【特集:中国をどう捉えるか】
座談会:中国を動かすダイナミクスの受け止め方
2021/08/05
コロナ禍が経済に与えた影響
小嶋 次は加島さんに伺いたいと思います。今回のコロナ禍では、健康コードの開発や運用など、社会の効率的な管理や人々の生活の維持において、「BATH」(中国の4大IT企業: Baidu[百度]、Alibaba[ アリババ]、Tencent[ テンセント]、Huawei[ファーウェイ])を始めとする企業が大きな役割を演じました。コロナ禍は、政府と国有企業、あるいは政府と民間企業との関係に、なんらかの変化を生じさせたのではないかと思います。
コロナ禍は、中国経済にどのような影響を及ぼしたのでしょうか。また、国家と企業との関係に、どのような変化をもたらしたのでしょうか。
加島 私自身の専門は経済史研究なので、現状について確たることを言うのは難しいですが、今回のコロナ禍が中国経済あるいは中国政府の経済政策の大筋の方向性に与えた影響はそれほど大きくなかったのではないかと考えています。
皆さんが指摘されたように、中国国内のコロナ対応は、外から見ている限りは相対的に速く順調に進んだようですし、おそらくマクロ経済指標で見ても、その回復は速いと思われます。ですので、結果的にはコロナ禍の中国経済への影響は少なく、それよりも米中関係のほうが長期的かつ大きな問題ではないかと考えています。
中国の全般的な経済政策の方向性、あるいは中国経済の変化を、中華民国期、またはそれ以前から現在までをつなげて見ると、大きな流れはあまり変わっていないという印象です。例えば、政策目標として、経済成長を重視してGDPでアメリカを追い越すことを目指すとか、あるいは1次産業が中心であった産業構造を第2次、第3次産業中心へと高度化させていくといった点です。
経済史の研究者としては、目の前の変化も興味深いですが、ゆっくり、しかし確実に変わっていく部分をきちんと指摘していくことが重要と考えています。
小嶋 ゆっくり変わりつつある部分について少しご説明いただけますか。
加島 例えば、19世紀の後半から近代化や工業化が進んできましたが、中華人民共和国が成立した時点では第1次産業の就業者の割合は8割程度でした。それが2000年前後に50%となり、最近ようやく25%程度まで下がってきました。
こうした就業構造の変化は、先進国はどこも経験しているのですが、中国の長い農業国としての歴史から見ると、一見緩慢に見えて非常に重要な変化だと思います。
小嶋 加島さんは、ご著書の中で、上海の経済は、改革開放以降も、計画経済体制期の遺産によって大きく規定されたと分析していらっしゃいました。
今、習近平政権が市場経済化を推進しようとしているのか、むしろ逆行しつつあるのかについては、論者により様々な見解があります。中国が計画経済体制の遺産を引きずりながら市場経済化を進めていく過程の中で、現状をどのように位置付けていらっしゃいますか。
加島 市場経済化か計画経済かという軸だと、現在の状況はなかなか理解しにくいと思います。現状から計画経済に戻ることはおそらくないと思いますし、国内のあらゆる経済主体を直接的に政府がコントロールすることは、コストから見ても現実的ではありません。市場経済にベースを置きながら、全体として核となる産業についてはコントロールを行う、例えば大きな企業に対する統制を強めたり、緩めたりしながら進める形は変わらないと思います。
小嶋 民間企業に対して、管理を強めたり弱めたりする際には、どのようにバランスをとるのでしょうか。
加島 なかなか難しいですが、絶対的な基準があるというよりは、その時々での政治的な判断、例えば技術開発や経済活動が活発になっていく段階で、トップリーダーが政治的な安定性の観点から見て危険だと思ったことに対してはブレーキをかけるのではないでしょうか。
一方で、アメリカをGDPで抜きたいと考えているわけですので、持続的な経済成長を実現していかなければならない。その点で企業に自由にやらせたほうがポジティブな効果が出ると判断すれば、手綱を緩めたりするのだと思います。
外交の一元化と強硬化する言葉
小嶋 続いて川島さん、これまで党・国家と、社会や民衆、企業の織りなすダイナミクスについて触れてきましたが、習近平政権がそれをどのように受け止め、それが「戦狼外交」とも称される中国の対外行動にどのような影響を与えているとお考えでしょうか。
川島 まず前提として、今回のコロナ禍は革命的な変化を世界全体にもたらしたというよりも、これまで起きている変化を助長したり、あるいはすでに生じていることを顕在化させたりしているのだと思うのです。
グローバリゼーションという観点で言うと、コロナは人の移動の部分に非常に大きな影響を与えた。感染対策のため人の移動を制限するなど、各国は基本的人権を相当に抑制しました。中国だけでなく、フランス、台湾、韓国、多くの民主主義国でも法に基づいて、移動の権利などを抑制して事態に対処しました。これは世界的な現象で、中国だけが特異ではないという面もあるのです。
