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【特集:新春対談】
新春対談:グローバル・シチズンを育てる学塾へ

2023/01/10

内向き傾向にある日本人

伊藤 フクシマさんは『2001年、日本は必ずよみがえる』という著作を発表されています。刊行から23年たちましたが、今のお考えはいかがでしょうか。

フクシマ 1999年に本を書いた時は、日本が経済的に回復するのではないかと期待していました。実際、この二十数年間を振り返ってみると私が期待していたほど復活はしていないですね。

その理由は、1つには私から見ると日本の内向き傾向にあります。1997年、日本からアメリカへの留学生は4万7千人以上で、アメリカの大学へ最低1年間留学している学生の数は、当時、どの国よりも日本が多かった。それが2012年には8番目まで落ち、今は11番目です。現在、アメリカに留学している日本の学生は約1万2千人足らずです。中国は35万人ぐらい。インド、台湾、韓国、サウジアラビア、ベトナムも多い。最近、日本はナイジェリアに追い越されました。韓国の人口は日本の人口の半分以下ですが、アメリカへの留学生の数は3倍以上です。

日本は、ある意味では非常に居心地がいいのですね。以前、私はロンドンにあるイタリアレストランで、銀行で働いている日本人の友人と食事をしました。彼は日本大使館から日本の政府高官を三人招いて、一緒に夕食をとりました。その時、私が「日本の留学生が激減しており、日本の将来にとってよくないのではないか」という話をしたところ、一人の人は「われわれは日本で完璧な社会を作り上げている。日本は安全だし、安心できる。電車も正確に動く。清潔だ。東京はミシュランの三つ星レストランがどの都市より多い。非常に居心地がいい。海外へ行くと危険だし、汚いし、病気もある。外国語を話さなければならない。人種偏見もある。だから日本の若者は海外へ行く理由は何もない」と言っていました。

伊藤 それは、日本の人口は1億人近くいて、そのマーケットの中だけでやっていけるという前提で考えているのだと思います。韓国やスウェーデン、オランダなど、国内の人口規模を考えるとグローバルマーケットで勝負せざるをえない国があります。日本とドイツぐらいがまだかろうじて自分の国のマーケットだけでやっていけるという前提なのでしょう。

でも、それもグローバル化が進んだ中では難しい。自分のマーケットだけで物事は解決しないですからね。半導体も食べ物も全部外からやってきて、日本からも出ていく。世界のマーケットという見方をすると、もうグローバルにやっていかないといけない。

日本が縮こまっていく一番の原因は、やはり内向き思考で、その1つは教育だとお考えになっているということですね。そのようなポイントから「フルブライト―グレン・S・フクシマ基金」を、100万ドル寄付されて作られたと思うのです。

フクシマ やはり日本から海外に留学する学生があまりにも激減していることを危惧しています。ドルー・ファウストというハーバードの学長が2010年の来日時にこう言っていました。「ハーバードに留学している学生の出身上位10カ国を見ると、9カ国は2009年のほうが1999年より学生の数が増えている。1カ国だけ減っていて、それが日本」だと。日本の学生の数、存在感は非常に低下していると。

私は1982~83年、ハーバード大学を出てからフルブライトの奨学金で東京大学で1年間勉強する機会がありました。フルブライトの奨学金は2022年に70周年を迎え、戦後アメリカから日本への留学生や研究者と日本からアメリカへの留学生や研究者の支援をしていますが、その中の6人がノーベル賞を受賞しています。その基金に寄付することによって、本当にわずかで数人しかサポートできない規模ですが、学生の留学を支援できるのではないかと思っています。

伊藤 わずかと言っても、フルブライトでは一番大きな規模です。本当に素晴らしいことだと思います。

先導者を育てることによる国際化の道

伊藤 最後に慶應義塾に期待する、慶應義塾が進むべき国際化の方向性についてお聞きしたいと思います。日本経済の失われた20年、30年の中で、教育が1つの重要なファクターだとすると、慶應義塾としてはもっとやれることがあったのだろうと私も反省しているところがあります。慶應義塾の進むべき国際化の道について、どのようなお考えをお持ちですか。

フクシマ 非常に大きいテーマです。私は教育学の専門家ではないですが、海外留学経験は慶應が初めてで、慶應の友人もたくさんいますので、個人的には慶應に非常に期待しています。もちろん研究機関として優秀な研究者を育成し、その研究者の成果は世界的に最先端なものを期待しています。

アメリカの大学の感覚から考えると、基本的に大学というのは、リーダーを育成する機関だと考えています。特にスタンフォード、ハーバードなどは将来リーダーになり得る人、そういう素質を持った人たちに来てもらい、育成したいと考えています。

だから日本も、特に慶應は将来、社会に貢献して、社会をリードできるような学生を育てる大学に、今まで以上になってほしいと思います。そのためには国際化、グローバル化は非常に大きい課題です。教育だけでなく、ビジネスでも、政治でも、技術でも、どの分野を見ても他の国との協力関係、共同作業が大変重要です。

基本的には日本だけでは生きていけないと思います。どの国もそうですが、国際連携、国際協力も含めてリーダーシップを取れる人たちをぜひ慶應義塾大学は育成していただきたいと思います。

