦場に行くわけではない、政治家や官僚ら政策決定者らへの反発を感じることもある。
記憶に残る1人を紹介したい。
オハイオ州ヤングスタウンのバーで知り合ったマイク(取材当時69歳)はベトナム帰還兵。高校卒業後は地元を代表する製鉄所に雇われたが、まもなく徴兵されてベトナムへ。除隊後は26年間、郵便配達員として働いてきたが、50歳ごろから身体の不調とPTSD(心的外傷後ストレス障害)を患ってきた。
「そもそも戦地のことは思い出したくも、話したくもないから、ずっと考えてこなかった。戦争映画を平常心で見られないことぐらいは気づいていたけど、これが病気(PTSDの影響)とは思っていなかった。若い頃は女の子とのパーティーや酒のことで頭がいっぱいだろ?仕事だって忙しいし、子育てにも忙しい。でも歳をとると、じっくり考える時間が増える。ヘルニアや糖尿病の症状が出るようになって、『なんで突然こんなことになった?』と考えるようになった」
長年の民主党支持者だった。トランプについては、振る舞いに「大統領らしさ」が欠ける点は気に入らないが、海外の問題に「非介入」を訴える姿勢を評価し、2016年も2020年も大統領選でトランプに1票を投じた。
シリアからの米兵の撤退方針が話題になっていた当時、「(シリアの混乱は)そもそもオレたちには関係ないと思う。他人の家庭の夫婦ゲンカに口出ししないだろ? アメリカはそれをやっている気がする。海外の問題に首を突っ込みすぎている。米兵が早く自宅に戻れるようにしてやってほしい」と話した。最後の「米兵が早く自宅に─」は、帰還兵やその関係者の多くが主張する願いだ。
マイクは郵便配達人を引退後、地元で暮らす帰還兵を都市クリーブランドにある専用病院に連れて行くバスの運転手をバイトでしていた。取材でヤングスタウンに通い、バーカウンターで居合わせる私に「アメリカの真の姿を知りたければ、帰還兵の話を聞いたらどうだ。オレのバスに乗るか」と声を掛けてくれた。それが実現し、一緒に病院に行ったときに初めて、自身も帰還兵だと打ち明け、腹部にある手術跡を見せた。
「徴兵時、オレは18歳だった。製鉄所で働き始めて間もなく、1968年にベトナムに行き、69年に戻ってきた。軍で2年を過ごしたが、その2年間が製鉄所での勤務年数にそのまま換算された。兵役を終えて戻った時には勤続3年目になっていた。国への貢献が認めてもらえたと感じて、そりゃ、うれしかったよ」
「帰還兵バスのハンドルを握って5年。最初はPTSDになった自分を不幸だと思っていたけど、この病院に通うと、自分より大変な傷を負った負傷兵と大勢知り合う。両腕がなかったり、両脚がなかったり。そんな彼らが『命は奪われずに済んだことに感謝している』と笑って言う。冗談を飛ばすヤツもいる。それを聞いて、戦争の文句はやめた。身体が動くうちは、負傷兵のために力になりたい」
マイクのような思いを共有するアメリカ人は少なくない。日本を含めた国際社会に多大な影響を及ぼすことになるのが、このアメリカの内向き志向だろう。
労働者層へのメッセージ「社会保障を救う」
政治指導者から労働者層へのメッセージ。それがどんなものかを教えてくれたのは、オハイオ州北東部の元製鉄工場労働者のジョー(取材当時61歳)だ。長年の労働組合員で、民主党支持者だったが、2016年大統領選で初めて共和党候補(トランプ)の支持者になった。
ジョーにとっての鞍替えのきっかけはトランプの出馬会見だった。2015年6月26日、トランプがニューヨーク5番街のトランプタワーで立候補を表明した、あの会見だ。
トランプは出馬表明の演説で「麻薬と犯罪を持ってくる」「強姦者」「(移民流入の阻止のため)南部の国境に壁を築く」などと主張。その後もイスラム教徒のアメリカ入国の一時禁止などをぶち上げ、気づけばメディアの批判を一身に浴びる存在になっていた。
ところがジョーにとっての演説のハイライトは、そこではなかった。
「オレは今月で62歳になる。社会保障(年金)の受給が始まる。トランプを支持するのは、社会保障を削減しないと言ったからだ。ほかの政治家は削減したがっている。受給年齢を70歳まで引き上げる提案をしている政治家までいる。オレは、そんなことを言う政治家が嫌いだ。あいつらは選挙前だけ握手してキスして、当選後は大口献金者の言いなりで、信用できない」「政治家は長生きするから、簡単に『年金の受給年齢を引き上げる』と言う。それが許せない。でもトランプは違う。立候補の会見で、社会保障を守ると言ったんだ」
ジョーの話を聞いて、私は改めて出馬会見を聞き直してみた。トランプは確かに約45分の演説の中で2回、社会保障に触れていた。
「私のような誰かが国家に資金を取り戻さないと、社会保障は崩壊しますよ。他の人々はみんな社会保障を削減したがっているが、私は一切削減しません。私は資金を呼び込み、社会保障を救います」「メディケア(高齢者向けの公的医療制度)やメディケイド(低所得者向け公的医療制度)、社会保障を削減なしで守らないといけません」
ジョーが教えてくれたように、確かにここは重要なポイントだった。2024年大統領選後も民主党が負けた理由を分析する中で、労働者たちが従来の民主党から共和党に流れた点が指摘されている。肉体を酷使して働いてきて、労働組合員だったような中高年の労働者層には響くメッセージだったのだ。

2025年2月号
【特集:大統領選とアメリカのゆくえ】
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金成 隆一(かなり りゅういち)
朝日新聞大阪社会部次長・塾員