【特集:大統領選とアメリカのゆくえ】
山岸 敬和:2024年アメリカ大統領選における「保守派」のグラスルーツ戦略 ─ Turning Point USA の躍動
2025/02/05
2024年大統領選挙ではドナルド・トランプが前回の敗北のリベンジを果たした形になった。白人男性労働者に強いと言われたトランプであるが、今回の選挙ではヒスパニック系や黒人等のマイノリティ集団を含め多くのカテゴリーでも票を伸ばした。まさにトランプ主義が幅広く支持された結果となった。
それには様々な要因が指摘されている。バイデン政権下で進んだインフレが収束しない中で、多くの人々が新たな経済政策の方向性を求めたこと。国内での雇用の機会が奪われているとして、厳しい不法移民対策を求めたこと。政治的に正しいと思われる言動を行うこと、いわゆるポリティカル・コレクトネスに窮屈さを感じた人々が、「炎上」を厭わない言動を繰り返すトランプに惹かれたこと。その他、ポッドキャスト等によるメッセージング戦略を巧みに実行したことも挙げられる*1。
このような様々な要因についてのより具体的な影響についての分析については今後の研究に委ねたい。本稿で注目したいのは、もう少し中長期にわたる若者を取り巻く動きである。
大方の予想を裏切って当選を果たした2016年から、共和党は、レーガン主義的な保守派の政党から「トランプ党」に変容していった。2020年の選挙ではバイデン相手に敗北を喫したものの、共和党候補者としては過去最多の得票数を誇った。そして2024年選挙で復活を果たした。トランプは、その激しく突発的に見える言動から、選挙戦の分析においても短期的な影響に注目される傾向があるが、共和党をトランプ党化し、同時にトランプ主義を広めるための草の根レベルにおける動きがあったことを指摘することが本稿の目的である。
Turning Point USA の発展
昨12月22日、アリゾナ州でトランプが「勝利集会」と言われたイベントに登場し、75分間に及ぶスピーチを行った。11月の本選挙で勝利した後に最初に行われた大規模集会であった。そのイベントはアリゾナ州フェニックスに拠点を置く団体であるTurning Point USA(以下、TPUSA)という団体が主催し、その代表であるチャーリー・カークが仕切り役となった。トランプは以下のようにTPUSAについて言及した。「チャーリー・カーク氏に心からの感謝を捧げたいと思います。彼は本当に素晴らしい人物であり、彼のスタッフ全員も、この非常に歴史的な勝利を達成するためにたゆまぬ努力を続けてくれました*2」。この集会はTPUSAがトランプ勝利のために大きな貢献を果たしたことがトランプに認識されたことを象徴したと言えるだろう。
この勝利集会を主催するという栄誉を勝ち取ったTPUSAは、2012年、カークが18歳の時に、ビル・モンゴメリーと一緒に設立した団体である*3。高校生や大学生、いわゆるZ世代に対して保守主義を広めることを目的とされた。公式ホームページでその目的を以下のように述べている。「TPUSAは、市民が知識、スキル、価値観、動機を育むことを支援し、愛国心、生命、自由、家族、財政的責任への敬意といった伝統的なアメリカ的価値観を回復するために、有意義な形で地域社会に参加できるよう導きます*4 」。
カークは当初、主にリバタリアン的な思想を広める運動をしていたと言われているが、2016年大統領選挙戦においてトランプが有力候補になると近づき、トランプの考え方や政策に則った形で団体を成長させていった*5 。
白人を「アメリカで最も嫌われた人々」とカークは呼ぶ。その状況は、ユダヤ人がアウシュビッツに送られた状況に似ているとまで言い、公民権運動を推進したマーティン・ルーサー・キング牧師については「ひどい人物」であるとする。性的多様性についても否定的な態度を示し、男女の間の結婚により家族を形成していくことを正しいことであると主張する。アイデンティティ政治に傾斜する民主党を攻撃し、ミドルクラスのための経済政策を最優先させるべきだとするメッセージを広める*6 。
TPUSAが設立される前にもこのような考えに共感する若者はいた。しかし、リベラルな高校生や大学生、教員、事務職員が多い環境の中では声を上げられずにいた。そこにカークは目を付けたのである。現在、大学に800以上のチャプターを置く。財政規模も拡大し、2015年の収入は約200万ドルだったのが、2023年までに約8000万ドルにまで増加した*7。
従来は、候補者個人の陣営や共和党全国委員会が主導して有権者を獲得するための活動を行っていた。しかし2024年選挙ではその大部分を、いくつかの外部団体に「アウトソーシングをした*8」。TPUSAはその中でも最重要な団体の1つであったのだ*9。
TPUSAによる学生の動員
カークは2024年選挙に向けて、「You’re Being Brainwashed Tour」というキャンペーンを行った。「左派によって洗脳されたあなたを救うためのツアー」と意訳できるであろう。当初は4つの大学におけるイベントを予定していたのが、その数は25まで膨らんだ。選挙直前に行われたジョージア州立大学におけるイベントでは、共和党予備選から撤退すると同時にトランプ支持に回ったヴィヴェック・ラマスワミと一緒にカークが登壇した*10。
