三田評論ONLINE

【特集:大統領選とアメリカのゆくえ】
座談会:アメリカの構造変化とトランプ政権がもたらすもの

2025/02/06

陰謀論は影響したのか

岡山 お話を全体的に伺っていると中期的な構造変化というものが効いていたという話になるのかと思います。

ちょっと話を変えますと、一方で今回の選挙でも陰謀論やフェイクニュースがよく見られました。烏谷さんにご専門の立場からお伺いしたいのですが、洋の東西を問わず一方でオールドメディアが選挙のナラティブを形成できないような状態になりつつある。その一方でSNSなどから陰謀論もフェイクニュースを含めて偏った情報が流れてきて、人々はその影響を受けているのかと思います。

今回、それが結果に影響したかどうかは置いておいて、現象としてそういうものがどういう形で表れ、それがどのようなインパクトを選挙に及ぼしていたとお考えでしょうか。

烏谷 バイデンが交代した話から言うと、きっかけになったのはテレビ討論会だったと思います。不自然な動きや話し方、言葉の選び方など、映像がバイデンの「老い」を残酷なまでに露出してしまった。

トランプ支持者のそれこそQアノンみたいな陰謀論のコミュニティにはバイデンに対する誹謗中傷はずっとありました。それがとうとうリベラルメディアでも彼の老いの問題が現れ、直ちに共有されて、しかも民主党の幹部がすさまじい勢いで危機感を持った。僕にはすごく迅速に引きずり下ろしたように見えたんですが、テレビ映像の力をあらためて確認しました。

陰謀論への関心で言えば、トランプが言う2020年の不正選挙陰謀論自体が私からするとあり得ない話で、なぜもう4件も起訴されている人が大統領候補として大手を振って出てくるのかと。しかし、共和党の支持者の6割から7割がずっと彼の不正選挙陰謀論を支持し続け、何が起きても6割からは下がっていかない。それが結局彼を大統領選の本選にまで押し出して最終的には勝ってしまう。

陰謀論研究の立場からすると、彼が負けたら陰謀論を発動して、全米各地で大変なことになるのではないかと言われていたのですが、結局彼が選挙で勝ってしまったので、いろいろ仕込んでいたかもしれない不正選挙陰謀論も登場する出番はありませんでした。

話題としては左派にも陰謀論が現れ、民主党の色から「ブルーアノン」と呼ぶジャーナリストもいました。しかし結局左派の陰謀論は本格的に武器化されておらず、ネットの中で瞬間風速的に拡散しただけで終わりました。

ですので陰謀論の政治的な武器としての使用が大統領選にどういう影響があったかという点で言うと、いろいろな話題はあったけれど、想定していたより深刻な影響はなかったのかなというのが個人的な結論です。

岡山 2021年1月6日の連邦議会議事堂襲撃事件はまさにトランプの敗北から生じたわけですが、トランプが勝っていたと世論調査で答える共和党支持者が最近でも半分以上いるということが一方である。ただ他方で共和党支持者の多くはトランプが無茶苦茶なことを言っていることはわかっていて支持している、という感じもします。

つまるところ、共和党支持者の多くがトランプや彼を取り巻く陰謀論的な話をどう思っているのか。どう理解したらよいでしょうか。

飯田 何が言えるかというと、同じ根本の原因があり、それが1つにはトランプへの投票という行動に表れ、もう1つが陰謀論の拡散に表れたということかと思います。

例えば「ハイチ移民がオハイオ州スプリングフィールドでペットを食べている」という話が広がってまことしやかに囁かれたのは、本気で信じていたというより、信じるだけの素地があったと。つまり、移民に対する反感が共和党支持者の間にあって、それが一方ではトランプに対する投票として表れ、また一方ではペットを食べているという陰謀論の拡散に表れている。そのようなことで、私には陰謀論の拡散そのものが実際に投票に影響を与えているとは思えない。烏谷さんのおっしゃる通りだと思っています。

議事堂襲撃の話も、共和党の支持者全員が不正選挙を信じているかと言うとそんなことはないわけです。ただ、自分はトランプを支持しているという表明として不正選挙はあった、と言っているに過ぎない。

結局、民主党に対する反感であれ、アメリカ社会に対する反感であれ、そういったものの一方がトランプへの投票として表れ、一方で陰謀論の拡散として表れるのであって、陰謀論が広がっていることでアメリカ社会がおかしくなっているということではないと思います。陰謀論というのは、アメリカ政治の昔からの華ですから。

松本 私も同感ですが、今、特に感情的分極化といって、相手の党が嫌い、という感情が先に立っている人が増えてきている。陰謀論などは話半分で聞いているのだけど、面白いし、それが何か相手にダメージを与えるのなら乗っかってしまおうというところもあるのかなと。

