【特集:大統領選とアメリカのゆくえ】
座談会:アメリカの構造変化とトランプ政権がもたらすもの
2025/02/06
-
-
松本 俊太(まつもと しゅんた)
名城大学法学部教授
1999年京都大学法学部卒業。2006年フロリダ州立大学大学院政治学博士課程修了(Ph.D.)。専門は政治過程論、現代アメリカ政治。2017年より現職。2015~16年メリーランド大学政治学部客員准教授。
-
三牧 聖子(みまき せいこ)
同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科准教授
2003年東京大学教養学部卒業。2012年同大学大学院総合文化研究科地域文化専攻修了。博士(学術)。専門は国際関係論、アメリカ政治・外交。早稲田大学、高崎経済大学等を経て2022年より現職。
-
烏谷 昌幸(からすだに まさゆき)
慶應義塾大学法学部教授
塾員(1997法、1999法修、2003法博)。博士(法学)。武蔵野大学現代社会学部、政治経済学部准教授を経て、現職。専門は政治コミュニケーション研究、メディア社会論。
-
岡山 裕(司会)(おかやま ひろし)
慶應義塾大学法学部教授
1995年東京大学法学部卒業。博士(法学)。コーネル大学歴史学部客員研究員、東京大学大学院総合文化研究科准教授を経て、2011年より現職。専門はアメリカ政治・政治史。
民主党の大統領候補交代の意味
岡山 ご承知のとおり、2024年11月に実施されたアメリカの選挙では、ドナルド・トランプ前大統領が大統領への返り咲きを果たし、連邦議会についても上下両院の多数派を共和党が確保しました。
この座談会ではこの選挙を振り返り、2期目になるトランプ政権のもとでアメリカの政治や社会、あるいは世界とのかかわりがどうなっていくかを検討していきたいと思います。
まずは11月の選挙について考えていきたいと思います。この大統領選挙では大変珍しい事態が起きています。共和党ではトランプが順当に候補指名を勝ち取ったわけですが、民主党では、現職のジョー・バイデン大統領が再選を目指し、予備選挙で指名獲得に必要な代議員を確保していながら、6月の候補者討論会で精彩を欠いたことをきっかけに、最終的に本人が指名を辞退し、副大統領のカマラ・ハリスに候補が交代となりました。
こうして元大統領対再選指名を辞退した政権の副大統領という、前代未聞と言っていい選挙の構図になりました。候補者の交代というのは選挙を考える上で非常に重要なことだと思うのですが、まず、バイデン自身は高齢が問題視されていたにしても、4年間のバイデン政権はどれくらい実績を上げていたのでしょうか。
松本 政権の初期はコロナの渦中で、コロナ対策は業績だとは思うんですが、危機対応というのはあまり歴史に残らないんですよね。
バイデンが選挙公約でやった、インフレ削減のための「ビルドバックベター法案」というものも地味な感じです。実務的には固くやってきたと思いますが、それ以上にやはり高齢ということから、いつ何が起こるかわからないという危惧は常にあり、2期目があるのかと当初から疑問視されていました。
6月の討論が失敗だったのは決定打ですが、その前から言動に不安を感じる部分は多々あり、個人的にはむしろ2期目を目指したことが意外と感じていました。
岡山 選挙での敗北はバイデンのせいだといった話も出ていますが、バイデンはそもそも周囲からの圧力で降りたわけですよね。なぜ候補者がそういう形でしか交代できなかったのか、結局変わってどうだったのか。飯田さんはどう考えていらっしゃいますか。
飯田 まずバイデンがなぜ民主党の候補者として推されたか。彼は誰からも熱烈に支持されることはない人なんです。その人がどうして大統領候補者として担がれるかというと、やはり彼が選挙で勝てる、と思われたところが一番大きかったということです。
2016年にトランプが勝った理由は中西部バトルグラウンドで白人労働者層が支持に動き、そこを制したからです。だから、トランプに勝つためには中西部の白人の労働者層の票が要ると。そうした時に白人労働者層から好かれる特性としては、「白人の男性」ということが重要で、年齢はそれほど問題視されず、バイデンが唯一勝てる候補者ということになりました。
彼以外の主要な候補の誰もが明らかに左に寄り過ぎていて票を逃してしまう。だから、バイデンが落としどころだったということなのだと思います。ただ6月の討論会であまりにもパフォーマンスが悪く、さすがにこれは無理だと降ろしにかかった。そして、結局党大会までの間に候補者になりうるのは副大統領が一番の落としどころだということで、ハリスになったということです。