同大学のカス・ムダ教授によると、2018年にもこのようなイベントがキャンパスで行われたが、今回はそのエネルギーの大きさが過去のものと違っていたという。前回も文化的なマルクス主義を糾弾するという目的を掲げるツアーで、内容的には類似したイベントであったが、「右派の学生が集まる安全な空間」を提供するというような抑制的な感じであったという。しかし今回のツアーでは赤いMAGA帽子を身につける学生が何百人もおり、「騒々しく誇らしげな集会」に変化したと指摘した*11。
ムダによると、その変化は若者が育った政治的環境からくるものだという。第1に、トランプが大統領であったことが成長の過程の記憶として残っていること。第2に、共和党がトランプ党になってしまった中で育ったこと。第3に、トランプ支持者が連邦議会議事堂を襲撃したことを記憶していること。特に共和党支持者の家庭で育った若者は、以上のようなことを「全く普通なもの」であると考えるという*12。
大学キャンパスにおける政治的活動、特に保守派の活動を研究してきたエイミー・バインダー教授は、以下のようにTPUSAの発展と影響力を評する。「カークがこの組織を指揮し、彼が(保守的な)学生たちを挑発的な形で抗議活動を行うよう促し、そのための動員を始めた。この団体に積極的に政治資金を提供する寄付者たちが出てきて、一気に勢力が拡大した。……彼の動きは、高等教育が文化戦争の要となる流れが生まれた重要な背景要因の1つになった*13」。
である。大統領の姿勢次第では政策の軸が動く可能性も織り込んでおく必要がある。TPUSAと宗教右派
2020年選挙の頃から、TPUSAが保守的な若者を動員することから、アメリカ社会に全体に宗教ナショナリズムを浸透させることに活動を広げていったことが指摘されている。特に近年カークは「セブンマウンテン・マンデイト」というものに言及することが多くなった。これは、キリスト教徒に、家族、宗教、教育、メディア、エンターテイメント、ビジネス、政府という社会の7つの側面において影響力を拡大すべき、または征服すべきであるというメッセージである。この運動は1970年代に開始されたが、2000年代になるまで大きな注目を浴びることはなかった。しかし、この運動の中心的人物の1人であるポーラ・ホワイトが2016年選挙時からトランプの近しいアドバイザーとなったことで政治の舞台に登場した*14。
カークは、2021年にTurning Point USA Faith という団体を作り、その中で牧師に政治的な発言をするように説教のテンプレートを提供するなどの活動を行った。このような動きに警戒心を抱く福音派教会の牧師もいる。ケイレブ・キャンベルもその1人である。キャンベルは、TPUSAが主張するように、過去数年において民主党や左派を悪魔化する牧師が増えたと指摘する。そして、権力を握ることが文化的変容への不安を解決するものであると単純に考えてしまっていると指摘する*15 。
TPUSAの躍進と「保守派」の未来
2024年選挙でトランプが勝利した背景にはTPUSAの草の根レベルでの躍動があった。また同時に、共和党をトランプ主義の党に変容させることに寄与した。高校や大学のキャンパスでトランプ主義を浸透させたことは、今後長い期間にわたりこの世代の政治行動に影響を与えるだろう。
しかし、あくまでも白人やキリスト教福音派を中心に据えるトランプ主義は、人口比で白人の割合が減っていく中でどのように政治連合を拡大していくのだろうか。選挙直後に行われたトランプの勝利宣言において、多様性の重要性が強調されたのはその難しさを表していると言える。合衆国憲法の規定により、トランプは2028年の再選はない。「トランプなきトランプ主義」がどのように向かっていくのか、その中で今回大きな貢献を果たしたTPUSAがどのように活動を進めていくのかに注目していきたい。
〈註〉
*1 Eric Cortellessa, “How Trump Won,” Time, November6, 2024, https://time.com/7172052/how-donald-trump-won-2024/?utm_source=chatgpt.com, accessed on December 23,2024; Brian Barrett, “The Manosphere Won,” Wired,November 6, 2024, https://www.wired.com/story/donaldtrump-manosphere-won/, accessed on December 23, 2024;Venessa Wong, “How Trump won middle-class voters —and what his return means for their finances,” MarketWatch,November 25, 2024, https://www.marketwatch.com/story/how-trump-won-middle-class-voters-and-what-his-returnmeans-for-their-finances-219e1762?utm_source=chatgpt.com,accessed on December 26, 2024.
