三田評論ONLINE

【特集:共に支え合うキャンパスへ】
大木聖子:災害時要援護者と共創するレジリエントなキャンパス

2023/03/06

多言語情報提供の限界

阪神・淡路大震災をきっかけのひとつとして、我が国では多文化社会の地域防災政策が展開され、発災後の多言語支援や外国人への事前防災などが推進されるようになった。津波情報が発表された際に、「つなみ」「にげて」といったやさしい日本語表記がテレビに映し出されるのを目にしたことがあるだろう。ラジオではさらに多くの言語で情報発信がなされている。また、事前防災においても、英語等で表記されたハザードマップや防災啓発パンフレット、防災アプリなどを提供する自治体も増えてきている。

本学でも、コロナ禍で規模を縮小していた防災訓練の見直しや、留学生を対象にした防災レクチャーを計画しているキャンパスもあると思う。筆者の所属している湘南藤沢キャンパスでは、留学生が入国する前に、耐震性のあるマンションを選ぶ重要性とその基準を英語でメール送信している。また、入国後の防災ガイダンスとして、風水害に備えてのハザードマップの見方や、地震への備え、キャンパスで地震に遭ったらどうすればいいか、といったビデオを日本語と英語で作成して、いつでも閲覧できる状態にしている。

災害時の外国人支援はこのように、多くの場合、多言語情報提供となっている。確かに、大雨が降っていたり、地面が揺れたりと、事象は起きているのに、「いったい今、何が起きつつあるのか」という情報が手に入らない状況では不安が増大する。一方で、本当にその情報が手に入れば防災行動を起こし、命を守ることができるのだろうか。人は、起きるかどうかが不確実な未来の不穏な事象のために、今ある貴重な時間コストや経済コストを払って備えることを、そう簡単にはしない生き物だ。実際、母語でいくらでも情報が手に入る日本人の誰もがみんな防災対策をしているとは、とても言えない状況にある。

このことは、「災害時に留学生を取り残さないキャンパス」は、多言語情報提供だけでは実現できない問題であることを意味している。

「共に生きる」から「共に創る」へ

この課題について菊池(2023)は、自身の東日本大震災での多言語情報提供の経験と、その後の膨大な調査によって、解決の糸口を提示している。すなわち、「災害時にいかに外国人を助けてあげるか」という視点を超えて、「災害時にいかに外国人と助け合うか」という共助のネットワークを築かねばらないということである。そしてこれは、平時から外国人が(お客さんとしてではなく)主体的なアクターとして参加できる活動や交流の場作りによって形成されるものであると指摘している。

キャンパスでの課題に即して換言すれば、留学生のための防災講座を開くよりは、日本人と留学生との様々な国際交流活動の中で防災について取り上げ、両者が協働してよりよいキャンパスへと向かう関係性を築くことが重要であるということになる。踏み込んで言うならば、これからの大学には、留学生にとって居心地のいいキャンパスを用意する視点ではなく、キャンパスの利用者とともにキャンパスのあり方を共創していく姿勢が求められるだろう。

このことは、従来「地域社会を共に生きる存在」と謳われてきた外国人の立場を、「地域社会を共に創る存在」へと昇華するものであると同時に、参画する日本人の防災力をも底上げする契機となっている。多様な視点で共創した社会のほうが、結局は日本人を含む誰にとっても、災害に強いコミュニティとなりうるのだ。日本のどの地域にも先駆けて、慶應義塾の各キャンパスがこのようなコミュニティを形成できることを切に願う。

〈参考文献〉

・ 内閣府、災害時要援護者の避難支援ガイドライン、2006

・ 寳田玲子・置塩ひかる・王文潔・山本栞理、大阪北部地震における災害ボランティアの共創、未来共創第7号、2020

・ 菊池哲佳、多文化社会における地域防災政策に関する研究─総合政策学の視点から、政策・メディア研究科博士論文、2023

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事