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【特集:大統領選とアメリカのゆくえ】
座談会:アメリカの構造変化とトランプ政権がもたらすもの

2025/02/06

トランプ現象が続く理由

岡山 国内の話からガザの話にわたりましたが、状況としては民主党の中で従来から言われている主流派と左派に分かれていて、左派の人がハリスがどっちつかずで態度をはっきりさせないので、なかなかコミットしがたい面が一方であったと。

他方、民主党の外側から見ると民主党の主流派はそこそこ穏健なのに、全体としてみると実態よりもかなり急進的リベラルに見えているがゆえに彼らを遠ざけることになっていた面があるという感じなのでしょうか。

三牧 民主党主流派は、「穏健」というより「守旧」という面すらあり、そのことで相対的にトランプを「変革」をもたらす候補者に見せてしまった面がある。その最たる例が、ハリスがリズ・チェイニーと共闘したことでした。激戦州も一緒に回りました。チェイニーは連邦議会議事堂襲撃事件以降、トランプと袂を分かち、トランプを明確に批判してきた。この点では共和党の良心というべき存在です。

しかし今回の大統領選は、中東ガザ、さらにはレバノンで多くの人々が、アメリカの武器支援に支えられたイスラエルに殺される中で行われたわけです。リズ・チェイニーといえば、父の元副大統領ディック・チェイニーとともに、ジョージ・W・ブッシュ政権の官僚として、中東や世界で数十万の犠牲を生み出した「テロとの戦い」を支えた人物です。

アメリカは「テロとの戦い」に20年間で8兆ドルも使いましたが、その間に国内ではリーマン・ショックや新型コロナ感染危機などが起こり、アメリカ国内の矛盾が可視化されていった。こうした状況が「アメリカ第一」を掲げ、露骨に国内重視を打ち出すトランプが台頭する背景となりました。

いわばハリスは、トランプを生み出した原因の一端となった政治家と共闘したのです。トランプに格別の魅力を感じていない人でも、かといってブッシュ・チェイニー的な介入路線に未来を見出すわけではないでしょう。

飯田 私の考えだと80年代の民主党と共和党が入れ替わったような感じがします。民主党があまりにもディーセントで上品になり過ぎている。アメリカの汚かった部分に全部蓋をしてしまった二大政党において、底に溜まっていたドロドロとした不満を一気に噴き出させたのがトランプの強さだと思うんです。

その噴き出したものは何かといえば、ある意味人種差別的な意識であったりする。ティーパーティー運動(2009年~)の頃からずっと草の根保守層には白人の有色人種に対する不満が溜まっていましたが、2012年の共和党候補ロムニーはそういう意見を全く代表しなかった。まさにディーセントな上品な共和党のエスタブリッシュメントの代表で、草の根保守層の多くの人たちはどこに投票していいかわからない状態だった。そうした中で出てきて勝ったのがトランプだと思うわけです。

振り返るとかつてのトランプ共和党みたいな政党は1980年代の民主党でした。その頃日本車をバンバン潰していたようなテキサスの労働組合の人がいた。そのような民主党の人はいなくなり、高学歴の人がたくさんいる感じのところになっている。

サンダースが言うように、民主党はもっとトランプ的なところに元に戻る必要があるのかもしれません。

中道路線の蹉跌

烏谷 アメリカ政治がご専門の皆様に聞いておきたいことがあります。私は陰謀論にはまる人たちを生み出した背景を考える際、バックグラウンドが社会学なので、割と格差社会論みたいなものを素直に受け取っているところがあります。会田弘継さんの『それでもなぜ、トランプは支持されるのか』などを読むと、トランプのゴジラのような生命力はどこから湧いてくるのかという印象的な問いが投げかけられています。

興味深いのは、学歴が低く、いわゆるニューエコノミーの流れに乗り切れなかった工場労働者層がどんどん民主党から離れていったデータを様々なところで確認できることです。

これにはニューデモクラットや第3の道と呼ばれる路線、それまでのリベラルで左派に寄り過ぎた党をもう一度中道に戻そうとした民主党の生き残り戦略が関係していると思います。

