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【特集:大統領選とアメリカのゆくえ】
座談会:アメリカの構造変化とトランプ政権がもたらすもの

2025/02/06

トランプの政権運営と議会との関係

岡山 さて、このような構造的変化を目の前にしながら、新たにもう一度トランプ政権がやって来るわけです。注目されているのは、やはり重要閣僚などの人事で、これは日本でもかなり報道があります。大変論争的な人選も発表されていますが、1期目と比較して特徴はなんでしょうか。

松本 研究者としては「わからない」と言うのは怖いのですが、あえてわからないと言っておきます。その理由は、やはりトランプの行動の予測可能性が低いんです。トランプ本人も意図的にサプライズを起こそうという節がある。

任命についても、上院も今回共和党は53議席ですから、4人がバツをつけたらダメなわけです。この数字は結構シビアです。加えて1期目でわれわれが学習したのは、今はイエスマンでもいつ関係がこじれるかわからないということです。やはりトランプの個人商店みたいなところが2期目も続くことになるのかと思います。

その中でも最もわからないのがイーロン・マスクです。マスクといつこじれて、それが政権全体にどう影響を及ぼすかということに関しては、まったく予測不可能です。一番よく見ておかなくてはいけないのはマスクとの関係ではないかと私は思います。

岡山 1期目のトランプ政権が結局閣僚となった人と折り合いが悪くなったり、専門性のない人が役職についたりして、やりたいことができない状態になったのは明らかです。もしそこから学習していれば、専門能力が多少はある人間を充てるだろうと考えました。しかし、ここまでの人事を見るとあまりそういう雰囲気はないですね。

そして、アメリカは憲法のシステム上、本格的な政策を実現しようと思うと絶対に立法が必要になるわけです。ですから議会との関係が問題になるわけですが、これだけイデオロギー的、感情的に二大政党が分極化し、かつものすごく拮抗している状況で、これからの4年間はどうなりそうでしょうか。

松本 ここは私の専門ですが、私は今回トランプが圧勝というのであれば議会選挙でも共和党がもっと勝っていたと思います。しかし、下院は議席を減らしています。私は、今回のトランプの当選は、実質的には現職大統領の再選と見たほうがいいのではと思っています。そうであれば議会の議席の増え方、減り方とも整合的です。

また、1期目と2期目の大きな違いは、少なくとも今の憲法下では3期目がないということです。2期目は中間選挙が終わると残り2年はレームダック化する可能性が高い。すると、もう最初の2年しかないということになる。

トランプが立法で何をするかに関してはわかりません。その理由はまず、トランプの選挙公約「AGENDA 47」を読んでも、それをどうやって実現させるか、わからないんです。言わずもがなですが、トランプは、手続とか所管とかリーガルなことへの関心はまったくありません。ずっとワンマン社長の延長線上でリーダーシップを考えている人です。

少なくともやりそうなのは減税ですが、減税は当然立法を経ないといけない。一番ありそうなシナリオは2017年の減税法案の通し方と同じように財政調整法という手法を使って、上院は民主党のフィリバスターを回避する、下院は過半数ぎりぎりの数の力で通すということです。

しかし、実は下院で過半数を失う可能性があります。選挙結果は220対215ですが、トランプ政権の人事等で3人減る見通しです。補欠選挙で3連敗すると過半数も議事運営の権限も全部民主党に行くので、財政調整法でも立法を通せなくなります。

私がトランプを現職大統領と見たほうがいいと思っているもう1つの理由は、この4年間、特に下院共和党を実質的に支配していたところがあることです。今の下院議長の人事は、マッカーシー前議長が降ろされてから、ああだこうだとトランプがSNSでつぶやいて、4人目くらいにマイク・ジョンソンにおさまったわけです。

ですので今のところジョンソンはトランプの下で働くという主従関係が完全にできあがっています。が、この関係もいつこじれるかわかりません。ジョンソンは下院の中で一番強硬な議員連盟のフリーダム・コーカスのメンバーではありません。妥協の産物の下院議長だからです。

これほど拮抗した議席差で一番おいしい思いをするのはフリーダム・コーカスです。つまり、おまえもマッカーシーみたいにしてやろうか、みたいな威嚇をすることができるわけです。トランプも、フリーダム・コーカスをけしかけてジョンソンに言うことをきかせることができます。

