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【特集:エンタメビジネスの未来】
座談会:最前線から考える日本のエンタメの可能性

2024/04/05

世界の賞レースで勝つには

三原 それでは最後に山田さんにお話を伺いたいと思います。あえてストレートにお聞きしたいのですが、海外の映画賞というものはどうやったら取れるのでしょうか(笑)。

山田 僕も聞きたいです(笑)。賞というのはいろいろなものがあって、それこそアカデミー賞からゴールデングローブ賞など、特にアメリカでは無数の賞があります。ヨーロッパではカンヌ映画祭を始め、ベネチア、ベルリンと三大映画祭もあります。他にサン・セバスティアン映画祭など、それぞれ傾向の違う賞が多様に存在します。

世界の賞レースは日本と全然違うと思ったのは、コンセプトが大事だということです。そして、きちんと映画史に対するリスペクトが要る。つまり、連綿と続く世界映画史の中で、今この作品が生み出されているコンセプトと、何が他の作品と違い、何を表現したいのかが、作品としての徹底したオリジナリティとしてしっかりプレゼンできていない限り、受賞は難しい。

作り手には、自分たちが作りたいものを作るということを超えた、広い視座というか教養が要る。そういう部分は実は賞レースに食い込む海外のフィルムメーカーたちは、プロデューサーも含めて当たり前に持っていると思います。

先ほどガラパゴスという言葉を使いましたが、日本は日本のマーケットの中だけで成立してきました。日本人が楽しんで、日本人の感性に合う細やかなハイコンテクストな物語で、なんとかリクープ(回収)できるヒットが生み出せることも多いので、そこがかなり断絶しているかなと。

それは頭で考えても、外に出てみないとやはりわからないことなので、まざまざと体感してみるしかない領域かな、という印象ですね。

三原 日本では芸術のための芸術というか、クリエイターが作りたいものを作りたいように作ることをよしとするところがあり、映画評論みたいなものは敬遠されがちであるようにも思うのですが、海外だとそのあたりは一体化しているという感じなのでしょうか。

山田 映画評論・映画ジャーナリズムが、賞レースや賞を取る作品の評価とつながっている印象です。きちんと機能していますね。日本の批評と製作側はちょっと距離がある印象なので、日本映画界自体が岐路に立っているところだと思います。

三原 『ゴジラ-1.0』はまさにガラパゴスというか、日本の中のいわばジャンル映画的な作品がアカデミー賞にノミネートされたケースだと思うのですが、これは向こうの映画史的な文脈にも乗っていたということなのでしょうか。

山田 すごく大事なことはコンセプトと普遍性だと思います。『ゴジラ-1.0』は、まずどういうコンセプトでこの映画を作るのかという部分で、日本だけではない視座を持っているコンセプトが組めていたのではないかと思っています。

「史上最も近くて怖いゴジラを体感する映画を生み出す」とか、「国が全く役に立たず、民間だけで立ち向かうしかないゼロ状態の時代設定の物語にする」など、です。

普遍性という部分では『ゴジラ-1.0』で描かれている特攻から逃げ帰ってきた主人公の敷島が背負う帰還兵の苦悩の物語が人種と言語を越えて世界中の人たちの感情が動く物語になりました。その両方が満たせたからこそ届いたという手応えは持っています。

三原 それは作っているときに意識していたのですか。

山田 意識していましたね。世界で大ヒットするとは思っていませんでしたが、少なくともプロデューサーの僕は、そういう強度を持つ物語、映画にしたいという思いで作っていました。

三原 クリエイターの方たちにも、そういったコンセプトや普遍性のお話はされたのですか。

山田 巧妙に、このキャラクターはこうあるべきだということは言っていたと思います。頭のどこかで、そういった普遍的な物語、歴史的な視座が多くの人に訴える見え方をするはずだ、という仮説があるからこそ、ディテールの提案によって深めて作品の方向性をガイドしていくんですね。

映画の海外配給を自ら手がけるということ

三原 なるほど。もう1つ『ゴジラ-1.0』でとても興味深いと思ったのは、北米での配給を東宝が直接行ったことです。あれは東宝の会社としての方針だったのですか。これまではあまり見られなかったような取り組みだったと思うのですが。

山田 これはちゃんとお伝えしたほうがいいのですが、誰も予想していなかったし、誰もやろうなんて思っていなかったんです。本当に偶然と奇跡が重なったんですね。

北米展開は、せっかく作ったし、レジェンダリーゴジラが北米でもこれだけ出ているので、和製ゴジラもそれなりに可能性があるかもしれないから一応北米プレミアをやろうという感じでした。そうしたらすごく評判が良くて、「もしかしたら、北米でもヒットがあるんじゃないか」と思った時、たまたまハリウッドでのストライキが長引いて、アメリカ全土で全然作品が揃っていなかったのです。