あとは慌ててリベラルメディアが総出になってハリスを囃し立てた。実はそれほど副大統領として誇るべき実績もなく、リベラルの側からも影の薄い存在だった。また懸念材料の白人労働者層から言えば属性は絶望的。有色人種で女性ということで、白人労働者層の票が取れるのかと懸念され、副大統領候補がウォルズになったということだと思います。
岡山 烏谷さんは陰謀論の研究や、メディアのあり方の視点からアメリカをご覧になっていてお気付きになったことなどいかがでしょうか。
烏谷 私は皆さんのようにアメリカ政治を専門にしているわけではなく専門は政治コミュニケーション研究と言いますが、社会学の研究をしながらメディアと政治のことについて考えてきました。一番関心のある領域がシンボルと政治というテーマで、その関連で陰謀論を一種のシンボリズムとして見て研究してきました。
第1次トランプ政権期の時、アメリカに滞在していましたが、リベラル系のメディアが選挙で負けても何も反省していないことに驚いていました。ひたすらトランプを攻撃し続けていたんですね。アメリカのシンクタンクで働いている研究者に「なぜリベラルメディアは反省しないんですか」と聞いたら、「トランプに関して今さら反省なんて言われても心外だ」と怒られて(笑)。ニューヨークに住んで彼のゴシップを何年も見せられてきた人たちからすると、何か見方が違うようでした。
大勝だったのか、接戦だったのか
岡山 今のお話のようにリベラルが反省していないという話があり、今回の選挙はリベラルが自滅したんだというような話も出てきています。
では、交代したハリスをどう評価するのか。三牧さんは2023年に出された新書の中で、若者を中心にリベラルの中でもハリスに対して批判的な見方があったと書いていらっしゃいますね。全体として今回のハリスはどうだったとお考えですか。
三牧 今回の結果はトランプ大勝なのか、接戦なのかが議論を呼んでいます。激戦州すべてでトランプが勝ち、総得票数でも1.6ポイントという僅差ながらトランプが勝った。2016年大統領選でヒラリーは、一般投票では勝った。ハリスは2020大統領選でのバイデンの得票を、相当下回った。これらを考えるとトランプの大勝あるいは完勝、と見るべきではないでしょうか。民主党には、候補者交代をもっと早く、ミニ予備選など正統性のある形で実現していたら勝てた、といった意見もあるようですが、支持者が離れている厳しい現実を見据えることこそが、次回選挙での挽回につながる。「こうすれば勝てた」という戦術面の話に終始してしまえば、敗北の根本原因から目を逸らすことになりかねません。
今回、マイノリティや若者、民主党が岩盤支持層だと見なしてきた層の民主党離れが可視化されました。トランプは白人労働者に加え、マイノリティ、とりわけヒスパニックの労働者票を積み上げました。Z世代(1990年代半ばから2012年くらいまでに生まれた世代)は全体的にはハリスを支持しましたが、男性の過半数がトランプに投票しました。この世代は環境や人権への関心も高いリベラルな世代とみられ、数年前まで、民主党はZ世代の有権者人口の増加とともに、黄金時代になるという見立てすらありましたが、これが裏切られた形です。
民主党系の重鎮であるバーニー・サンダース上院議員が選挙の結果が判明した直後、Xに「労働者を見捨ててきた民主党が、今回労働者にも見捨てられたのは当然だ」と投稿しましたが、この発言は重く受け止められる必要がある。根本的に労働者が民主党に対して幻滅しつつある。それは共和党のほうが優れた労働者対策を打ち出しているということや、労働者保護の実績があるということでもない。
しかし、共和党よりも民主党のほうが労働者の苦境ときちんと向き合ってきたというのであればなおさら、なぜそのことが有権者に伝わらなかったのか、評価されなかったのか。そのことを有権者目線で考えることが挽回の鍵になると思います。
バイデンやハリスはインフレについて問われると、「マクロの経済はいい」と返しました。さらに9月のトランプとの討論会でハリスは、「ノーベル経済学賞受賞者やゴールドマンサックスが、われわれの経済政策を支持している」と胸を張りました。マクロ経済の堅調さは事実であり、専門家の知見も大事です。しかし今回の選挙で有権者は、「統計上はそうかもしれないけれど、われわれの生活は事実として苦しい」ということを問題にしていた。
