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【特集:中国をどう捉えるか】
座談会:中国を動かすダイナミクスの受け止め方

2021/08/05

  • 川島 真(かわしま しん)

    東京大学大学院総合文化研究科教授

    1997年東京大学大学院人文社会系研究科アジア文化研究専攻(東洋史学)博士課程単位取得退学。博士(文学)。2015年より現職。専門はアジア政治外交史、中国近代外交史。著書に『中国のフロンティア』等。

  • 岩間 一弘(いわま かずひろ)

    慶應義塾大学文学部教授

    塾員(1995文、98文修)。2003年東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。千葉商科大学教授等を経て2015年より現職。専門は中国都市史、食の文化交流史。編著書に『中国料理と近現代日本』等。

  • 加島 潤(かじま じゅん)

    慶應義塾大学経済学部教授

    2010年東京大学大学院人文社会系研究科アジア文化研究専攻博士課程修了。博士(文学)。横浜国立大学教授等を経て、2021年より現職。専門は中国近現代経済史。著書に『社会主義体制下の上海経済』等。

  • 鄭 浩瀾(てい こうらん)

    慶應義塾大学総合政策学部准教授

    塾員(2006政・メ博)。1998年中国復旦大学国際政治学部卒業。博士(政策・メディア)。フェリス女学院大学准教授等を経て2015年より現職。専門は中国近現代史・農村政治史。著書に『中国農村社会と革命』等。

  • 小嶋 華津子 (司会)(こじま かずこ)

    慶應義塾大学法学部教授

    塾員(1993政、99政博)。博士(法学)。筑波大学人文社会系准教授等を経て2012年慶應義塾大学法学部准教授。19年より現職。専門は現代中国政治。著書に『中国の労働者組織と国民統合』等。

習近平体制による社会の管理

小嶋 世界がコロナ禍に見舞われ、すでに1年半近くが経過しました。このパンデミックの中、多くの国が国民からその統治能力を問われ、内政の危機に直面しています。そして、内政の危機は、しばしば強硬で威勢のいい対外政策を導きがちです。

2018年頃より貿易面で顕在化してきた米中の対立も、コロナ禍を経て一層全面化の様相を呈し、また激しさを増しつつあるように見受けられます。国家の安全保障に対する意識が高まり、サプライチェーンの見直しがなされ、軍民両用技術に関わる分野でデカップリングの動きも進みつつあります。

さらに、欧米を中心とする諸外国の非難は、新疆ウイグル自治区や香港の人権問題へと向けられています。コロナ後の秩序構築を巡る議論は、統治体制やそれを支える価値規範に関わる緊張や対立を伴いながら展開していくことになるでしょう。

このような国際政治の局面にあって、私が少なからず懸念しているのは、世界とりわけ日本の言説空間が反中国か/親中国か、民主主義か/権威主義か、国防か/経済かという、過度に単純化された二元論に陥り、それがコロナ後の国際社会の秩序構築に向けた建設的かつ現実的な議論を損ねてしまっているのではないかということです。

今こそ必要なのは、中国という国とそれを突き動かしている力、そして個々の事象に見られる中国の論理を的確に捉え、その上で中国と共存しながら日本の国益を守り、世界の秩序を構築する方法を探る試みではないでしょうか。

ちょうど、この7月に中国共産党は建党100周年を迎えますが、今日は中国の動向を、党中央や国家、さらには地域、民間、社会、そして市場の織り成すダイナミクスとして捉え、時間軸を長くとって論じたいと思います。

まず、社会の状況を把握することが不可欠です。鄭さんは、今回のコロナ禍に対する党や政府の対応、それに対する人々の受け止め方をどのように見ておられますか。

 コロナ防疫体制はご存じの通り、アメリカ等の国と比べれば、中国政府はかなり社会をコントロールしていると思います。その背景には、習近平政権の下で「社区」(数千世帯から成る居住区域)レベルで党組織の建設を強めてきたことがあります。この党組織建設の流れというのは、かなり毛沢東時代の遺産を基にしています。

毛沢東時代、特に1950年代に社会は全面的に国家の力、行政の力によって組織化されるようになりました。具体的に言えば、中華人民共和国成立以前の中間層の部分が、地域の有力者も含めて、特に朝鮮戦争以降、徹底的につぶされていきました。

そして1950年代の半ばより、社会主義建設運動の結果として、党組織が社会の末端レベルまでつくられるようになりました。また、農村では、土地の集団所有制がつくられました。この3点が、制度的には習近平政権の下での「社区」建設を支えていると思います。

特に今の社会の末端レベルを見ますと、農村ではどこに行っても村民委員会とその下の村民小組があります。これは以前の人民公社体制の中の生産大隊と生産隊レベルに相当するものです。基本的には土地の集団所有制の下で行政的なまとまりのある村が生まれ、それを基盤として党組織が農村社会を治めています。

都市社会においては、「街道」(都市における区政府の下部機関)とその下の居民委員会もしっかりつくられています。このような体制も基本的には1950年代に形成されたものです。

では、習近平政権はどういうところが新しいのかと言いますと、この1950年代にできた行政組織を基盤にグリッド管理(中国語:網格化管理)を行っているところです。農村では行政村とその下の村民小組レベル、都市では居民委員会とその下の団地、さらに個々の「楼」、つまり建物のレベルにまでグリッドをつくり、各グリッドの責任者を決めるとともに、グリッド間の連携関係を強化する管理体制がつくられています。このような管理体制の下で新型コロナの防疫活動が行われています。

