【特集:大統領選とアメリカのゆくえ】
松本 佐保:宗教政党としての共和党の勝利と、トランプ政権の今後の政策予測
2025/02/06
はじめに
米国はキリスト教でもピューリタニズムというより純粋なプロテスタントの教えを基礎に建国された国家である。トランプの言う「アメリカ・ファースト」とは、「自国の利益を優先する」「外交より内政重視」の意味だろうが、こうしたピューリタニズムの根源にある、「神に選ばれし民、神の国アメリカ」にも聞こえる。
米国は建国以来、宗教的大覚醒運動を1960年ぐらいまでに4回以上繰り返し、その間、先住民以外は住んでいなかった不毛の地を、僅か300年足らずで世界で最も繁栄する大国に創りあげた。こうした米国の歴史には、神からの恵みの享受に留まらず、神から選ばれた民であるという強い自負が米国人に植え付けられてきた歴史が存在するからだ。
こうした政治における宗教の再台頭は米国だけで起きているわけではなく、グローバル化への反発として世界中で起きている現象とも見ることができる。宗教とはアイデンティティー・ポリティックスの源泉でもあり、自分が何者でどこに帰属するのかを明確にするためにも重要であり、これを否定することはできない。民主主義国家では信教の自由、宗教の自由が極めて重要なものと位置付けられるからである、という点も重要である。
米国の大統領選挙でのトランプ再選は、まさに宗教の再台頭の時代の象徴であり、トランプは今回の選挙ではプロテスタントのキリスト教福音派の票に加えてヒスパニックのカトリック票を得たことが重要な再選理由の1つとなった。米国の共和党は9.11以降、ブッシュ(子)大統領期から「宗教政党」色を強めたが、厳密にはニクソンやレーガン期からそうした兆候はあった。しかし、トランプはそれと異なる形でこれを引き継いできた。対する民主党の方は歴史的にも「世俗政党」であることを強調する傾向にあり、今回、司法長官出身の女性で、人種的マイノリティ、女性の中絶権を守る、オープンな移民政策、LGBTQへの権利拡大等を掲げたハリスがなぜ敗北したかを考えると、有権者は必ずしも世俗的でリベラルな指導者を求めているわけではないと言えるのではないだろうか。特にトランプを支持した社会層は比較的低所得者のブルーカラーが中心であるのに対し、ハリス支持者には世俗化したエリート層が多数いるという、不都合な現実についても分析する必要があろう。ブルーカラーにとって非合法移民は、安価な賃金で働くことから、彼らの生活を脅かす可能性があり、一方、中流以上やエリートにとって、彼らの仕事を脅かすことはないので綺麗ごとを言っていればよいのである。
移民問題についてトランプは全ての移民を排除すると言っているわけではなく、合法移民と違法移民の差別化を行い、後者には厳しい態度で追い返すが、合法移民であるヒスパニックに対しては、彼らの宗教であるカトリックや伝統的な価値観と擦り合わせを行っており、それゆえにヒスパニックのカトリック票を得たのである。この詳細は後述する。
本稿ではこうした状況を踏まえて、宗教という観点から24年の米大統領選挙結果を分析し、そしてそのトランプ新政権ではどのような政策や外交が想定できるかを考察する。
旧来からのトランプ支持のキリスト教福音派
今回トランプを支持したキリスト教福音派の多くの人たちが住んでいるのが、米国の南東部に位置する諸州で、これをバイブル・ベルト(聖書地帯)と呼ぶ。ここには聖書に書かれていることを文字通り信じるキリスト教原理主義者で、中絶反対、オバマ政権下で合法化した同性婚反対、LGBTQ権利拡大の反対、進化論を信じないため子供の教育はホーム・スクーリング(公立学校は進化論を教えるため自宅で教育)、あらゆるワクチンに懐疑的で接種を拒否する場合がある人たちなどが多数住んでいる。
2017年に発足した第1次トランプ政権誕生に重要な役割を果たしたプロテスタントのキリスト教福音派であるが、第1次トランプ政権期間に3人の保守系の最高裁判事を任命することで、中絶権を認めていた「ロー対ウエイド判決」をひっくり返し、実質上の中絶の非合法化への道を開いた。そのため今回の選挙では、中絶は取り立てて争点になることはなかった。中絶の非合法化を後押ししたキリスト教福音派が、今回の選挙で再びトランプ支持に回るかは不明確であったが、実際にふたを開けてみるとバイブル・ベルト諸州は共和党勝利を意味する真っ赤に色塗られた。2020年にバイデンが取ったジョージア州も今回トランプが奪還、本来バイブル・ベルトには含まれていないテキサス州も、すっかり共和党の州としてその存在感を見せつけた。
テキサス州には全米で一番巨大とされるメガ・チャーチ(巨大教会)が存在し、ダラスにあるそのレイク・ウッド教会のカリスマ牧師、ジョエル・オースティンも共和党の支持者として知られている。また保守系シンクタンクのヘリテージ財団が関与する「プロジェクト2025」を担うビジネスマン出身のカリスマ牧師ランス・ウォーナムの活動の拠点もここにある。
しかし気になるデータもある。21世紀になり、先進国では特に世俗化が進行し、特に欧米の若者の間ではキリスト教に対する信仰心が低下し、教会への出席者の数は減少の一途をたどってきた。神の国アメリカも例外ではなく、確かにミレニアム世代やZ世代では日曜の教会への出席率は下がっている。
全米にはおよそ1300以上のメガ・チャーチが存在し、上位50の教会の平均出席信徒数は1万人を超える。メガ・チャーチの定義は一度に2000人以上を収容できる施設(礼拝堂)を持っているというものだが、実はこのメガ・チャーチ数やここへの参加数値は特段少なくなっていない。若者の教会への出席率は下がっているのになぜだろうか? これらメガ・チャーチでは、カリスマ牧師たちは「福音(ゴスペル)」を説いているものの、「キリスト教会」とは銘打っておらず、「No Dominations (宗派、教派を問わない)」と表記しているメガ・チャーチが多数派であるという実態がある。多くのメガ・チャーチの広大な敷地内にスポーツ施設やエンターテイメント施設を併設しており、教会というよりコミュニティセンターのような役割を果たしている。しかし著者が調査した限り、これらメガ・チャーチでは宗教的な活動も行われているのである。しかし数値上は「No Dominations (宗派、教派を問わない)」と明記のメガ・チャーチは、「キリスト教会」に含まれないのである。
2025年2月号
【特集:大統領選とアメリカのゆくえ】
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松本 佐保(まつもと さほ)
日本大学国際関係学部教授・塾員