【特集:大統領選とアメリカのゆくえ】
松本 佐保:宗教政党としての共和党の勝利と、トランプ政権の今後の政策予測
2025/02/06
加えてヒスパニックのカトリックがトランプ支持
米国では少数派のカトリックは従来、民主党支持の傾向が強かったが、それに本格的な変化が生じたのが、今回の2024年の選挙でのトランプ勝利に貢献したカトリック票の動向である。全カトリック票の58%がトランプに集り、ハリスは40%弱に留まり、完全なる逆転現象が起きた。その理由はその多数派がカトリックのヒスパニックで、こちらも白人に対し少数派であることから従来民主党への支持が顕著だったのが、多くのヒスパニック票がトランプに投じられたからである。
さらに宗教に人種とジェンダー要因を掛け合わせると、図1のようにヒスパニックのカトリック男性の投票行動が、2020年はバイデンが59%を取り、トランプが36%だったのに対し、今回2024年はハリス44%、トランプ54%と完全にひっくり返ったのである。これにはハリスが女性であったというジェンダー要因もあり、またバイデンがカトリックだったのに対し、ハリスは黒人バプティスト教会のプロテスタント(キング牧師の教会)で、民主党が世俗路線であることから彼女は選挙戦で宗教色をほとんど出さず、またその出自もアジア系やアフリカ系ではあるが、ヒスパニックでなかった点も理由であろう。

(出典:Edison Research)
激戦州と呼ばれる、選挙のたびに民主党か共和党支持かが入れ替わる7州には、ラストベルト(錆地帯=衰退した北部工業地帯の諸州)とサンベルト(日照時間が長い南部の諸州、近年諸産業誘致で雇用拡大)が含まれるが、ここでもヒスパニックのカトリック票が動いた結果が見られた。図2の2020年と2024年を見比べるとサンベルトの1つであるネヴァダ州とアリゾナ州が16年と20年と続けて民主党が取ったが、今回2024年にトランプが民主党から奪い取り、さらに図3を見ると、これら南西の諸州は近年ヒスパニック人口が25%もしくはそれ以上の州でもあることがわかる。

(出典:Al Jazeera)