この路線は結局、公正な分配と新自由主義的な経済政策を両立させようとしたもののあまり上手くいかず、結果として格差社会を助長してしまった。そのことでいわゆる「忘れられた人々」を生み出し、民主党が今日見捨てられるに至った、ということなのかと思うのです。

いわゆるニューデモクラットや第3の道については、ご専門の皆さんはどう評価されているのでしょうか。

松本 ニューデモクラットは実は私は博士論文で書きました。まず、三牧さん、飯田さんとは違う言い方になるのですが、私は今回の大統領選挙の結果を圧勝と言うのは言い過ぎかなと思っています。中長期的には二大政党は拮抗していて、その範囲内では明確に勝ったということです。もっと圧勝したのは1984年です。

この時、レーガンが49の州の選挙人を取ったわけですが、実はニューデモクラットの起源は、そこで反省をした南部民主党の人たちです。ちょっと前まで南部は民主党の牙城だったのに、なぜ勝てなくなったのかと言い出して、DLC(Democratic Leadership Council =民主党指導者会議)という中道派の政策団体を作ったのが起源です。DLCは一応成功し、大統領ビル・クリントン、副大統領アル・ゴアという南部出身のDLCのペアで92年の大統領選に勝利します。バイデンもDLCの古参のメンバーでした。

ところが、中道的なことを真正直に言っても受けなかったのですね。リベラル派には突き上げられ、共和党側からはビッグガバメントだと言われる。そんなことを言いながらも90年代は妥協ができていたわけですが、ニューデモクラットにとって不幸だったのは2000年がブッシュ(子)とゴアという2人の大統領選挙で、ブッシュは選挙戦ではニューデモクラットとそれほど違うことを言っていなかったのにゴアが負けた。そして8年後に出てきたのがより左派のオバマです。

オバマが2008年の大統領選挙に勝つと、もうニューデモクラットは完全に勢いを失い、DLCという団体は2011年に閉じられ、今、その遺物はクリントン大統領の図書館に所蔵されています。以上が経緯ですが、構造的な要因としては、真面目に中道を言っても受けないし両端から叩かれる時代になったという話です。それは今、万国共通の現象ではないかと思います。

変化した学歴と投票行動の関係

岡山 経済に関して言うと、共和党も民主党も金持ちエリート主導の政党になってしまい、その中で、白人の労働者などに共和党のほうを「まだましだ」ということで選んでいる人が増えていることも言われます。

ただ白人労働者の中でもより社会文化的に保守的な層が共和党に流れていった傾向が続いてきたということになると、「どこまで続くのか」という話になります。今回もうあらかた共和党に回ったので、そこで民主党からの流出はストップするのか、それともまだ続くのか。この問題は、トランプが圧勝したと見るべきなのか、これからも拮抗状況が続くのかの分かれ目にもなるのではないかと思います。

飯田 結局、今回の選挙結果は、白人の非大卒の人がトランプに投票する割合は前回とほとんど変わらなかった。ですから、白人の間のトランプの票の伸びは、ある程度ここでストップしていると思います。

学歴と投票行動の関係は、2012年頃まではそれほど直線的な関係はなく、世論調査でも学歴で重み付けを行わなくても特に精度が狂わなかった。ところが90年代にニューデモクラットが出てきてクリントン、ゴアの下でドットコムバブルが起こり、IT産業が膨らみ、ウェストバージニアの炭鉱が閉じられていき、中西部のラストベルトが広くなっていった。

そんな中でも労働組合の動員によって何とか白人労働者をつなぎ止めていたのが、2016年にトランプが現れて、白人の労働者の利益が失われているということをメッセージとして出し、ここで一気に学歴と投票行動の相関関係がバンと前に出てきた。今では完全に大卒未満が共和党、トランプで、大卒以上が民主党という明確な関係ができたわけです。2016年の選挙の予測があれだけ外れたのは、まさにそこで、世論調査の結果で学歴補正をせずに見て、これはヒラリーが80パーセント勝つ、となってしまったのです。

しかし、白人労働者のこの傾向はこれで打ち止めなのではないかと思います。今回非大卒で若干トランプ支持が上がっているのは、有色人種、アジア系、ヒスパニック系のトランプ支持が伸びたことに連動していると思います。

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