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【特集:中国をどう捉えるか】
星野昌裕:中国の少数民族問題をどう捉えるか

2021/08/05

  • 星野 昌裕(ほしの まさひろ)

    南山大学副学長[グローバル化推進担当]、総合政策学部教授・塾員

結党100周年を迎えた中国共産党の少数民族政策

異民族間の王朝交代を繰り返してきた中国史にあって、満州族の清を倒し、1912年に中華民国が誕生してから約100年の間に生じた政治社会の変動は、多数派としての漢族の政治権力を絶対化していくプロセスであった。この大変動を推し進めたのが、2021年7月1日に結党100周年を迎えた中国共産党である。

中国共産党は1921年の結党以来、少数民族地域をいかに統治するかについて、中国国民党との関係や日中戦争の展開に応じて、少数民族の自決権を承認しての連邦制にするか、中央集権制のもとで少数民族に自治権を与える制度にするかで揺れ動いた。日中戦争が終わり、中国国民党との内戦にも勝利すると、対外的安全保障を最優先する立場から、少数民族地域を中央集権制のもとで統治する方針を決定し、非連邦制国家としての中華人民共和国を樹立した。

建国後、中国共産党の民族政策は民族区域自治制度として政治体制に組み込まれた。少数民族地域は行政レベルに応じて自治区、自治州、自治県などの民族自治地方に再編され、民族自治地方に居住する少数民族の人々には一定の自治権と優遇策が与えられた。

しかし、民族自治地方の居住者は少数民族だけでなく、地域によって人口比率は異なるが、多くの漢族も居住していた。そのため中国共産党は、少数民族への優遇策と各民族の平等という、両立が難しい2つの原則を示した。

平等が追求された毛沢東時代には、少数民族への優遇策は有効に機能せず、例えば、政治社会文化の特殊性から民族区域自治制度の導入が先送りされていたチベットでも社会主義化が急速に進められ、1959年3月にダライ・ラマ14世がインドへ亡命したのち、1965年にはチベット自治区として民族区域自治制度に組み込まれていった。

改革開放が始まる1980年代には、毛沢東時代への反省もあって、少数民族への優遇策が法的に保障され、民族自治地方のリーダーに少数民族も登用された。しかし、法的ルールは中国共産党組織には適用されないため、主要な民族自治地方では、実権を握る中国共産党書記ポストは漢族が担当している。権威主義体制下の中国にあって少数民族は、中国共産党の一党支配体制と、漢族による政治権力の独占という二重の支配下に置かれており、こうした民族自治の形骸化が民族騒乱を誘発することにつながっている。

2012年11月に習近平政権がスタートしてからも民族問題は頻発し、ウイグル族に関連する事件としては、2013年10月の天安門車両突入事件、2014年3月の雲南省昆明駅襲撃事件など、自治区外でも事件が発生した。とくに習近平政権に大きな衝撃を与えたのは、2014年4月30日にウルムチ南駅で発生した爆発事件で、この日は習近平氏の新疆ウイグル自治区訪問最終日だった。こうした事件の頻発を受けて、2014年5月23日から「新疆を主戦場とする暴力テロ活動取り締まり特別行動」を展開するなど、少数民族に対する統制を一層強化していった。

中国共産党が強硬な少数民族政策をとる背景には、少数民族をめぐる構造的な理由も関係している。まず、中国の少数民族問題が対外的安全保障に直結する構造をもつことである。民族自治地方の総面積は中国国土のじつに64%を占めており、陸地国境線の大半を含んでいる。中国は、新疆ウイグル自治区、チベット自治区、内モンゴル自治区といった民族自治地方を介して周辺国と隣接しており、国家統合をいかに確保するかという観点から少数民族政策を立案せざるをえない環境に置かれている。つぎに、漢族人口の流入が進む民族自治地方を安定させるには、少数民族の人々以上に、漢族居住者の不満を爆発させないことが重要な政治課題になっている。2009年7月のウルムチ騒乱では、ウイグル族が騒乱を起こしたあとに、漢族がさらに大規模なデモをやりかえした。民族間対立がこれだけ鮮明に顕在化したのは極めて珍しい。少数民族の不満を解消するための優遇策が漢族から反発を受けた場合、それは中国共産党の統治能力を低下させかねないが、少数民族の抑え込みに警察や軍を動員しても、全人口の9割を占める漢族から批判的な声は上がりにくい構図になっているのである。

転換期を迎える少数民族政策

近年、これまでの民族区域自治制度を中心とした少数民族政策を維持すべきかどうかの論争が顕在化している。政策転換を主張する論者は、中国では歴史的に民族間の境界は曖昧で弾力性を持つものだったにもかかわらず、現在の民族政策は、民族と民族の差異を過剰に強調するものになっていて、中華民族の共同性といった国家レベルの共同意識を形成するのに不利に作用していると主張する。現時点では民族政策は転換されていないが、2018年3月の党と国家の機構改革によって、少数民族と関わりの深い国家民族事務委員会と国家宗教事務局が、いずれも中国共産党中央統一戦線工作部の傘下に入れられたほか、2020年12月には70年近くにわたって少数民族の指導者がトップを務めてきた国家民族事務委員会主任に漢族の指導者が着任した。

このように中国の少数民族政策は、各民族の個性を尊重する方針から、各民族の統合や融合をこれまで以上に推進する方針へと事実上の政策転換が始まっている。

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