当初ハリスは、生活費の引き下げを最優先にするとし、いくつか具体策を掲げましたが、実現性や効果に批判が出ると、あまり語らなくなった。企業から巨額の献金が入ってくる中、大企業批判も影を潜めた。選挙戦後半は、民主主義の脅威や中絶の権利のほうを前面に押し出した。それはもちろん大事なことですが、生活に困窮する人々には、どこか抽象的に響くものでした。
最大の要因はヒスパニック票
岡山 飯田さんは投票行動論がご専門ですが、今回、出口調査などの結果を見て、4年前と比べてこの選挙をどんなふうに捉えていらっしゃいますか。
飯田 まず三牧さんがおっしゃった、今回は接戦ではなくトランプの大勝ではないか、という指摘は私も同意するところです。誰もが選挙人票ではトランプが勝つかもしれないけれど、一般投票では勝つわけないと思っていて、私もそう思っていました。そのような中、90年代以降であれば2004年にブッシュが勝った時以来、共和党はポピュラーボードでも勝ったわけで、これはもうトランプが圧勝したと言ってもいいのではないかと思うのです。
その原因は何かというと、これは明らかに三牧さんもおっしゃったようにヒスパニックの票です。それ以外にあり得ない。CNNの出口調査などを見ていても2020年と2024年で最も投票行動がトランプ寄りになったのはヒスパニックで14ポイント動いています。2020年には32パーセントのヒスパニック、ラティーノしかトランプに投票していなかったのが、今回、46パーセントまで投票した。またカトリックがすごく伸びていて、これもラティーノ、ヒスパニックが共和党に移ったことの影響です。
彼らがなぜ共和党に移ったのかというと、原因はおそらく経済ではない。ではハリスが女性であることの嫌悪感かというと、それでもない。白人の間ではフェミニストに対する嫌悪がハリスに投票しない1つの要因になっていますが、ヒスパニックは違う。では何かというと移民問題です。
これまでヒスパニックの人たちは移民に同情的でトランプに批判的だと言われていた。しかし状況は変わっています。2018年からホンジュラスといった中米からキャラバンで移民が来ると、バイデン政権はその人たちを皆入れて、それに怒ったテキサス州知事がニューヨークへバスで送り、ニューヨーク州がマンハッタンのホテルを貸し切って移民の家族を住まわせるようなことをした。メキシコからの不法移民などに同情的だったヒスパニックの人たちは、今まで頑張って自分たちは地位を築いてきたのにと、そうした人たちに反感がある。そういったものがおそらくヒスパニックをトランプに向かわせたわけです。
だからある意味、選挙の結果はだいぶ前から決まっていたような感じがします。2020年にフロリダでトランプが結構勝った時にキューバからの移民の人たちの投票行動が注目されましたが、その時から地殻変動の前触れがあって、もう完全にフロリダはレッドステートになっていました。
一方で経済はそれほど関係なかったと思っています。インフレ率はバイデン政権下で20パーセント以上上昇したのですが、インフレ率が高い州がバイデンに投票していないわけでもない。ヒスパニックの間ではむしろ現在の自分の経済状況に不安を感じている人ほどハリスに投票している傾向が見られます。つまり経済的に脆弱なヒスパニックは、トランプでは怖いというところがあったのではないかと思います。
逆にヒスパニックで、アメリカ社会において地位を確立した人たちが、バイデン政権下における中米からの移民の人たちを優遇することに反感を募らせた、ということかと思います。
2025年2月号
【特集:大統領選とアメリカのゆくえ】
- 【特集:大統領選とアメリカのゆくえ】金成 隆一:ラストベルトを歩き続けて──トランプ現象はなぜ続くのか
- 【特集:大統領選とアメリカのゆくえ】鈴木 透:トランプ現象の何が一番危険なのか
- 【特集:大統領選とアメリカのゆくえ】松本 佐保:宗教政党としての共和党の勝利と、トランプ政権の今後の政策予測
- 【特集:大統領選とアメリカのゆくえ】大林 啓吾:選挙とルールと司法──2024年米大統領選挙の伏線
- 【特集:大統領選とアメリカのゆくえ】 佐橋 亮:トランプ政権再始動と米中対立の行方
- 【特集:大統領選とアメリカのゆくえ】山岸 敬和:2024年アメリカ大統領選における「保守派」のグラスルーツ戦略 ─ Turning Point USA の躍動
カテゴリ | |
---|---|
三田評論のコーナー |
飯田 健(いいだ たけし)
同志社大学法学部教授
1999年同志社大学法学部政治学科卒業。2007年テキサス大学オースティン校大学院政治学博士課程修了(Ph.D.)。専門は政治行動論。早稲田大学、神戸大学を経て2019年より現職。