そのようなこともあって、これはもしかしたら自社配給できるのではないかと。Pixelogicという会社との関係構築など自社配給を実現できる環境は揃っており、うまく転がって、どんどん上映館数が増えていったのです。当初は数百館しか動かせないし、やってもわずかな週ぐらいみたいな話だったんですが、そこからどんどん増えて、気付いたら2千数百館埋まっていたみたいな。

これも「実は全部戦略的にやっていました」と言えたらかっこいいんですが、誰も戦略などしていない。全部偶然と勢いなんです。勢いでやってみたらこんな結果(歴代邦画実写作品の中で全米興行収入1位)になったという感じでしたね。

ストライキもそうですが、アメリカの全国津々浦々にデジタルでデータで送れるという環境が整っていたことも大きいです。これが一昔前だったら現地の配給会社がしっかり根付いていないと、各劇場とのコネクションとか、対面のやりとりがどうしても必要になって、ここまで一気に機動力を持ってできなかったと思うんです。テクノロジーの進化もそういうことを可能にしています。

三原 今後、他の作品でも海外の直接配給をやろうという気運はあるのでしょうか。

山田 この結果が何かしらの扉を開いたのは間違いないと思います。結局、マインドセットが変わることで全ては変わるじゃないですか。だから今回は偶然が重なってすごくいい形になったわけですが、この効果はすごく大きくて、たぶんアニメ映画でも自社配給ということは今後あり得ると思います。

北米でも劇場側が欲しいと思えるようなパワーがある作品であれば自社配給できることを証明してしまったので、そういう意味でのゲームチェンジが起きたかなと思います。

エンタメの地産地消

三原 それでは次に、クリエイターの方々との向き合い方についてお三方のお話をお聞きしたいと思います。

吉田さん、先ほど中国の作家の発掘もやられているというお話がありましたが、それは具体的にどのようにして行うのでしょうか。

吉田 一般的に、日本のIP(知的財産)企業や、版元と言われている企業は、海外に進出する際、日本で作ったものの輸出や、ライセンスビジネスを行うことが多いんですね。

特に出版の版元で海外進出している会社は、以前はほとんどがライツ事業で、基本的に版元の海外展開はライセンスビジネスの延長で、現地拠点もライツ部の出先機関みたいなイメージで考えられているところが多かったように思います。

その中でKADOKAWAは、中国大陸に進出し始めた2008年から、中国現地でのオリジナルIPの開発こそ重要であると考えてきました。全世界の海外拠点でも、日本作品の翻訳出版がメインではありますが、現地のクリエイターや現地の合弁相手の事業を生かし、その地域で一番的確な事業を行っており、これが他社さんとはかなり違うところだと思います。

場合によってはKADOKAWA本社が行っていない事業を海外でやっていることもあります。特に角川青羽上海は、本社でやっていない事業を行うことも多く、逆に本社へのフィードバックも重要な役割になっています。

漫画や小説だけではなく、例えば中国のゲーム会社と一緒にゼロからゲームを作ったり、中国発でミュージカルを作ったり、ドラマや映画も作っていますし、中国産のコンテンツを中国から世界に展開するということをしています。クリエイターは中国の方でなくとも、日本の方でも、どこの地域・国籍の方でも構いません。上海から生まれるクリエイティビティを世界に広げていきたい、と考えています。

KADOKAWAには「グローバル・メディアミックス with Technology」というキャッチフレーズがあります。例えばニューヨークの会社やマレーシアの会社がそれぞれ自分たちで作ったコンテンツが、全世界のいろいろなところで展開していく。日本から海外という一方通行だけではなく、海外のいろいろなところから生まれたコンテンツが世界中で行ったり来たりして広がれば、もっと才能も、作品の数も増えるはずだと思います。

その一例として、角川青羽上海は中国国産作品の制作を行っており、2022年には『齢5000年の草食ドラゴン』という日本のライトノベルを原作として、中国でコミカライズとアニメをセットにした作品制作を行いました。KADOKAWAとしても中国産アニメは初の試みでしたが、配信だけでなく中国でのテレビ放送も実現でき、また中国から全世界への展開も行い、日本では日本語吹き替え版を放送したり、欧米エリアではCrunchyrollが配信してくれたり、というような展開を行いました。

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