*2 Lalee Ibssa, Kelsey Walsh, and Soo Rin Kim, “Trump takes a victory lap with young conservatives,” ABC News,December 23, 2024, https://abcnews.go.com/Politics/trumptakes-victory-lap-young-conservatives/story?id=117032373, accessed on December 27, 2024.
*3 1940年生まれのモンゴメリーはカークの指導役であり、2019年までTPUSAの中心的役割を果たした。
*4 以下特別に注がついていないTPUSAに関する基本的な情報は当団体のHP〈https://www.tpusa.com/〉による。
*5 Lisa Hagen, “Beyond campuses and churches, can Charlie Kirk turn out votes for Trump?” NRP, October 24,2024, https://www.npr.org/2024/10/24/nx-s1-5009316/charlie-kirk-turning-point-christian-nationalism-trump,accessed on December 22, 2024.
*6 George Fabe Russell and Sarah Gleason, “Who isCharlie Kirk? Here’s what he had to say on Day 1 of theRNC,” USA Today, July 16, 2024, https://www.usatoday.com/story/news/politics/elections/2024/07/16/charlie-kirkturning-point-usa-rnc/74421268007/, accessed on December23, 2024.
*7 ProPublica, “Turning Point USA Inc.,” https://projects.propublica.org/nonprofits/organizations/800835023,accessed on January 3, 2025. Lynde and Harry Bradley 財団、Ed Uihlein Family 財団、その他コーク兄弟が関わる財団等の保守系財団が大規模な資金を提供している。
*8 Wong, “How Trump Won.”
*9 Hagen, “Beyond campuses and churches, can Charlie Kirk turn out votes for Trump?” 厳密には、TPUSAは501(c)(3) 団体であり、有権者の動員に直接的に関わることができない。選挙に直接関わるための組織として、2019年にTurning Point Action を設立した。
*10 Joshua Rhett Miller, “How Charlie Kirk’s ‘Brainwashed Tour Helped Reelect Trump,” Newsweek, November 8, 2024,https://www.newsweek.com/charlie-kirk-turning-pointtrump-reelection-1983029, accessed on December 22, 2024.
*11 Cas Mudde, “What I learned when Turning Point USA came to my campus,” The Guardian, October 24,2024,https://www.theguardian.com/commentisfree/2024/oct/24/turning-points-usa-university-campus-tour, accessed on December 22, 2024.
*12 Ibid.
* 13 Amy Binder 教授へのジョンズ・ホプキンス大学における聞き取り調査(2024年10月28日)。Binder 教授の 議論の詳細については以下を参照。https://www.spf.org/jpus-insights/spf-america-monitor/spf-america-monitordocument-detail_169.html. また大学キャンパスにおける政治環境の変化についての詳細は以下を参照。Amy J. Binderand Jeffrey L. Kidder, The Channels of Student Activism: Howthe Left and Right Are Winning and Losing in Campus PoliticsToday (Chicago, IL: University of Chicago Press, 2022).
*14 Kathryn Post, “Charlie Kirk Aims to Expand Turning Point USA to Evangelical Campuses,” Christianity Today,November 4, 2024, https://www.christianitytoday.com/2024/11/charlie-kirk-turning-point-usa-christiancollege-politics-liberty-gcu/, accessed on December 22, 2024;“Paula White: Trump Spiritual Adviser,” PBS, March 25,2024, https://www.pbs.org/wgbh/frontline/interview/paula-white/, accessed on December 23, 2024.
*15 Hagen, “Beyond campuses and churches, can Charlie Kirk turn out votes for Trump?”
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
2025年2月号
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山岸 敬和(やまぎし たかかず)
南山大学国際教養学部教授・塾員