その上で、中国をどう考えればいいのか。先ほど中間団体の話がありましたが、おそらく現在、中国では国家と基層社会との中間的存在が崩され、国家や党による直接的な統治が強化されています。
近現代中国の歴史を見た場合、民国期には政府の統治が緩まり、国家と社会との間に中間団体がたくさん出てきたわけです。そして、鄭さんのお話にあったように、1950年代は社会主義建設が進められ、その際には中間団体がつぶされました。ところが、改革開放期になると国家の社会に対する管理統制が緩んで中間団体が増えたのですが、習近平政権がまたそれをつぶしたということになるのでしょう。ただ、習近平政権は民間を弾圧したのではありません。官と民を明確に弁別した上で、官が民を直接コントロールする状態をつくろうとしている、ということです。
民間の活力は必要です。民間の代表である百度、アリババ、テンセントらは必要だけれど、官がコントロールする。ここでは加島さんがおっしゃった難しい塩梅が大切になります。技術面で民間が主導しつつも、統治に必要な領域では、官と民とのバランスが一層重要、かつ困難になっています。これが1つ目のポイントです。
2点目に、鄭さんから民衆からの支持、岩間さんからも社会が管理を受け入れているという話がありました。これはとても重要です。つまり、国家の社会への管理統制強化を、民衆が必ずしも拒否しているわけではなく、実は社会の側から国家の側への肯定感が決して低くないのです。
新型コロナ対策にしても防疫は比較的上手くやっているし、経済は戻ってきています。それに岩間さんが言われたように、様々な政策は押し付けのように思われながらも、実はこれまで社会の側で行われていたことを後押しするような面もあるわけです。
小嶋 対外政策への影響については、どのようにお考えですか。
川島 一帯一路がまさにそうですが、中央が一元的に管理しているようでありながら、実は個々の国有企業や地方政府が各々でやっているプロジェクトが無数にあります。それらも含めた総体が「中国」の外との関わり方でした。
ところが、このコロナ禍でその多様性が抑制されたのです。そうすると、やはり中国政府による「外交」の理念や考えが前面に出て、その言葉と実態が近づいているように見えます。その言葉と実態との相違、あるいは多様性がコロナ前には広汎にみられたのですが、それが変化したのです。これが1つ目の特徴として挙げられます。
2点目ですが、今年は共産党建党100年で、来年は党大会で総書記が延長、または党主席への就任、再来年に国家主席の延長かという政治的に敏感な時期になります。習近平だけでなく外交官も政治的に振る舞うことになります。だからこそ多様な利害関係があまり反映されず、言葉が政治的に、単純化します。それがおそらく「戦狼外交」(中国外交官がとる高圧的な外交スタイル)に結び付くのだろうと思います。
一点付け加えると、中国的な統治モデルがコロナの抑制成功を受けて世界に広まっていくのではという話があります。しかし、それはないと考えています。鄭さんがおっしゃったように、街道弁事処から居民委員会、さらに小区、楼レベルまでやっている管理や監視システムを持っている新興国はほかにほとんどないからです。
また、再び人の交流が戻ってきた時に、小嶋さんが冒頭におっしゃった二元論的言論空間に縛られてはいけないというのは、その通りだと思います。ただ、中国の場合、今、申し上げたように、2021年から2023年に政治的に敏感な時期が到来し、加えて、なかなか政権は自分を否定しませんので、今現在陥っている外交上の言行一致状態が長く続くかもしれません。そうなると、中国外交が自縄自縛になり、逆に苦しい局面に直面する可能性もあると思っています。その時に、国際社会がどのように中国を受け止めるかが課題かと思っています。
小嶋 習近平政権は、特に2期目に入り、自分たちの統治体制に自信を持ち、それを推し進めるのだと、内外にアピールしてきました。このコロナ禍を比較的上手く抑え込んだことが、「西側」の標榜するリベラル・デモクラシーに対する一党支配体制の優位性に説得力を与え、習近平政権の自信を鼓舞し、外交における中国の攻勢を助長するということはないでしょうか。
川島 今年の3月、習近平が政治協商会議の分科会で、これからの若い人たちは、世界を仰ぎ見ないで、世界と同じ視線で世界を見られる、と言いました。その言葉を上手に受け止めた楊潔篪(ようけつち)が、「アメリカには高いところから中国を見下して話をする資格はない。中国人はその手は食わない」と言い放ち中国国内で喝采を浴びました。これも、自己肯定感の象徴なのでしょう。
香港についても国家の安全の論理を優先させて、カラー革命(民主化運動)が香港、そして中国本土に入ってくるかもしれないという強迫観念を前面に出して、国家安全維持法を制定して運動を抑え込んだわけです。
