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【特集:大統領選とアメリカのゆくえ】
佐橋 亮:トランプ政権再始動と米中対立の行方

2025/02/05

もう1つのタカ派

だが、トランプ2.0では、もう1つのタカ派といってよい対中強硬論が浮上するかもしれない。前出の対中強硬論が中国の内政に干渉主義的で、戦略の全体像もアメリカの強さを下敷きにしたものであったとすれば、もう1つのタカ派の考えは、アメリカの力の限界を認識したうえで、中国への軍事的備えを実現するためだけに力を糾合すべきと考える現実主義的なものといえる。

その中心的な担い手になり得るのが、国防次官(政策担当)に任命されるエルブリッジ・コルビーである。このポストは背広組の国防官僚で最も高いランクに位置し、政策立案でもっとも枢要なポストとみなされてきた。最近の民主党政権でも、ミシェル・フロノーイ、コリン・カールといった代表的な戦略家が務めてきた。

トランプ1.0において、コルビーは国防副次官補として国家防衛戦略の立案をリードし、1つの大国との戦争に集中する兵力計画構想を打ちだした(福田、2021)。『拒否戦略』(2023)や『アジア・ファースト』(2024)などでも明確にしているように、コルビーは中国に専念すべきであり、ロシア・ウクライナ戦争は欧州に任せるべきとの考えを持つ。そして、各国の努力を引き出し中国への「反覇権連合」を構築すべきと訴える。

コルビーにとって重要なことはバランス・オブ・パワー(勢力均衡)の回復であり、中国が新しいバランスのなかで自制すれば、異なった政治体制であっても何の問題もないと論じる。彼の視点に立てば、このままでは中国がアジアで覇権を確立することを食い止められず、アメリカ、さらにアジア諸国が力を合わせて中国の侵略的行為を「拒否」できる圧倒的な能力を用意すべきなのである。

コルビーの議論はいくつかの点で、従来の発想から外れたものだ。第1に、ロシア・ウクライナ戦争への冷たさは米欧関係を根本から揺さぶるものである。

第2に、中国の野心やパワーの将来性に大きく懸念を有しているにもかかわらず、設定された目標は控えめである。中国の政治体制は彼にとって問題ではなく、たとえばTikTok問題なども本質的ではないと切り捨てる。

第3に、台湾やインドなど、アメリカの同盟国にさらに大きな努力を求める。彼にとって各国の備えは不十分であり、遙かに多くの予算を国防につぎ込むべきだと強く主張している。コルビーは間違っても孤立主義者ではない。中国の軍事力が脅威であるという問題意識を鮮明に持つからこそ反覇権連合を形成すべきと訴えている。それでも、同盟国がきわめて多くの責任を背負い込み、中国に対峙すべきという考えは、同盟国の動揺を誘いかねない。

どちらのタカ派も、中国からみれば対中強硬派ということになる。とくにコルビーが所管する軍事戦略では、中国に専念した体制作りが進展することは望ましくはない。他方で、同盟相手への重圧はむしろアメリカと各国の足並みを崩す可能性があり、彼がみせる軍事的パワー以外への無関心さが広がることも中国には好ましく映る。本来はホワイトハウスが異なる政策論を束ねる立場を担うが、異形のトランプ政権である。大統領の姿勢次第では政策の軸が動く可能性も織り込んでおく必要がある。

米中経済対立も終わらない

経済政策ではスコット・ベッセント財務長官、ハワード・ラトニック商務長官、スティーブン・ミラン経済諮問委員会委員長、ケビン・ハセット国家経済会議議長、さらにはジェミソン・グリア通商代表という人事が示されている。

ベッセントやラトニックは経済界の利益を代表する人物であり、グリアのような強気の交渉タイプの弁護士とは異なる。ラトニック、ミラン、グリアは関税を政策手段として活用することに賛同しているが、トランプ1.0で通商代表を務めたロバート・ライトハイザーが選挙期間中に方々で展開したような、コストを厭わず米中経済をデカップリングすることにコンセンサスがあるわけではない。

トランプ2.0にとって、アメリカ・ファーストを掲げ、関税を手段化することは基本線だ。だが、対中経済依存を解消するために米国経済が血を流すことを簡単に容認することはなかなか難しい。景気動向は、実は富裕層の利益を擁護するトランプ政権にとって重要な課題であり、関税やデカップリングはアメリカ経済への負担も大きいのである。

そのため、言葉による脅しとして、脱リスクやスモールヤード・ハイフェンスを死語とし、デカップリングという言葉を多用したとしても、また中国との貿易戦争も辞さないという姿勢を大統領がみせたとしても、トランプ2.0の対中経済政策には、対応に慎重さを見いだすことができていくのではないか。