岡山 いろいろ考えてみても結局予測は難しいということですね。同感です。とくに今回の選挙はトランプのコートテール効果(大統領選挙の年に大統領候補の人気でその所属政党の議席が上積みされる効果)が全然ない。大統領選挙に勝って下院の議席を減らしたケースは最近では思いつきません。

こういう状況でトランプが立法をするために調整せず、支持者が期待しているような成果が出なかった場合、どうするでしょうか。

松本 1つは立法を通さないといけないような手段を極力迂回することです。そこで大統領令ということになるわけです。が、もし議会で立法して通さなくてはいけない政策が通らなかった場合、非難を回避するような行動をするでしょう。要するに通さなかった議会が悪いんだみたいな話をして、それで有権者に溜飲を下げさせるわけです。トランプはそういうことが上手い。

逆に通ると、妥協の産物のような法案でも「俺がやったんだ」みたいな話をする。1期目のトランプ政権で国境の壁は大したものはできなかったけど「偉大な業績だ」と強弁するようなことを臆面もなくやれてしまう。そこがトランプの強さかと思います。

飯田 先ほどバイデンは誰からも熱狂的に支持されないと言いましたが、トランプは逆で、何があってもトランプに付いていくという岩盤支持層が約3割はいます。やはりそれがトランプの強みです。さらに2期目ですから再選を目指す必要がなく、ある意味何でもできてしまうということもあり、無敵の状態で怖いと思います。

過激主義の行きつく先は?

岡山 一方で、今まさに人事などをやっていて、そこで名前が挙がっている人たちに対して殺害予告なども出てきています。これはトランプに反対している人たちがやっているということになるわけです。先ほど烏谷さんから「ブルーアノン」のような話がありました。これまで陰謀論というのは主に右派の話を中心に出てきていましたが、暴力を伴うような動きは右派だけでなく、かなり広がっていると考えられるのでしょうか。

烏谷 広がりというのは正直計りかねるところがあるのですが、陰謀論を過激主義の問題と一緒に考えることは大切なことだと思います。陰謀論は、偽情報みたいな話で捉えるのではなく、白人至上主義や極右の民間武装勢力の考え方、反ユダヤ主義などと相互に影響を与え合いながら、現在の保守の思想を過激化させる原動力となっているのだと思います。

トランプ政権期に陰謀論が湧き上がってきた時の1つの発生源が、いわゆる「4chan」と呼ばれる匿名掲示板で、そこではいわゆるミソジニストがいたり、白人至上主義者がいたり、アメリカ社会における政治的無意識の一番筋の悪い要素がごった煮になっているようなところで、陰謀論が成長していきました。

陰謀論が広まっていくのと政治的な過激主義の考え方が広まっていくのはかなり軌を一にしている。また、共和党のトランプ派勢力が、陰謀論や白人至上主義など際どいところに手を突っ込んで支持者を増やして過激なメッセージを送るようになるのに対応して、左派の側も、あちらがああいうことをやるんだったらこちらもやろうと、過激主義が刺激し合って拡大していくような面はあります。

左右の両端にどんどん過激主義が広まっていく。このような現象をどうやって止めることができるのか。これもアメリカ政治の研究者の方がどう思われるか興味があります。

バーバラ・ウォルターの『アメリカは内戦に向かうのか』や、映画『シビル・ウォー』が話題になりました。分極化が行き着いた先にあれだけの銃を持っている国民ですから、内戦にまで向かう可能性というのも実際にあると考えていいのでしょうか。

松本 私は、実はアメリカ合衆国憲法は人類の傑作だと思っているところがあります。結局、アメリカが本格的にまずかったのは南北戦争ぐらいで、基本的には安定しているんです。なのでアメリカが危機だとか分断だと言っていますが、それは悪く言い過ぎ、もっと楽観的に見ていいよ、と最近よく言うようになっています。最近亡くなられた阿川尚之先生もそういうことを述べておられました。

『シビル・ウォー』は私も見ましたが、設定にすごくリアリティーのある話で、なぜ内戦が起きているかというと、DCにいる大統領が3期目という設定なんです。つまり憲法を破ると大変なことになる。アメリカ人の憲法に対する忠誠心は相当強いというところを描いているんだろうと思います。

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