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【小特集:東京2020と慶應義塾】
〈日吉での英国チーム受け入れ〉英国代表チーム事前キャンプ外伝──舞台裏の6年間

2021/12/15

  • 佐藤 朋(さとう とも)

    慶應義塾グローバル本部課長

義塾での英国代表チーム事前キャンプ受け入れにあたっては、現場の日吉の教職員、学生をはじめ、三田、信濃町キャンパスなどの数多くの人々が関わった。英国との契約締結から足かけ6年の舞台裏を、駆け足でご紹介したい。

常任理事会で英国チームのホストになることが決まったのは、2015年1月。3月にはBOA(英国オリンピック委員会)、11月には、BPA(同パラリンピック委員会)が日吉キャンパスを初めて視察した。

その後、義塾は、横浜市、川崎市、JOC(日本オリンピック委員会)と、BOAの施設利用に関する覚書を交わすことになった。ここまでは、事務的には専ら塾長室が対応したが、この頃から、義塾の海外業務の窓口であるグローバル本部(GEO: Global Engagement Office)も加わり、主にBOAとBPAのリエゾン役を担うことになった。

覚書は2016年2月に締結され、次に、BOAと義塾の間で「連携ならびに施設利用に関する契約」を結ぶことになった。BOAの契約草案には、使用する施設の候補、使用法、トレーニング機器等の寄付、ボランティアの条件、公開練習や講演を通じたチームGBとの交流、双方の運営体制と責任などが細かく記されていた。第三国には施設を貸さない、という文言もあった。当然だが、勝つためのキャンプなのだと実感した。

GEOでは、弁護士の助言のもと、隅田英子事務長、同僚の島田貴史主任(当時)と私とで、約40頁の契約文案を読んだ。当初案は、基本的には施設の貸出し契約だったが、最終版の表題に、義塾の提案で「連携」を追加した。大学として、単なる施設の貸し出しではなく、国際交流事業でもあると明示したかったからである。BPAとの契約でも、同じ考え方を踏襲した。なお、英国代表チーム応援の合言葉、「GO GB」は、横浜、川崎の2市と共に、Friends of Great Britain として制作した。ここにも、ファンやサポーターの枠を超えて、友人として声援を送ろう、という気持ちが込められている。

2017年3月、日吉にて、BOAとの契約締結式を開催した。塾員で2012年ロンドン五輪水泳銅メダリストの立石諒さんがMCを務め、KEIO 2020 project のボランティア学生が署名者の介添えをした。ワグネル・ソサィエティは弦楽四重奏で盛り上げた。Keio University Global Page(Facebook) に掲載したキャンプ地紹介のスライドショーは、2.6万回再生された。

2018年5月には、BPAと義塾、2市による覚書締結式を行った。合同稽古で日吉を訪れていた、パラ柔道の選手も参加した。英国側とは、オンラインまたは、来日時に会合を実施し、1つ1つ課題を潰していった。2017年9月から2021年6月までで、その数約50回。

英国側が使いたい施設を、スケジュール、レイアウト、動線などを確認しながら、部活動や学事日程とどう組み合わせるかという根本的な問題から、機器の搬入、ネット環境、食事、ボランティア、広報、施設内外の英語表記に至るまで、課題も関係者も幅広く複雑で、難波陽平主任(当時)ほか、日吉の現場はとりわけ苦労が多かったと思う。

また、2015年11月から20年3月まで、ロジ、調達、広報、医療担当からコーチなど多岐にわたる関係者が数名から数十名で来塾し、そのたびに三田、日吉、信濃町の職員が帯同した。来日回数は、BOA、BPAそれぞれ約20回に上る。

2018年1月には、1964年パラリンピック東京大会の金メダリストでもあるキャズさん(Caz Walton)も、パラリンピックGB東京2020大会事前キャンプ責任者のアネリさん(Anneli MacDonald)や英国大使館の方々と日吉キャンパスを視察した。キャズさんは、車椅子ユーザーの視点で施設を点検し、それを踏まえて協生館の一部の居室を改修した。

2019年までに来日した競技種目は、チームGBが水泳、器械体操、ボート、アーチェリー、陸上、パラリンピックGBが柔道、ボートなど。体育会水泳部、端艇部、洋弓部、器械体操部は、英国選手と合同で練習し、契約文言どおり、英国との「連携」が実現した。アーチェリー団体銅メダルに輝いた武藤弘樹選手は、この合同練習に参加した1人である。

交流イベントも企画した。2017年10月、当時のBOAのCEO、ビルさん(Bill Sweeney)が、2012年ロンドン大会が市民や地域にもたらしたレガシーについて講演した。翌2018年10月には、藤原記念ホールにてチームGB東京2020大会副責任者、ポールさん(Dr. Paul Ford)、ボートやアーチェリーのコーチを迎えて練習に関するシンポジウムを開催した。終了後、学生が、舞台の下で質問の列を作っていたことを思い出す。2019年8月には、慶應病院を視察に訪れた英国代表医療チームと医学部の間で、スポーツにおける脳振盪に関する講演と、教員・学生とのディスカッションが行われた。これらの交流や視察の模様は、義塾サイトやGEOのSNSで、100回近く記事にした。

2020年3月、大会延期が決定。開催の是非が取りざたされる中、舞台裏では、キャンプの計画の見直しが始まった。BPAとは11月に契約締結。BOAとは、今年3月、チームGBの事前キャンプ責任者、ニッキーさん(Prof. Nichola Phillips)らと日吉で最終確認の後、ようやく契約延長が成立した。

そして、2021年7月8日、チームGBの事前キャンプが開始。GEOはあまり日吉に行けず、携帯が鳴るたびにヒヤリとした。幸いに大過なく、最後にニッキーさんと会えたのは、撤収間近の8月2日。「できないと言う前に、どうすればできるかを常に考えてくれた。何よりも感謝している」と言われた。

8月13日からは、パラリンピックGBのキャンプが始まった。22日、BPAのペニーさん(Penny Briscoe 東京2020大会パラリンピックGB責任者)が日吉を訪れた。「施設もスタッフも、世界一級のキャンプ。そして、見事なリーダーシップ。本当に有難う」と述べられた。

長い夏だった。6年間、舞台裏の連携で、なんとかゴールまで走り切った。ニッキーさんとペニーさんの言葉をそのまま、仲間に贈りたい。

パラリンピックGBからのCertificate of Appreciation (感謝状)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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