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【特集:大統領選とアメリカのゆくえ】
金成 隆一:ラストベルトを歩き続けて──トランプ現象はなぜ続くのか

2025/02/06

「アメリカは2つの異なる国でできている」

もう1つ、ジョーがトランプに惹き付けられた理由は、やはり彼の自由貿易への批判だ。出馬会見から一貫して、米国が貿易で他国にやられっぱなしで、米国から賃金のよい製造業の雇用機会が奪われたとのメッセージを繰り返してきた。

トランプ政権の発足後、私が「トランプ政権になっても『賃金のよい仕事』がオハイオ州に戻る気配はない」と指摘すると、ジョーはトランプを擁護した。「どの政治家も30年やれなかったことを、たった1期4年でやれるわけがないじゃないか。トランプが公約の10%でもやれば、オレは満足だ」。

アメリカでは今、誰もが「分断」を語るが、ジョーは、都市部で聞くのとは異なる視点を語った。

「アメリカは2つの異なる国でできている。カリフォルニアの連中はオハイオのことなんて気にしちゃいない。彼らは中国やメキシコから物品を輸入し、列車に乗せて全米に送り込む。だから『ハートランド』の仕事がなくなった。彼らが輸入する物品はかつて俺たちが作っていた。俺たちが作っているのだから、最初から輸入する必要はなかった。トランプが海外の鉄やアルミに関税をかけ、価格が上がってみんな泣いていたが、オハイオでは誰も泣いていないぞ」

誤解も含まれている発言だが、これがジョーの認識だ。彼の目には、かつての共和党も民主党も自由貿易を推進し、カリフォルニアやニューヨークなど沿岸州の利益を優先させたようにしか見えてこなかった。

自由貿易批判も社会保障制度の保護も、「小さな政府」を志向する傾向の強かった従来の共和党候補とは力点の置き方が大きく異なる。社会保障の維持を約束し、自由貿易を批判したことが気に入り、ジョーは「トランプ共和党」に鞍替えした。かつて組合活動の最前線にも立った鉄鋼労働者の鞍替えに周囲は驚いたが、そんなことは気にせず車に「トランプ」看板を掲げて街を走った。

「私たちと同じ言葉を話すトランプ」

トランプ時代の初期、彼の使う言語は「小学3年生レベル」などと指摘された。「トランプは小学校4年生の半ばで、小6レベルだったトルーマン以来最低」という伝え方をする報道もあった。そこには揶揄する雰囲気があったと思う。

ただ、いま振り返るとどうだろうか。「富裕層の政党」のイメージが根強かった共和党の候補として、労働者層にも支持を広げた実績を考慮すれば、わかりやすい言葉づかいの成果とも言えるのではないだろうか。

支持層を広げたトランプの「強さ」を考えるとき、私は、オハイオ州ヤングスタウンで取材したサンドイッチ店経営者ボブ・ローリー(取材当時61歳)を思い出す。

曾祖父も、祖父も、父もウェストバージニア州の炭鉱労働者という、炭鉱一家に育った。ヤングスタウンが製鉄業で盛り上がっていると知った父が1951年にオハイオ州に引っ越した。しばらく製鉄所USスチールで働き、70年代にサンドイッチ店を開業。56年生まれのボブが引き継いだ。

一家は民主党支持だった。「民主党は労働者階級のための政党」との理由で、ボブも若い頃は民主党支持者だった。ところが、80年代のレーガン政権時代に共和党候補に入れるようになった。レーガンが「政治家ではなく、映画俳優の出身で、見ていて楽しかったからだ」という。

そんなボブはいま、トランプの熱心な支持者だ。私が理由を説明して欲しいとお願いすると、ちょっと困った様子だった。

「トランプのやっている政策の、ほとんどは別に私の暮らしを楽にしてくれるわけでもない。どうやって答えればいいんだろうな。そうだな、例えばエルサレムの首都認定と大使館移転。そんなのが私たち(の暮らし)を助けるわけではない。北朝鮮問題も私には関係ない。減税だって、どの大統領も似たようなことを言って、結局私はいつも同じような税金を払ってきた。(決め手は)そこじゃないんだ」

そして、言葉を継いだ。

「どう説明すればいいのかわからないが、私は彼を見ているのが楽しいんだ。しんどい日も、彼は私を笑わせてくれる。ニュースをずっと見ていたくなる。イスラエルの件でも、彼は言いたいことを言っている。誰のことも恐れていない」

