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【小特集:東京2020と慶應義塾】
〈日吉での英国チーム受け入れ〉心で叫んだ「GO GB」──英国チーム事前キャンプの受け入れを終えて

2021/12/15

  • 澤藤 正哉(さわふじ まさや)

    慶應義塾日吉キャンパス事務センター運営サービス担当(用度)課長[当時]、大学病院事務局(予防医療センター移転準備担当)次長付

「GO GB(ゴー・ジービー:がんばれ、英国(Great Britain))」これは、横浜市・川崎市・慶應義塾大学が、東京 2020 オリンピック・パラリンピックにおける英国代表チームの事前キャンプを受け入れるにあたり、2市と合同で制作した合言葉である。英国選手は、練習する場所や移動する道すがらで、この掛け声を耳にするはずであった。

そして、試合会場でも「GO GB!」の掛け声は響きわたり、それを耳にした英国選手たちは勇気づけられ、最高の結果を出す。結果を出した選手たちは、インタビュースペースで慶應への感謝の言葉を口にし、去り際には「GO GB」と声にする、そんなシーンを夢見ていた。しかしコロナ禍となり、その夢は潰えた。

* * *

東京2020オリンピック・パラリンピックは1年の延期の後に、厳重な感染対策のもと開催されることになったが、事前キャンプについてはさらに多くの感染対策が課されることになった。その結果、私たちの受け入れマニュアルも厚さを増し、最終的には100ページを優に超えるものとなった。

数ある感染対策の中でも、対応に苦慮したのが、バブル(Bubble)方式(英国チームが活動する場所を大きな泡で包むように囲い、選手やコーチ・スタッフを隔離することで、塾生・教職員や地域住民との接触を遮断する方法。バブル方式によって管理されている場所をバブルゾーンと呼ぶ)を用いた感染対策である。食事場所や休憩スペースがある協生館の2階の一部や主な練習場所である記念館は期間中、完全に英国チームの専有とし、協生館のプールや陸上競技場などは英国チームの練習時間中にはバブルゾーンを設けて対応にあたった。

また、キャンパスの入口にある協生館から約300m先の記念館の間を英国チームが移動するためには、高等学校の生徒、大学生や地域住民が多く通行する並木道を通らなければならず、バブルゾーン確保のため、歩道ではなく車道の一部を区切って英国専用通路を設け、警備員や誘導員を配置した。警備員や誘導員は、炎天下の中、英国選手が移動するたびに付き添い誘導を行った。

もう1つの主な感染対策がPCR検査である。英国チームは毎朝必ず全員が検査を受け、受け入れ側の私たちも業務内容に応じて「毎日」、「3日に1度」などルールを設けて検査を行った。キャンプ期間中のPCR検査の総件数は約13,600件にも及ぶ。このPCR検査の回収体制構築、陽性者が出た場合の対応フローの作成と受け入れ対応施設の確保は、関係機関との調整も多く発生し、最後の最後まで苦労をした。

そもそも義塾が英国チームの事前キャンプを受け入れる主な意義は、塾生が世界一流の選手たちと交流をすることにあった。水泳選手の筋骨隆々でありながらしなやかな肉体。テコンドー選手の「手」より早く動く足技。アーチェリー選手の正確無比な射貫き。こうした世界のトップ選手を実際に目にすることは、たとえその種目を経験していなくても、心に深く残るものである。ところがコロナ禍により、塾生と英国選手は一切コンタクトすることができなくなってしまった。

塾生との交流がなくなってしまった事前キャンプの受け入れは、もはや単なる場所貸しである。塾生にとっては、部活動や課外活動が制限されるだけで、何のメリットもない。そうした中、塾生に様々な協力を求めるのは申し訳ないし、求めたところで大きな協力を得るのは難しいと思っていた。しかし、そのような心配は杞憂に終わった。

2016年に立ち上がった塾生主体のボランティア団体「KEIO 2020 project」は自主的に可能な限りのおもてなしを行った。

例えば英国チームが宿泊する協生館の客室1つ1つに折り紙とメッセージカードを置き、バブルゾーン内のオープンスペースには日本文化を紹介・体験できるコーナーを設け、彼らが移動する動線には数多くの応援メッセージをつづった。

また、リアルな交流ができない代わりに、オンラインによる交流にも積極的に取り組んでくれた。バブルゾーンから出ることができない選手たちのために、チャットルームを開設したり、横浜初等部生とパラリンピック代表選手とのオンライン交流会を開催してくれた。彼らの丁寧で心のこもったおもてなしに対する英国チームの喜びと感謝は、選手やスタッフの発信するSNSに多く取り上げられた。更には、KEIO 2020 project の活動が認められ、「ホストタウン功労者」として丸川珠代オリンピック・パラリンピック担当大臣から感謝状が贈られた。

そして本来であれば、英国選手の一番身近な存在として練習のサポートをする予定であった体育会の塾生も多大なる協力をしてくれた。例えば、器械体操部は、英国チームのリクエストに応えて、蝮谷体育館のレイアウトを部員総出で変更してくれた。競争部や柔道部は、繰り返される英国チームからの練習時間変更にも、快く応じてくれた。水泳部は英国チームが練習をしやすいようにコースロープの張り替えをしてくれ、ホッケー部はホッケーグラウンドの水まきをして最高の練習環境を整えてくれた。そして、高等学校の野球部は、アーチェリー場への荷物搬入を手伝ってくれた。

事前キャンプを実施するにあたって、こうした塾生たちの協力は不可欠であり、大変に心強かった。誌面を借りて、深く感謝申し上げたい。

共に事前キャンプの受け入れを行った横浜市と川崎市についても触れておきたい。3つの異なる組織が5年もの長期にわたり、協力し合いながら事業をやり遂げたことは、大変画期的なことであったと思う。業務内容は同じでもそれぞれの組織内での決裁の取り方、書類の書式が違うなど、まさしく異文化交流であった。前向きなメンバーに恵まれ、最後までワンチームとして走り切れたことを書き留めておきたい。

* * *

「GO GB」と大きな声で応援をすることはできなかった。すぐ近くにいるのに、握手の1つもできなかったし、マスクを取った顔も見ることができなかった。それでも、各競技のキャンプ最終日、日吉キャンパスを専用バスで出発する選手たちと、互いに小さな声で「GO GB」と声をかけ合いながら選手村に送り出すことができた。選手たちはマスク越しでも分かる満面の笑みで、「サンキュー、最高だ。また近いうちに戻ってくる。その時は一緒に練習しよう」と繰り返し言ってくれた。彼らの晴れやかな笑顔を見た時、この事前キャンプが成功したのだと思った。

慶應義塾を訪れた英国チームの選手・スタッフは、オリンピック、パラリンピックを合わせて700名以上。1人の新型コロナの陽性者を出すこともなく、大会に送り出せたのは、関係したスタッフ1人1人の努力と情熱によるものだ。1人1人に感謝すると共に、深く敬意を表したい。

■事前キャンプ概要
・キャンプ期間:2021年7月8日~9月2日(8月8日〜12日を除く)
・種目:アーチェリー、ボクシング、柔道、ウエイトリフティング、バドミントン、フェンシング、ホッケー、テコンドー、バスケットボール、体操、近代五種、卓球、水泳ほか
・使用施設:記念館、体育館( 柔・剣道場)、蝮谷体育館、陸上競技場、洋弓場、協生館、下田ホッケー場。

■英国チームの成績
オリンピックメダル総数65個(金:22、銀:21、銅:22)4位
パラリンピックメダル総数124個( 金: 41、銀:38、銅:45)2位

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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