【小特集:東京2020と慶應義塾】
永田直也:パラアスリートへの心理サポート
2021/12/16
「パラリンピックの成功なくして東京大会の成功なし」。今回の東京オリンピック・パラリンピックでは、このような標語が唱えられていた。東京パラリンピックは、障がい者等が積極的に参加・貢献していくことができる「共生社会」の実現に向けて、これまでの社会を変えるゲームチェンジャーとしての役割が期待されていた。その中で日本選手団は金メダル13個を含む合計51個のメダルを獲得し、また、メダルの獲得にかかわらず多くの人にパラスポーツの素晴らしさを伝え、人間が持つ可能性を示した。選手は、COVID-19感染拡大による開催延に挫けることなく、5年以上の努力を重ねてきた。また、コーチやスタッフは、その選手の努力を支え共に走ってきた。
筆者は、公益財団法人日本パラスポーツ協会日本パラリンピック委員会(JPC)の医・科学・情報サポートのスタッフとして、パラリンピックを目指す選手、コーチ・スタッフに対してサポートを実施してきた。今回は、東京パラリンピック開催までの活動の一端についてご報告する。
JPCでは、パラスポーツにおけるスポーツ医・科学サポートの充実を図るため、2006年より医・科学・情報サポート事業を実施してきた。筆者は、その中の心理領域(JPC心理サポートチーム)に所属し、他の11名のスタッフとともに活動している。パラリンピックを目指す選手に対する心理サポートは、競技団体や選手の要望に応じて行われている。競技団体や選手から要望として挙げられる心理的課題は、障がいのない健常者のそれと大きな違いはない。配慮すべき点があるとすれば、彼らの障がいの特徴である。
たとえば、心理サポートでは、新しい技能の習得や戦術理解促進のために、頭の中で自身が競技をしているイメージを持つことで強化を図るイメージトレーニングを行う。健常者がこのトレーニングを実施する際には、視覚によって得られた情報を活用することができる。一方、視覚に障がいのある選手の実施では、選手の現在の視力がどの程度か、障がいは先天的なものか中途なのかなどを理解した上で、サポート側が教示を工夫しなければならない。場合によっては、視覚情報を含む教示が選手に理解されないためである。ただ、このような選手の特徴に合わせたサポートは、障がいの有無にかかわらず、個人の特徴を尊重して行うサポートでは通常のことである。特にパラアスリート(障がいのある選手)だから個別性に注意する必要があるわけではないことはご理解いただきたい。
さて、東京大会では、COVID-19の感染拡大によって初めて開催が延期され、選手、コーチ・スタッフは例年以上に強化活動を継続させる必要があった。パラリンピックまで残り少なくなった時期での延期は、選手に大きな影響を与えた。練習どころか外出もままならず、精神的ストレスが高い状態であったことが想像される。
JPC心理サポートチームは、感染拡大によって活動の自粛を余儀なくされた選手や関係者に対して、精神的健康を保つための情報を動画で提供し、オンライン上で選手同士が対話できる機会を設定した。選手は、それぞれが抱える課題を共有することで、気持ちを楽にすることができていたようである。このような試みは、各競技団体においても実施されており、パラスポーツ関係者の柔軟さを示す好事例と言える。
2020年の夏頃になると、感染状況が一度落ち着き、全国的に強化活動が再開された。しかし、一部のパラリンピックを目指す選手にとっては、パラリンピック開幕直前まで感染状況の変化の影響があり、強化活動に工夫が必要な状況が続いていた。COVID-19の感染リスクが高い時期には、感染のリスクを避けるために集合して行う強化合宿が中止となっていた。そこで、競技団体の中には、集合合宿をオンラインミーティングに代えることで、チームワークを保つ試みをしていた。
筆者は、このような活動を行う代表チームの要望に応え、オンラインミーティングに参加していた。サポート内容は、選手が会話や議論しやすくなるよう環境を整えることであり、ミーティングの大部分は選手やコーチ・スタッフの熱意によって進められていた。ミーティングでは、思い通りに進まない状況にあっても前向きに、できることに取り組む選手らの姿勢を感じることができ、筆者にとって素晴らしい機会であった。
2020年から2021年は、多くの人がこれまでに経験したことがない感染症の拡大や大会開催の延期で、東京パラリンピックを目指した選手には大きな影響のある期間となった。しかし、彼らはその状況に順応する柔軟さと、置かれた状況に合わせて活動を行うしなやかな強さを持って、努力を続けてきた。その一部に携わることができたことは非常に光栄である。このパラアスリートが持つ強さが、多くの人に伝わることを願い、今後も選手やコーチ・スタッフのサポート活動を続けていきたい。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
2021年12月号
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永田 直也(ながた なおや)
慶應義塾大学体育研究所専任講師