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【小特集:東京2020と慶應義塾】
東京2020大会と 慶應義塾大学病院 ──オリンピックスタジアムへの 医療スタッフ派遣を振り返る

2021/12/16

  • 佐々木 淳一(ささき じゅんいち)

    慶應義塾大学医学部救急医学教室教授

1.はじめに

東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(東京2020大会)は、世界中を震撼させた新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックの影響により、開催1年延期、無観客開催となり、この夏開催されました。

8月8日のオリンピック大会閉会式と8月24日のパラリンピック大会開会式の間隙を縫ったように本邦におけるCOVID-19パンデミックは第5波を迎え、首都東京も感染者数が過去最多を記録する日が続いたことは記憶に新しいところです。本稿では、主会場であるオリンピックスタジアム(新国立競技場)の直近医療機関となる慶應義塾大学病院が担当した医療対応について、その準備過程も含めて報告したいと思います。

2.開催期間前の準備

2017年に大会組織委員会より慶應義塾大学病院に協力要請があった後、信濃町キャンパスとして準備委員会が設置されました。当初はCOVID-19の影響はありませんでしたので、2019年夏には会場派遣スタッフの選定およびオリエンテーションを行い、同年秋より救急科医師による病院前(プレホスピタル)対応に準拠した様々な研修を実施しました。

今回は「会場内完結型の医療提供」を基本方針とし、2012年ロンドン五輪の際に行われた医療対応を参考にしました。現地ロンドンでの視察・実地訓練もCOVID-19パンデミック前の時点で終了していましたが、その後はいわゆるコロナ対応を含む適切な感染対策を準備し、いつ東京2020大会の実施決定が下されてもよい準備状況を維持していました。

3.救急医療、災害医療とも異なるEvent Medicine(催事医療)

大規模競技会場におけるイベント時の医療対応(Event Medicine)は、以下の点に留意した会場内完結型の医療提供を行えることを理想としています。

(1)計画された大規模イベントにおいて、確立した指揮命令系統に基づき、全ての救急患者対応を行う。

(2)多数傷病者事案(MCI;Mass Casualty Incident)などの非常時対応について、対応可能な体制を構築する。

(3)会場周辺の医療機関に負荷をかけない。

会場内で医療者(医師and/or 看護師)により、医療需要の必要性、緊急性について判断をし、会場内で対応が完結できるものは完結することを原則とします。但し、救命対応は速やかに直近医療機関への連携・搬送が重要となります。これは救命率・社会復帰率の向上に繋がることになります。

我々は、ロンドン五輪の主要会場の1つであったWembly National Stadium で実践された「ICEM ;Immediate Care in Emergency Medicine(大規模競技会場におけるイベント時医療対応)」を参考に、ロンドンでの研修を受けた救急科医師によりオリンピックスタジアムに適応させた慶應オリジナル版を開発し、会場内医療対応に導入しました。これにより、ファーストレスポンダー(市民ボランティア)も含めて、決められた指揮命令系統に従い、専門家集団として高度に組織化された医療チームによるサービスを提供することができました。このICEMに基づく救急医療対応の実施は、大会組織委員会の医療統括担当者からも高い評価を受けました。

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