伊藤 慶應義塾の場合は大学だけでなく、小学校から大学院まであります。その大きな慶應義塾を括って、福澤諭吉の慶應義塾の目的に「全社会の先導者たらんことを欲するものなり」という言葉があります。先導者は直訳すると「リーダー」になるわけです。だから、今、フクシマさんがおっしゃったように、研究を充実させるとともに、気概を持って、よい社会を作っていくために貢献する人を育てていく先導者を育成することは慶應義塾の重要な目的になるわけです。

今おっしゃったようにグローバル社会の中で生きていくためには国際化、また世界に直接触れ合うことが何よりも大切です。おそらく日本人は口では皆、そう言いながら、自分のところはそれほど進めなくても何とかなると思っていたのがこの20年、30年だったのだと思います。英語で“not in my back yard.” という言葉がありますが、自分のところではやらないけれど、皆はやるべきだ、という考えがあるような気がします。

タイミングとして、いよいよ日本が本気で国際化を進めるべきだとフクシマさんは感じていらっしゃいますか。国際化が大切だと言い、一番必要でありながら、なかなかできていないのが教育機関なのかもしれないと思うのですが。

両極の中間を目指すグローバル化

フクシマ 本格的に変わらなければ駄目だと考えている人が増えていることは事実だと思います。ただ、私はもう10年前に日本からアメリカに戻りました。1990~2012年の22年間、私が日本で仕事をした経験から言いますと、日本社会というのは安定性、継続性、予測可能性、前例を非常に重要とします。それはそれでいいのですが、アメリカは真逆で、そういうことをむしろ軽視する傾向があって、私はどちらも極端だと思います。もう少し中間を好みます。

ユニクロの柳井さんが数年前からアメリカとイギリスの大学に合格した高校生のために全額奨学金を出すプログラムを作ったと聞きました。また、今年から笹川平和財団が似たプログラムで、限られたアメリカとイギリスの大学に受かった日本の高校生のために全額奨学金を出していると聞いています。日本の大学では必ずしも満足しない、アメリカやイギリスのいわゆるセレクティブ・ユニバーシティに留学させる用意のある親がだんだん出てきているのかなと感じています。その意味では日本の大学も本格的にグローバル化をしなければ、そういったプログラムで日本の優秀な高校生が行ってしまうのではないかと思います。

伊藤塾長は高校の時にアメリカへ留学した経験があります。またカリフォルニア大学バークレーという、アメリカの大学の中では非常にハイレベルの大学院のプログラムも体験されている。そういう海外留学経験も活用されて、慶應のこれからのグローバル化をぜひリードしていただきたいと思います。

伊藤 有り難うございます。アメリカも極端だし、日本も極端だと言われました。アメリカ人で日本のことをよく知っていらっしゃる方であればあるほど、両極の間がいいと言ってくださる。その一人がフクシマさんです。いろいろな国を知っている方はいろいろな国のやり方のいいところをどこに落とし込んでいくかをよくお考えになるのだと思います。

またフクシマさんもそうですが、スタンフォード大学名誉教授のダン・オキモト先生など、日系人の優秀な方々は非常に正確で美しい英語を話されます。アメリカ的な一見格好いい勢いのある英語を話す方に対して、理路整然と順序立てて正確な英語を話す日系人の方が多い。その意味ではわれわれもちょうどいい、真ん中のところから学ぶことが多いのだなと最近特に感じます。

フクシマさんほどアメリカと日本の橋渡しに貢献されてきた方はそう多くはいらっしゃいません。そのようなフクシマさんが、日本や慶應義塾にどこまで進めばいいかを指南してくださることはとても有り難いことで、これからもいろいろと教えていただければと思っています。

フクシマ 私も期待していますので、頑張ってください。実は、私の妻咲江は慶應の卒業生ではありませんが、外部評価委員を務めさせていただきました。慶應義塾にお世話になった者として、お役に立てればと思います。

伊藤 慶應義塾としてはグローバル・シチズンを育てることがこれからの一番重要な目標になると思います。日本の様々な課題は顕在化しています。少子化によって子供が減っていく一方で、60歳以上が国民の数の3分の1近くになっている。このままどんどん人口に占める割合に高年齢の方が増えていくと、どうしても政策がその人たち中心になっていく。

それがいけないとは言いませんが、教育機関をあずかる私としては、若者の将来に対する責任を第一に感じます。どうやって若者を日本に増やしていくか。世界から来てもらって増やしていくのか。若者たちが20年、30年、50年、どうやって平和で豊かで、この国で、また世界で活躍してよかったと思える国や地球を作っていけるか。それはわれわれの大切な課題です。それを待ったなしの状況で考えていかなければいけないのだなと思っています。

環境問題など、世界的なレベルで解決しなければいけない問題が増えています。そこへ参加していかなければいけないということを考えてもグローバル・シチズンシップがとても大切になってくる。

また日本特有の問題もあります。例えば働く人の給料が上がらない。住みやすい一方で、皆が相当我慢している。相当な貧困層もいるという状況を解決していかなければいけない。

世界の中で日本を位置づけ、日本を主権国家として強くし、その日本が世界の発展に寄与する。一人一人は日本にいようとも、世界のどこに住もうとも、日本人以外の誰と結婚しようとも、グローバル・シチズンとして活躍できる人になれるような慶應義塾という教育機関を作っていかなければいけない。

こういったことを塾長に就任して以来、ずっと責任として感じています。そのあたりのことを慶應義塾の仲間たちと一緒に話し合いながら、1つ1つやれることをやっていくのではもう手遅れなのかもしれないので、大きなチャレンジに挑戦したいと思っています。

本日は有り難うございました。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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