「とにかくトランプは楽しい人だ。私のように育ったアメリカ人は、楽しい人が好きだ。連邦議会に行っても、誰のことも恐れていない。一般的な政治家が話していることの半分も、私たちは理解していない。やつらの話は難しすぎる。私たちと同じ言葉を話すトランプなら、今ここで(緊張することなく)普通に話せそうだ。私は彼が好きだ。次も投票するよ」

値段で勝負を仕掛けてくるフランチャイズ店との競争が激しい中、ボブは40年近く、「スモールビジネス」を仕切ってきた。野菜の仕入れ先を吟味し、客の声を商品開発に取り込む。学生バイト20人を雇い、地域で雇用も生んできた。

「私は毎朝2時半ぴったりに起きる。シャワーを浴びる。コーヒーを入れて、たばこを吸う。ネットでニュースを読む。朝5時に出勤する。店はもちろん無人。5時半ごろ、店の前のスタンドに地元紙が届く。小銭を入れて買う。スポーツ欄とおくやみ欄を読む。その後に調理用ソースを仕込む、ミートボールをこねる。この準備の時間が私のリラックスの時間でもある。1人きりの作業。朝9時になると娘も出勤してくる。そうやって店が始まる。私がやっていることは40年なにも変わらない。同じ儀式だ」

本稿で紹介した3人は、いずれも真面目に働いてきた人々だ。元民主党支持者でもある彼らが、それぞれの理由でトランプ支持の理由を語るとき、私はトランプの強さを実感する。

トランプ政権2期目への懸念

とはいえ、トランプ次期政権にはあまりに深刻な懸念がある。

アメリカ大統領に、日本も含めて国際社会が擁護者になることを期待してきた、民主主義や自由主義、多国間主義といった理念に関心を示さない。示さないどころか、民主主義を支える規範や制度を進んで傷つけてきた。

何より深刻なのは、こうした傾向は1期目にも表出していたし、2020年大統領選の後には権力の平和移行の妨害を扇動的なメッセージで試みるなど、判断材料が示されていても、昨年11月の大統領選でトランプが2勝目を果たした事実だ。

ハーバード大教授のスティーブン・レビツキーらが『民主主義の死に方』(新潮社)で示した「独裁主義的な行動を示す4ポイント」には、①ゲームの民主主義的ルールを拒否(あるいは軽視)する、②政治的な対立相手の正当性を否定する、③暴力を許容・促進する、④対立相手(メディアを含む)の市民的自由を率先して奪おうとする、が並ぶ。レビツキーらは出版の2018年時点で、ニクソンをのぞけば、過去100年の間で主要な大統領候補は誰ひとり、4つの基準の1つにも該当しなかったが、トランプはすべてに該当したと警鐘を鳴らしていた。明らかに事態は悪化している。

トランプは2期目でも、非介入(孤立)主義、保護主義、反不法移民をアピールして支持者をつなぎとめようとするだろうか。もしくは、3選の可能性が制度上ないとなれば、これらの制約(公約)も気にしなくなるのだろうか。トランプが、集めた労働者票の期待に、どこまで本気で応えるのか、まったく見通せない。

新設される「政府効率化省」トップに指名された起業家イーロン・マスクは、自身の会社で労組結成に反対してきただけでなく、団結権や団体交渉権、不当労働行為の禁止など主要な労働関係法を執行する独立行政機関「全米労働関係委員会(NLRB)」にも異議を唱えたことがある。連邦予算の大幅カットにも意欲を示している。

世界有数の大富豪である彼が異様な目立ち方をしていることは、今後、何を意味してくるのだろうか。トランプが対談で「あなたは最高のカッター(解雇者)だ」とマスクを称賛したことも記憶に新しい。

オハイオ州だけでなく、全米各地で、さらには多くの属性別の有権者の間でトランプは得票率を伸ばした。この意味では「トランプ王国」は完成に近づいたのかもしれないが、労働者層の暮らしぶりが実際に改善されるのかは全く別問題だろう。

トランプ政権2期目で何が起きるのだろうか。ワシントンの動向に合わせて、マイクやジョー、ボブへの定点観測も続けてみたい。まずは就任式が終わった頃にでも3人に電話してみよう。(敬称略)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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