つまり統制の度合いが強まっているのです。もう1つは、改革開放以降、新たに出現した社会団体や民営企業などに対するコントロールを強化し、党組織建設の範囲が全方位、全部門、全領域に拡大したことだと思います。

社会の側の受け止めですが、防疫体制の面については、民衆からかなりの支持があるのではと思っています。習近平政権は、特に民生問題の解決という方針を全面的に打ち出しており、そのあたりは民衆からの支持があります。貧困脱却キャンペーンもそうですし、反腐敗キャンペーンもそうです。

小嶋 毛沢東時代に社会の末端にまでつくられた党組織が、習近平政権の下でさらに拡充しているということですね。非常に興味深いのは、そうしたグリッド化により、団地一棟一棟にまで細分化された社区管理が打ち立てられたからこそ、中国はコロナ蔓延の封じ込めに成功し、それが、習近平政権や体制に対する民衆の信用や信頼をもたらしたようにも思われることです。

このような見方について、鄭さんはどのようにお考えでしょうか。

 これは難しい問題です。他の対抗勢力が生まれない限りは体制への支持に結びつくと考えてもいいのかもしれませんが、もう1つの重要な視点は生活者の視点だと思います。

つまり末端レベルの党組織の活動を見ると、党組織は決して一方的に抑圧をする装置ではなく、むしろ生活をガバナンスする主体にもなっているのです。新農村建設を見ても、貧困脱却キャンペーンを見ても、基本的には民衆から「サービスをしてくれている」と受け止められている部分があり、そこには国家と社会の融合関係があると思います。

小嶋 例えば今回、コロナ対策で非常に大きな役割を果たしたものとして、健康コードのアプリの活用が挙げられますね。自らの行動や健康の記録がデータベース化され、データによって管理されることへの警戒心は、人々の間にどの程度あるのでしょうか。

 近年の通信技術の発展により、人々の日常生活の行動に対して、監視の目が届く状況になってきています。このあたりの受け止めについては、おそらく社会階層や教育を受けた程度によってかなり違うのではないかと思います。

2020年9月に中国インターネット情報センター(CNNIC)が発表したデータによれば、ネット・シティズンのうち、高校およびそれ以下の学歴の人は8割ぐらいを占めています。それに対して、大学およびそれ以上の学歴を持つ人は、1割未満です。多くのネット・シティズンはこういった管理体制を受け入れ支持しているのではないかと思います。現在の管理体制の問題を指摘している知識人もいますが、世論への影響は、かなり限られていると思います。

習近平の社会管理と民衆の活力

小嶋 鄭さんのお話からは、コロナ禍という危機に対応する中で、習近平政権の社会に対する統制管理が強化されてきたことが窺えます。こうした状況について岩間さんはどのように見ていらっしゃいますか。

岩間 今、鄭さんが中華人民共和国以降の話をされたので、それ以前の社会と比べてみたいんですが、長いスパンで見ると、中国の人たちは一方でとても自由奔放な社会に生きているところがあると思います。

それは民国期以前(1949年以前)もそうですし、現在でも、孫文が「散沙」(ばらばらな砂)と語ったような社会があるわけですね。一方でお話があったように行政力がとても強いのですが、伸び伸びと生きている人たちを強い行政力で統治していくという組み合わせが、歴史的には連続していて、コロナ対策でもこれが見られたのかなと思います。

一方、日本のコロナ対策はまったく違い、社会の同調圧力がとても強い中で自粛自重が求められてきました。中国ではそういった自粛や自重ではなかなか上手くいかない。歴史的背景を見ても、おそらく今回のようなやり方でなければやれなかったでしょう。

さらに、中国は監視社会のツールが発展してきているので、そうしたIT先進国のような新たな一面が今回、発揮されたという印象も持ちました。

近代中国では、欧米の植民地や租界が防疫・衛生のモデルでしたが、今回のコロナ対策では、中国が欧米に対して自信を取り戻したのだと思います。

小嶋 一口に中国社会と言っても地域ごとに特色がありますね。こうした地域性は、社会統制の強化に伴って希薄化していくのでしょうか。例えば、岩間さんがフィールドとされている上海はどうですか。

岩間 基本的に上海の人たちはこうした管理を結構喜んで受け入れている印象が強いですね。個人情報の問題もわかっている人たちが多いのですが、それ以上にメリットが大きいと思っている人たちが、私が話を聞く限りでは多いように感じます。

小嶋 岩間さんは、中国の食文化に造詣が深くていらっしゃいますが、公費を用いた接待の禁止や、フードロスの禁止など、習近平政権による、食文化にまで踏み込むような統制の強化に対する人々の反応はいかがですか。

岩間 皿を空にしてフードロスをなくすという「光盤行動」は2013年に始まっており、今年の4月に反食品浪費法が制定され、日本でもニュースになっています。習近平政権のこういった政策を人々が一体どう考えているのかは、私も興味を持っていました。

日本から見ると、強権的に環境問題、あるいは食料安全保障のことを考えて、政権が新たな習慣を押し付けているようにも見えますが、実際はそうではないようです。民間でも注文する料理の数を減らしたほうがいいよね、食べ残しをパックして持ち帰ったほうがいいよねという動きが、段々と成熟してきて、そのほうがあまり無駄遣いしないでホストの面子も立てられるので、ある種、合理的な習慣となっているようなんです。それを政権が後押ししたぐらいなのかなという印象を持ちます。

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