しかし、習近平が、「世界から愛される、信頼される中国」(5月の中央委員会での発言)と言わねばならなかったように、世界の国々の対中感情の悪化は顕著です。これは先進国だけではなく、ASEANなどでもそうです。しかし、習近平のこの言葉は、方針は変えないが方法を考えろと言っていて、自己批判はしていません。
中国に見る「普遍的」な課題
小嶋 これまでは、コロナ禍や米中対立の中で浮き彫りになった党・国家、社会、民衆、企業などのダイナミクスについて、中国特有の論理とはどのようなものかを念頭にお話しいただきました。しかし、内憂外患とも呼べる状況下での中国の対応の中には、中国特有の論点ばかりではなく、われわれが今後コロナ後の秩序をつくっていく際に考慮すべき人類全体の普遍的なテーマも見出せるのではと思っています。
例えば、個人データをどう活用するのか。行政の効率化や民生の向上のためのビッグデータの活用と、プライバシーの保護とをどう両立させるべきか。秩序を維持するための自由の制限はどこまで許容されるべきか。党・国家は、イノベーションや経済発展を支える企業との間にどのような関係を築いていくべきか。これらはいずれも中国のみならず、われわれも同様に直面している問題です。中国の対応を批判することは簡単ですが、批判する側も答えを持ち合わせていないのが実情なのです。
果たしてわれわれは、中国とともに秩序を構築していくことができるのか。これらの論点をめぐって、中国と対話する余地はどの程度あるのか。皆さんに伺いたいと思います。
鄭 今までの経済発展の流れを見ると、孤立した状態では中国の経済の発展はないと思いますので、対話をしていかざるを得ないと思います。
確かに今、党の主張は中国の独自性を全面的に打ち出しています。しかし今後、どういう要素が中国経済の発展を牽引していくのかを考えると、少子化と高齢化によって、もはや人口ボーナスに頼ることがほとんどできなくなると思います。さらに、高齢化によって公的財政支出は膨大な数字になるでしょう。そうなると、国外との経済協力関係が、中国経済にとって今後一層重要になると思います。
2点目ですが、今の習近平政権の下での反腐敗キャンペーンや最近の管理を見ると言論統制が強まっていますが、一方で、政権が唱えている社会主義核心的価値観の内容を見ると、対話をする余地が残っているのではないかと思っているんです。
社会主義核心的価値観は、国家が目標とすべき価値として、「富強、民主、文明、和諧」をあげている。社会で大事にすべき価値は、「自由、平等、公正、法治」。個人が守るべき価値は「愛国、敬業、誠信、友善」となっています。そこには情勢の変化に応じて各国と対話する、共同で何かを行う可能性があるのではないかと思います。
3点目ですが、先ほど私が申し上げたグリッド管理には膨大な財政的支出が必要になってくるはずです。党員の活動経費は勤務先および政府の財政負担となりますし、貧困脱却キャンペーンも、膨大な費用がかかっただろうと思います。このキャンペーンでは、総計300万人の幹部を動員し、25.5万個の工作隊(臨時的に編成・派遣された仕事チーム)を村に派遣しました。さらに、現在、習近平は民生問題を重視しているので、公共衛生の面では、国民の9割以上がすでに健康保険などでカバーされています。高齢化の進行により、その負担も増していくと思います。
一方で、地方の債務の問題が依然として深刻です。1980年代に郷鎮企業(郷鎮・村レベルでの農村企業)への投資から始まった地方債務は、1990年代の土地開発によってさらに深刻化し、2000年以降も解決されたとは思えません。
さらにもう1つの問題として、情報の分断化という問題があげられます。情報化が進展することは必ずしも多様な情報が皆に伝わるということを意味しません。現在の体制の下では地方の幹部はかなりのプレッシャーの下で働いています。よい党員になり、よいサービスを提供し、党に忠誠心を尽くすために、地方の末端レベルで発生した問題をどこまで中央のレベルに反映させるのか、という問題があるはずです。
情報の分断化はまた、歴史との対話の不十分さによってもたらされています。例えば、近年はプロレタリア文化大革命を擁護するような極左的な言論が出ています。その言説を抑えているのが政権ですが、どのように歴史と対話するのかという問題が残っています。
小嶋 社会主義を前面に掲げる習近平政権ですが、その内容は比較的柔軟で、普遍的な価値に立脚しており、社会の極左的な動きを抑制する役割を果たしているということでしょうか。
鄭 そうですね。ただ、このように管理されているような状況では、社会からの大きな反乱は起こらないでしょう。集団的な抗議が生まれても、他の団体と連携して反政府的な活動に転化していくことはほとんどできないのではないかと思います。
2021年8月号
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