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【特集:エンタメビジネスの未来】
上岡磨奈:「推し活」「オタク」「推し」の現在地

2024/04/05

  • 上岡 磨奈(かみおか まな)

    社会学研究者、慶應義塾大学文学部非常勤講師・塾員

「推し活」という言葉を日常的に耳にするようになったのはいつ頃だっただろうか。2021年には「ユーキャン新語・流行語大賞」にノミネートされるほどの市民権を得ていたらしい。「推し活」と名前が付けられたのは2020年代だったとしても、現在この名称で呼ばれている行為、つまり誰かの、または何かのファンとして特定のコンテンツを楽しんだり、味わったり、そこから派生してファン同士の交流を楽しんだり、ということは少なくとも50年以上営まれてきただろう。学術的にもカルチュラル・スタディーズの領域における1970年代のオーディエンス研究に端を発し、90年代のファン(またはファンの集団を意味するファンダム)研究へと紡がれていった蓄積がある。メディア環境の変化などはあれど、「推し活」に類する行為はとくに新しい現象ではない。しかし、「推し活」と名が付いた諸々はこれまでとは異なる潮流をもたらしているようにも感じられる。それは1989年の東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件を境に起こったとされる「オタク」バッシングの時代とは明らかに違う、「オタク」イメージの変化によるものでもあるかもしれない。

2024年現在、我々が目にしている「推し活」とは一体なんなのか。推し活をめぐるカルチャーに関連する具体的な事例に触れながら、「推し活」の現在について思案する。

「推し活」ムーブメントを概観する

1990年代後半に使われるようになった「就活」(就職活動)をはじめ、婚活(結婚活動)、朝活(朝の時間帯に活動すること)、終活(人生の終わりを準備する活動)などさまざまな〇活がメディアを通じて、日本社会に定着してきた。「推し活」も紛れもなく、この「活」の波によって誕生した言葉だろう。冒頭でも触れた通り、誰かを、また何かを愛好したり、応援したり、楽しんだりする行為は、とくに目新しいものではない。しかし、好んでいる対象を「推し」と総称し、「推し」に関連する消費行動などを含めて「推す」と言い表すことが一般的になり、「推し活」とパッケージングされたことによってこれまで「推している」という認識のなかった行動も「推し活」とされたり、「推し」がいない人にも「推し活」がしたい、と思わせたりするような影響力を持ったように思う。それは、頻繁に購入するお気に入りのコンビニスイーツを「推し」と言ったり、恋人や友人のように「推し」が欲しいと言ったりする人の言葉に表れている。

もともと「推し」という言葉は特定のジャンルのファンの間で使われているジャーゴンであった。初出には諸説あるが、個人的にこの言葉を知ったのは、1999年頃である。当時、モーニング娘。とハロー!プロジェクト(初期はハロー!)のファンの間で、1番「好き」なメンバーを「一推し」、2番目に好きなメンバーを「二推し」と呼ぶ文化があった。ハロー!プロジェクトに限らず、他の女性アイドルファンの間でも使われていた可能性はあり、またそれ以前のアイドルファン用語が流用されていたのかもしれないが、その後、2005年のAKB48劇場オープンを経て、「推し」という言葉を使っていたアイドルファンがAKB48のファンになることで「推し」はAKB48のファンコミュニティ内でも用いられるようになる。

その後、AKB48のコンテンツやプロダクトで積極的に「推し」という言葉が取り入れられたことをきっかけに、メディアなどでも頻繁に使われるようになり、徐々に一般にも浸透していった。海外のファンも、とくに日本のアイドルやその姉妹グループのファンは特別好きなメンバーに対してOshiという言葉を使っている。例えば、インドネシアのアイドルファンダムでは、Siapa Oshinya?(あなたの推しは誰ですか)というフレーズがファン同士の会話のとっかかりになることも多い。

2019年改訂の『大辞林』第4版には、「推し」は「推すこと。特に、『応援していること』『ファンであること』をいう若者言葉」として定義されている。「推し」以前は、素朴に一番好きなとして話題にあげたり、またに「ハマってる」(夢中になっている)という言い方が一般的であったように思うが、おそらく「推し」という言葉は使い勝手がいいのだろう。カルチャーによっては「担当」や「贔屓」という言葉も同様に使われているはずだが、現在は「担当」や「贔屓」を説明するために「推し」という言葉を使うことがあるほど、「推し」が包括的な要素を持っている。そのため「応援している」わけでなくとも、「ファン」でなくとも、興味関心がある対象全般に対して粗雑に「推し」という言葉が当てはめられている状態になっている。

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