(出典:2020 United States Census Summary file 1)
ネヴァダ州と言えば南部に位置し、メキシコと国境を接するアリゾナ州に隣接することからヒスパニックにはアクセスしやすく、しかもラスベガスがあり、レストランやホテル、カジノ、またライブハウスや音楽ホールなど多くのエンターテインメント施設が多数あることからサービス産業の仕事を得やすく、実際ここで働く人材には多くのヒスパニックが雇用されている。さらにヒスパニックに限らないが、こうしたレジャー及び外食産業などの従事者は、オフィスワーカーに比べ所得が低いことからチップ収入への依存度が高い(米国で飲食代へのチップは25%以上、欧州の約2.5倍)ことから、トランプ陣営は今回の選挙でチップ収入の無税を公約とした影響もあるだろう。
それでは次の章では、こうして誕生したトランプ政権が今後どのような外交政策を行うかを、特に宗教という観点から重要な中東政策を中心に見てみたい。
米国はなぜイスラエルを支持するのか? トランプ政権でも継続か? ─中東政策の展望
米国がイスラエルを支持する理由は大きく分けて3つ考えられる。米国だけでなく、欧州も最近はトーンダウンし、イスラエルを批判し、現在のネタニヤフ政権を非難するものの(宗教極右政党と連立のため)、イスラエル国家そのものは非難しないように配慮している。背景にあるのは、まずは第2次世界大戦中のナチスドイツによって行われたホロコースト、ユダヤ人に対する組織的な大量虐殺、収容所とガス室送りで600万人が犠牲になった歴史である。これについて戦中、英米はうすうす気づいていたにもかかわらず、終戦まで何ら手だてを講じなかったこと、ユダヤ人を2000年近くにわたって差別してきた(古代ローマ後期キリスト教合法化後にローマ軍によってパレスチナの地をユダヤ人は追われた)ことに、キリスト教会(カトリックとプロテスタント両方)が加担してきたことへの罪の意識があげられる。
戦中のホロコーストの責任の一端がキリスト教の欧米にある、ということからイスラエルという国が戦後1948年に建国され、当時はホロコーストの記憶が欧米だけでなく世界中で鮮明で、国連の承認を得るに至る。ところが建国後中東戦争を何度も経験し、弱小だったイスラエルは英米(数年で米国単独に)の支援によって軍事大国に成長し、多くのパレスチナ人を難民にして現在のガザ紛争に繋がる。
イスラエルを批判してもユダヤ教を非難することは現在でもタブー傾向があり、ホロコーストの否定などは罪に問われる場合もある(例えばナチのマークのファッション・アイテムを身に着けているだけでドイツでは逮捕される)。しかしイスラエルを非難することと、ユダヤ教を批判することは別物であるにもかかわらず、イスラエル国民やユダヤ人はそれを区別しない人が多数派である(少数派のリベラルは区別するが)。
2つ目の宗教的な理由は、米国が、特に共和党トランプを支持するキリスト教プロテスタントの福音派は、キリスト教シオニズムを信じていることだ。バイデンはカトリックだが、このキリスト教シオニズムにシンパシーがないとは言えない。その思想とは以下に定義される。
① イスラエルは神(ユダヤ教とキリスト教の神)によって与えられた唯一の国である。
② キリスト教の母体はユダヤ教である。
③ イエスはユダヤ人として処刑された。
④ イスラエルを支持するキリスト教徒には神からの祝福がある。
⑤ ユダヤ人を虐待するキリスト教徒には神の裁きが下る。
キリスト教シオニストは、自らの魂が死後にエルサレムに向かい、エルサレムに行くことで救われると考えている。
しかし、エルサレムにはイスラム教徒がいる。だから、イスラエルにイスラム教徒を討伐してもらい、エルサレムをユダヤ教とキリスト教の土地にしたい、と考える。聖書の「ヨハネの黙示録」では、この世の終わりがきたら、イエスが地上に現れて悪魔と闘い、地獄に堕ちる者と天国に行く者を分けると記されているからである。
このキリスト教シオニズムの起源は、実は19世紀の大英帝国期のイギリスにあるが、やがて米国に伝播し現在でも米国のキリスト教徒、特にトランプを支持するキリスト教福音派の間ではこの考え方が強くあるので、第2次トランプ政権ではバイデン期以上に親イスラエル政策が予想される。
もう1つ重要な米国の対中東政策で忘れてはならないのが、第1次トランプ政権の2020年8月に調印されたアブラハム合意である。イスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)との間で締結された外交合意で、その後バーレーンも加わった。これが第2次トランプ政権で鍵を握る可能性が高い。トランプが締結した合意だが、バイデンも推奨しており、それが理由で今までパレスチナを支援してきたUAEやサウジ等のアラブ諸国に見捨てられる、とあせったハマスが、2023年10月に対イスラエル奇襲を行ったことが現在のガザ紛争のきっかけである。
アブラハムとは経典の民であるキリスト教、イスラム教、ユダヤ教が等しく認めた預言者の名前に因んでおり、これら3宗教が仲良くできるという合意で、内情は石油で潤うアラブ湾岸諸国が、石油が枯渇もしくは価格の暴落にそなえイスラエルと米国の科学技術の支援を受けることができる、そして同じイスラム教でもライバル関係のシーア派のイランを抑え込むという取引である。ハマスによるイスラエル奇襲で一旦このアブラハム合意は凍結されているが、トランプはこれを復活させ、和平仲介役として再び国際社会での信頼を回復出来ると考えているようである。
勝負は、ユダヤ極右宗教政党と連立にあるイスラエルのネタニヤフを、トランプがどうコントロールできるかにかかっている。トランプを支持するキリスト教福音派のロビーは、パレスチナ人などいなくなればよいとの考えなので、これとバランスを取りながら、ビジネス・ディールとして中東に和平のきっかけをもたらせるかどうかが焦点になるであろう。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
2025年2月号
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