またトランプ本人が体系的な陰謀論を語っているという感じはそれほどしません。たぶんその場その場で一番面白くて都合のいいところに乗っかっているだけで、トランプは政治的な得点が稼げるものは何でも使うのだと思います。

「分断」の構造変化を検証する

岡山 中期的にみてアメリカはどうなっているのか、という話に入っていきたいのですが、やはりそこで問題になるのは、1つは政治的あるいは社会的な分断の問題だろうと思います。

今、感情的な分極化について言及がありましたが、保守側のある種の極にはどういう反発があるかというと、リベラル側の主張が極端だったり、ここのところ民主党は結局女性や非白人などの権利の話ばかりで、それ以外の人々の生活なんか見ていないじゃないかというところがあるわけです。

一方、三牧さんが注目されてきたZ世代には、まさにリベラルの極北のようなところにいる人も結構いると思うのですが、リベラル側、特に若者の間では構造的な変化はどう捉えたらいいでしょうか。

三牧 確かに、テレビ中継された討論会でバイデンの老いが映し出され、撤退の原因となったことに鑑みれば、テレビは力を失ったとは言えませんが、今回の大統領選はポッドキャストの重要性を知らしめました。トランプは「世界一稼ぐポッドキャスター」と言われるジョー・ローガンなど、とりわけ男性に影響力のあるインフルエンサーの番組に多数出演しました。さらにトランプは、息子バロンのアドバイスに基づき、Z世代の男性に人気のインフルエンサーにも接近し、彼らの番組に出演した。Z世代男性の票を取り込もうとする意図は明らかでした。

これらの番組は、いかにも政治的な番組というものではなく、格闘技やスポーツの話も交えて、長いときは3時間ぐらい雑談をするものです。政治に関心のないリスナーでも気軽に聞けて、トランプに対して親しみが湧いてくる。つまり、その一見した「非政治性」にこそ狙いや魅力がある。

ハリスも対抗してポッドキャストに出演しましたが、この次元ではトランプに太刀打ちできませんでした。世論調査によれば、Z世代女性がますますフェミニズムに目覚めているのに対し、Z世代男性は、フェミニズムを「男性を犠牲にするもの」と捉え、抵抗を感じる人が増えている。トランプはそうした男性たちに、「あなたたちは間違っていない」「男らしくあることを放棄する必要はない」と巧みに呼びかけたのです。

岡山 なるほど。

三牧 今回の選挙で特筆すべきことは、イスラエルの軍事行動が続くパレスチナ自治区ガザの人道状況が刻々と悪化する中で行われたことです。24年の春頃には世論調査でも「イスラエルは軍事行動は止めるべきだ」「イスラエルに武器弾薬を送るべきではない」という意見が多数派になりました。

とりわけそうした意見は民主党支持者に強く、バイデンからハリスに候補者が交代した8月、民主党支持者の8割近くがイスラエルへの武器弾薬輸送を停止すべきだと回答した世論調査もありました(YouGov)。

共和党支持者がイスラエル支持でまとまっているのに対し、民主党支持者は親イスラエル、親パレスチナで割れている。選挙に勝つためには、どちらの層も決定的に怒らせない玉虫色のスタンスをとるしかない。バイデンとハリスはそう考えたのだと思いますし、困難な政治状況は理解しますが、人道上はもちろん、政治的にも賢明な選択であったのか疑問です。パレスチナ人の命や人権について口では同情を示しても、武器弾薬を送り続けるバイデン・ハリスのスタンスは、パレスチナ人の虐殺に怒り、悲しむ人の心をつなぎとめるものではなかった。国際社会におけるアメリカの信用も大きく毀損しました。

ハリスは「リベラルすぎる」と共和党に攻撃されましたが、私はこうした見方は、ポジティブなものであれ、ネガティブなものであれ、本質を外していると考えています。ガザについてのハリスの発言は、どの支持者に対してもいい顔をしようとした機会主義的なものが多く、人権への拘りやリベラルとしての信念を感じるものではなかった。7月、イスラエルのネタニヤフ首相が訪米した際、ハリスは、ガザでは「多くの罪なき市民が死んでいる」「私は黙っていない」と啖呵を切り、8月の大統領候補の指名受諾演説では「パレスチナ人の命、自決権も支持します」と断言しましたが、イスラエルへの武器弾薬輸送の停止については「考えない」と明言し、その姿勢を貫いた。人権や命を語りながら武器を送り続ける。こうした欺瞞的な姿勢ゆえ、失った票もあったのではないでしょうか。

カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事