もちろん、それでもトランプ1.0からバイデン政権で十分に強化されてきた経済安全保障の政策的な構えは維持されるため、アメリカとその同盟国も含めたサプライチェーンは緩やかに中国との分離の方向に向かう。投資や人の移動も細まっていくだろう。

中国に存在する楽観論と悲観論

ところで、なぜかトランプ政権への楽観主義を目にすることがある。2回目だから私たちにはトランプ政権に向かい合う経験値があるという考えは極めて危険だ。日本にも楽観論はあるが、実は中国にもある。

清華大学の閻学通は米誌に寄せた「中国はトランプを恐れない」という論考で、トランプ2.0は中国にとって有利に働くとまで議論した。彼にしてみれば、「(トランプ1.0から多くを学んだ)北京は対立をうまく回避できる。さらに、同盟国に対するトランプのコミットメントは疑わしく、それらの国はリスクを分散しワシントンの予測不可能性を相殺するために北京との関係を構築しようとする。米国との軍事衝突の可能性も低い」。(Yan, 2024)

再びのトランプ外交がアメリカの国際的地位を凋落させ、国際秩序の再編を加速させるという見立ても多い。北京大学の節大磊は、トランプもバイデンも、アメリカの「深いレベルでの戦略的調整を反映しており、それは相当な期間続く可能性がある」としたうえで、新しい時代の到来を予測する。海外への干渉を避け、普遍的価値を外交によって追求することにもそこまで熱心ではないアメリカの動きが、ポスト冷戦期を次の「ポスト・ポスト冷戦期」に導いていくと節は述べる。(節、2024)

もちろん、目先では具体的な衝突を回避しなければならない。昨年11月、ペルーでAPECにあわせて開催された米中首脳会談で、習近平首席は4つのレッドラインを提起した。つまり、「台湾問題」ではこれまでの約束を守り、「民主・人権」、「路線と制度」といった両国の違いがある点では互いを尊重し、中国の「発展の権利」を守るため貿易戦争や経済のデカップリングを行うべきではないと、越えてはならない一線をアメリカに明示したのである。

こうしたレッドラインをトランプがいとも簡単に乗り越えてしまう恐怖を、中国政府は直視しているとみるべきだろう。アメリカがコストを厭わず中国に強硬に迫るという悲観的な見通しの方が優勢に見える。節が主張するような国際秩序の変動が早まることへの期待は広がっているにせよ、閻が言うほどには対米関係が中国にとって管理可能なものになるとは思えないとの批判があるようだ。総じて言えば、トランプ2.0が長期的に中国に有利な状況を作ることに一定の期待を寄せつつも、短期的には両国関係に困難が多いという見通しといえよう。

中国政府は、これまで通り対米関係の管理、対話の実現を模索しながらも、自律的な経済圏を確立し、政治的影響力の及ぶ世界を広げようと努力を増やしていくだろう。さらに、中国は近年、「信頼できないエンティティリスト規定」や「輸出管理法」、「反外国制裁法」など外国に制裁を加えることのできる手段を増やしてきた。いわゆるエコノミック・ステイトクラフト(経済による外交手段)をどれほど行使するのか。下手をすれば、米中が経済制裁の応酬に陥りかねない。警戒心を持って見守るべきだろう。

アメリカのアジア政策を導く日本の責任を見据えよ

米中対立はそう簡単に終わるものではない。そして、アメリカは依然として世界経済の要であり、アジア、そして世界の安全保障にとっても活用すべき力をもっている。

トランプ2.0が、前回以上に独善的な政策を取ろうとしても、それを修正すべき努力を怠るべきではない。首脳外交はこれまで以上に大きな意味を持ってくる。機会を摑み、いかにアメリカの利益と同盟、さらに秩序形成が密接に結びついているのか、丹念に説明を重ねていくべきだろう。

また日本が東アジアの戦略的重要性を想起させるだけでなく、アメリカの長年の台湾政策、朝鮮半島政策がもっていた慎重さを伝えていくことも肝要となる。

〈参考文献〉

*エルブリッジ・A・コルビー『アジア・ファースト』文藝春秋、2024年

*同『拒否戦略』日経BP、2023年

*佐橋亮「第2次トランプ政権の外交と東アジアの行方」『東亜』2025年1月号

*ピーター・ベイカー、スーザン・グラッサー『ぶち壊し屋』白水社、2024年

*福田毅「冷戦終結後の米軍の兵力計画の変遷」佐橋亮・鈴木一人編『バイデンのアメリカ』東京大学出版会、2021年

* Yan Xuetong, “Why China Isn’t Scared of Trump” Foreign Affairs, 2024年12月20日

*节大磊 「2024年美国大选与“后-后冷战时代”的美国外交战略」『美国研究』2024年第6期

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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