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【特集:中国をどう捉えるか】
廣野美和:国際社会の中の中国の立ち位置──一帯一路構想をどう考えるか

2021/08/05

  • 廣野 美和(ひろの みわ)

    立命館大学グローバル教養学部准教授・塾員

国際社会の中の中国の立ち位置が問われている。バイデン大統領就任後も厳しさを増す米中関係、台湾問題、香港や新疆ウイグル自治区をめぐる人権問題、南シナ海・東シナ海での中国の軍事的活動、新型コロナウイルスをめぐるマスク外交やワクチン外交、一帯一路構想(以下、一帯一路)をはじめとした中国の国際的活動。毎日のように目にする中国の行動は、開かれた経済、多国間組織、安全保障協力、人権重視、民主主義に基づく「リベラル国際秩序」を弱体化させ、中国中心の国際秩序への変更を試みるものなのではないか。

この問いは、一帯一路をめぐる議論において特に頻繁に議論される。中国が一帯一路の枠組で行う投資や援助は投資先国の民主主義を後退させるのではないか。中国投資は「債務の罠」や「新植民地主義」に基づいて発展途上国での支配力を絶大なものとし、米国をしのぐ覇権の拡張につながるのではないか。中国の投資プロジェクトは人権や環境への配慮が不十分なのではないか。

これらの懸念を背景に、西側諸国や日本では具体的な政策形成が行われている。今年6月に英国コーンウォールで開かれたG7先進国首脳会議で、主要7カ国が一帯一路への対抗策として「クリーン・グリーン・イニシアチブ」の支持を表明したのは、その1例である。

しかし、中国は本当に国際秩序を、リベラル国際秩序から中国中心の秩序に変更しようとしているのだろうか。中国国内における権威主義的体制は、一帯一路によって、投資先の国々に「輸出」されていくのだろうか。このような懸念に加え、特に日本、アメリカ、欧州、オーストラリア、インドなどでは、領土問題や、新疆・香港・台湾をはじめさまざまな問題も相まって、反中感情が高まっている。結果、中国を取り巻く多様な国際問題が、「人権侵害、国際ルールの無視による中国による国際秩序の修正」という一定の視点から議論されることが多くなってきている。

この視点の有効性を検討していくことは重要であるが、同時に「結論ありき」の議論には留意せねばならない。実証に基づかない研究や政策決定は非常に危険である。中国を分析する際に研究者や政策決定者が立ち戻らなければならないのは、実証を積み上げていくことにより全体像を明らかにしていく真摯な姿勢である。また中国が秩序の修正を意図しているかどうかにかかわらず、秩序の修正にはリーダーシップだけでなくフォロワーシップの醸成も欠かせない。中国がリードする国際秩序に対して、どれほどの国々が賛同するのであろうか。フォロワーなくしてリーダーは存在し得ない。大国中心の議論だけではなく発展途上国の声にも十分注意を払うことが求められている。

一帯一路とは

2012年に習近平が党主席となり「中国の夢」を共産党の執政理念として打ち出した後、一帯一路は2013年より中国対外関係における主要な計画として推進されてきた。アジア・ユーラシアの陸路を通る「シルクロード経済ベルト」(一帯)と、東南アジア・インド洋を海路ですすむ「21世紀海上シルクロード」(一路)に加え、中国から北極海を通ってヨーロッパにつながる「氷上シルクロード」(中ロが共同提案)や、「デジタルシルクロード」「宇宙シルクロード」「健康シルクロード」も中国によって提唱されている。これら全てが「一帯一路構想」であり、これらを通して、公共施設への投資・建設を促進し、世界の交易コストを下げ、経済を活発化させ、人々の相互理解を増進させるのがねらいであると、中国政府は述べている。

しかし、この大構想は実は不明な点も非常に多い。一帯一路に投じられる費用、期間、既存の対外投資政策との関連性といった基本的な運営面の部分について、中国政府は言及していないし、学術的にも実は不明なままだ。まして、一帯一路の中国国際戦略の中での位置付けに関しては、明確に定義されていない(そもそも中国の国際戦略自体、中国は明確にしていない)。2019年の一帯一路ハイレベルフォーラムで、習近平が、一帯一路は排他的な「クラブ」ではなく、「オープン・グリーン・クリーン」の理念を堅持するものだと発言しているが、それも具体的な位置づけを示すものではない。

なぜ中国は一帯一路を推進するのか。既存研究で示されているのは以下の点である。第1に、一帯一路により中国経済の諸問題の改善を望めるという指摘がある。飽和状態の国内資本と巨額に上る外貨準備高を海外に投入して新たな投資先を海外で開拓し、過度な輸出異存から脱出すると同時に、国内過剰設備の軽減や生産余剰問題の解消を行うこともできる。第2に、一帯一路は中国が国際経済の中心的リーダーとして自らを打ち立てるための方策だという議論である。実際、一帯一路を支える組織として、アジアインフラ投資銀行(AIIB)、シルクロード基金、新開発銀行など、中国発の国際金融機関を並行して設立している。第3に、上述のとおり、一帯一路を通して中国が独自の国際秩序を作ろうとしているという議論も存在する。

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