三田評論ONLINE

【特集:中国をどう捉えるか】
中山俊宏:バイデン政権の対中政策を信用できるか?

2021/08/05

  • 中山 俊宏(なかやま としひろ)

    慶應義塾大学総合政策学部教授、KGRI[グローバルリサーチインスティテュート]副所長

バイデン外交への不安

昨年の大統領選挙中、日本では、想定されたバイデン政権の対中政策について不安視する声が強かった。日本では、「トランプ政権も案外悪くない」という意見が散見されたが、これは、アメリカが中国に対してあまい路線を取るよりかは、少々粗暴でもタフな対中政策の方がいいという考え方があったからだ。こうした見方は、とりわけ外交安保サークルで顕著だった。トランプ大統領自身に「対中政策」があったかどうかは実際のところかなり怪しいが、トランプ政権の対中政策は躊躇なくタフだった。トランプ政権は、70年代の米中接近以来、基調となってきた平和共存路線を退け、大国間競争の時代であることを明確に宣言した。そのことは、主要政策文書できっちりと明記され、トランプ政権高官も繰り返しそう明言した。

バイデン政権への不安はまったく根拠がなかったというわけではない。バイデン大統領が、8年に亘って副大統領を務めたオバマ政権は、とりわけその発足当初、「米中G2」的な発想をもって、中国に向き合おうとした。「米中G2」とは、世界が直面する重要な問題について、まずは米中で合意に達し、それを梃子に問題を解決していこうとする基本姿勢だ。このG2的な発想は、政権初期に頓挫し、オバマ外交は中国に対して厳しい姿勢を打ち出していくようになる。しかし、オバマ政権において、中国が変わっていくことに対する「期待」は残り続けた。それは、「中国を敵にしてはならない」という問題意識であり、「対話可能性」に賭けた大統領自身の思考の癖のようなものであった。

仮に2016年の大統領選挙で、ヒラリー・クリントンが勝利していたとしたら、おそらく中国に対して、従来よりかはタフな路線を選択していたであろう。ヒラリー・クリントンは、オバマ政権内では、随一のタカ派であり、対中政策についても、よりタフな路線に転回していたはずだ。しかし、そこには、同時に「中国を敵にしてはならない」というブレーキも作用していたはずだ。これと比較すると、トランプ政権は躊躇なく中国との関係が「対決的な関係」であることを受け入れ、もはや「大国間協調の時代」ではなく、「大国間競争の時代」であり、「中国への期待」をベースに対中政策を策定していかないことを明確にした。

日本は、米中対立の度合いがエスカレートすることを望んでいるわけではないが、「中国の方に靡(なび)いていくアメリカ」と「中国との対決を辞さないアメリカ」であれば、躊躇なく後者を選ぶだろう。バイデン政権が発足すれば、当然それはトランプ外交の再現であるよりかは、「オバマ外交2・0」になる可能性が高いと想定するのが自然であり、必然的に前者、つまり「中国の方に靡いていくアメリカ」へ向かうのではないか、日本のバイデン外交に対する懸念はそうした不安に基づいていた。

トランプ政権の対中政策の特色

トランプ政権が、「大国間競争」というパラダイムを受け入れ、その中心に米中の「戦略的競争」があると認めたことはトランプ外交の成果だろう(この変容については、本誌2020年10月号で論じた)。こうした路線転換には、「トランプ・ショック」のような劇薬が必要だったということかもしれない。しかし、トランプ政権がこの転換を提唱した時点で、中国は西側諸国が期待しているようには変わっていかないし、中国の将来の道筋を西側諸国が「シェイプ(形成)」していけると期待することは、もはや幻想だという認識はもうすでにかなり広く共有されてはいた。

この幻想を告発したジェームズ・マンの『危険な幻想(The China Fantasy)』はすでに2007年に出版されている。しかし、米中が「収斂(converge)」していかないであろうことを認識することと、それを政策の主軸として導入することの間にはかなり高い敷居がある。70年代の米中接近以来の基調をなしてきた共存路線は、巨大なタンカーのようなもので、方向転換は容易ではなかったはずだ。現に、トランプ政権の対中強硬路線が明確になると、これまでアメリカの対中政策を仕切ってきた「チャイナ・ハンズ」を中心に押し返しがあった。それは、ワシントン・ポスト紙(2019年7月3日)に掲載されたトランプ大統領と連邦議員宛の共同書簡という形で示され、そのタイトルはずばり「中国は敵ではない(China is not an enemy)」だった。

4人の主著者に加え、共同署名者は100人近くにおよび、最終的には200名に迫る勢いだった。超党派的な書簡ではあったものの、署名者は明らかに民主党の方に傾斜していた。この共同書簡はトランプ外交批判の文脈もあったので、ここに名前を連ねた人がすべて従来型の対中共存路線の継続を主張していたわけではないが、こうした考え方がいかに根強いものであったかがうかがえる事例である*1。繰り返しになるが、こうした予定調和的な対中政策を、退けた点でトランプ外交は一定の成果を上げた。

しかし、改めてトランプ時代のアメリカの対中政策を振り返ってみると、そこには多くの疑問も湧き上がってくる。トランプ政権の対中政策は確かにタフではあったが、タフであることそのものを自己目的化しているようなところがあった。威勢はいいが、中国との対立がどのような性質の対立になるのか、最終的にどのような対中関係を目指すのか、そして将来的に中国がどう変化していくのかという視点が欠落しているような粗野な対中政策であった。それゆえ、一部の政権高官は「CCP(中国共産党)」こそが本丸であり、彼らと対峙するには畢竟、「力の論理」を全面に打ち出すしかないという発想を展開した。また、イデオロギーや思想など関係ない、要はパワーの問題だと、力と力のぶつかり合いを強調する発想も目立った。いずれも、米中関係を構成する重要な一部ではあるが、それを米中関係そのものと同一視してしまうと、歪んだ対中政策になってしまうという発想が欠けていた。劇薬ではあったが、長期的な対中政策としては欠損していた。

カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事