【特集:共に支え合うキャンパスへ】
坂倉杏介:大学の多様性のある居場所づくりと地域コミュニティ
2023/03/06
共在感覚が居場所を生み出す
もうひとつ、事例を紹介しよう。慶應義塾大学と湯河原町との共同研究の一環で始まった「ゆがわらっことつくる多世代の居場所」では、コロナによって開所できなくなった2020年、「オンラインの居場所」を開催した。学級閉鎖になった子どもたちが自宅から参加できる居場所で、オンラインのメリットを生かして様々なコンテンツを用意した。普段は居場所に来られない子たちが参加し、家庭の様子が垣間見られるなど、オンラインだからこその利点も多かったが、できないこともあった。オンラインで試行することで、逆に、物理的な場が居場所になっていくための重要なファクターが明るみになったのである。

それらは、次のような要素だった。利用機会の平等、目的がない人の参加、相互の観察、自然発生的な協働、「いる」という役割、共在感覚が生み出すコンテクストである(伴・坂倉2022)。物理的な居場所は、インターネット環境の差異を問わず利用機会は平等であり、目的があろうがなかろうが参加することができる。オンラインの場合は、無目的にふらりと立ち寄ることは難しく、その結果、集まる人の多様性は減少してしまう。
また、たまたま集った人たちの様子――発言だけではなく、その人の身体的・感情的な側面も含めて――を感じることができる。何もしなくても物理的にその人が「いる」ことで、存在が認められるだけでなく、「いる」ことそのものが役割を果たすこともある。赤ちゃんや高齢者がいるだけで、その場の雰囲気がなごむといったことである。そして、ファシリテーターが進行をせずとも、その場にいる人同士の自然な関わりあいが生まれやすい。こうした場と時間を共にする文脈のなかで、それぞれの居心地が生まれてくる。心理的に安全な居場所には寛容な関係性が必要だが、それは、共在感覚にもとづき、その場のコンテクストから立ち上がってくるようなものだと考えられる。
場としての大学に向けて
このような、ゆるやかではあるが知人や友人だけに閉じないひらかれた関係性の場を、いまの大学でどうように構想できるだろうか。授業については遠隔でも行えることが確認されたいま、物理的なキャンパスがどんな場であるべきなのか、その意味が問い直されている。
伊丹(1999)によれば、場とは「人々が参加し、意識・無意識のうちに相互観察し、コミュニケーションを行い、相互に理解し、相互に働きかけ合い、共通の体験をする、その状況の枠組み」だが、まさにキャンパスは、場としての役割を求められているのではないだろうか。さらに、場としての大学は、多様であることを受け入れ、様々な立場の人々や学問領域が共在するところから、新たなつながりや活動、そして知や技術を生み出す機能も期待されている。「三田の家」は居場所であったが、なぜかそこから新しいつながりや活動が生まれる創造的な出会いの場でもあった。
いま筆者が、職場である東京都市大学の地元・世田谷区尾山台地区で取り組んでいるのは、商店街のなかの研究室である。1階はコミュニティスペースになっており、階段をあがると「おやまちリビングラボ」と名付けられた小さな研究室がある。ここには、地域の子どもから高齢者まで様々な人が集い、日常的に学生もそこに出入りする。そうした暮らしの場で、企業や近隣の小中学校、病院、NPOの方々と、ウェルビーイングな社会を実現するための様々なデザイン・研究プロジェクトを行っている。

これは1例でしかないが、大学内外のそこかしこに、学生や教職員、地域の人々の心の拠り所でもあり、寛容な社会の実験室でもあり得る場、多様性が受け入れられる場が多様なかたちで存在してほしいと思う。そこから、新しい知がきっと生まれるはずだ。
(参考文献)
* 則定百合子(2008)、「青年期における心理的居場所感の発達的変化」『カウンセリング研究』41(1)、 pp. 64-72.
* 伴英美子・坂倉杏介(2022)「ウィズコロナ時代における地域の居場所運営~オンラインの居場所はリアルの居場所を代替できるか?」(秋山美紀、宮垣元『ヒューマンサービスとコミュニティ 支え合う社会の構想』勁草書房、pp.52-71.)
* 伊丹敬之(1999)、『場のマネジメント: 経営の新パラダイム』NTT出版、p.23.
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
2023年3月号
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