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【特集:中国をどう捉えるか】
大澤淳:中国とデジタルテクノ覇権の夢

2021/08/05

  • 大澤 淳(おおさわ じゅん)

    ((公財)中曽根康弘世界平和研究所主任研究員・塾員)

習近平政権が目指す現下の戦略目標は、建国100年の節目となる2049年までに「中国夢」、すなわち中華民族の偉大な復興を達成することである。この「中国夢」について、米国政府内で30年以上にわたって中国を分析してきたマイケル・ピルズベリーは、著書『The Hundred-Year Marathon(邦題China 2049)』の中で、アメリカから覇権国の地位を奪い、中国中心の世界秩序を確立することであると警告している。今世紀半ばまでに、中国が米国を追い越して世界を主導する大国、すなわち国際政治で言うところの「覇権国」になるために、どのような条件が必要となるのであろうか。また、覇権国の条件を満たすために、どのような政策を中国は行っているのであろうか。本稿では、現在米中対立の焦点となりつつある、デジタル・テクノロジー覇権の獲得を巡る中国の動向について論じていくこととしたい。

覇権国と情報通信技術

半導体、第5世代移動体通信(5G)、海底ケーブル網。これらは現在、米中対立の焦点となっている。例えば、今年1月に米国議会で成立した「国防授権法」では、半導体、次世代通信技術の支援強化が定められ、6月には米連邦通信委員会(FCC)が、米国内からの中国製通信機器の排除に向けて手続きを開始した。これらの情報技術が、米中対立の焦点となっている理由を知るためには、覇権国と情報通信技術を巡る歴史を少し紐解く必要がある。

今から200年前の19世紀前半、産業革命にいち早く成功した英国は、世界の覇権国となった。国の力を決める「国力」には人口や資源の他に技術力があるが、大英帝国を覇権国に押し上げたのは、石炭を用いた蒸気機関とコークスを利用した製鉄技術であった。しかし、植民地を中心とした大英帝国の覇権を支えたのは、イギリスの海軍力、基軸通貨ポンドと金融の力、そして、国防と金融取引に不可欠な情報をいち早く伝えた、海底電信の情報網であった。英国を中心とした海底ケーブル網は、1866年に大西洋を横断して北米大陸に、1869年には植民地インドのボンベイにつながり、1871年にシンガポール、香港、1872年にオーストラリアへと接続、1885年にはアフリカ周回ケーブルが完成、英国に情報優位をもたらすこととなった。

日本では、1871年に初めて長崎に海底ケーブルが接続された。ちなみに、この電信という言葉を創ったのは、福澤諭吉先生で、1866年の『西洋事情 初編』で、「電気伝信」(電気が信を伝える)として、通信の技術革新を我が国に紹介している。

次の20世紀の覇権国となった米国も、他国を圧倒する経済力、軍事力、技術力といった国力に加え、情報網をコントロールする力によって支えられている。現在のインターネットは、世界に張り巡らされた光海底ケーブルによって伝送されているが、通信の流れ(経路)をコントロールしているのは、通信ツリー構造の最上位に位置するTier-1と呼ばれる世界で10数社の通信事業者である。この半分以上が米国企業である。また、世界のインターネット通信の技術的ルールの管理は、1998年に設立された米国の非営利法人ICANNが担っており、米国政府が一定の影響力を有している。

さらに、GPSや通信衛星といった現代の軍民の活動に不可欠な宇宙空間でも、米国は長らく優位を保ってきた。このように、覇権国は、他国を圧倒する国力に加えて、情報を制する力によって、その地位を保ってきたのである。2049年までに「夢」を達成しようとする中国もまた、情報を制する力を構築しようとしている。

デジタル・シルクロード構想とデジタル覇権

「中国夢」を具現化するための対外政策として、中国政府が打ち出したのが「一帯一路」構想である。中国政府は、2015年3月に「シルクロード経済ベルトと21世紀海上シルクロードの共同建設推進のビジョンと行動」を発表し、現在の「一帯一路」構想が出来上がった。「一帯一路」構想は、陸路の「一帯」と海路の「一路」で、ユーラシア大陸を横断して中国からヨーロッパまでの国々を結ぶという、現代版のシルクロード構築構想である。

情報通信の世界でこの「一帯一路」構想を実現しようとするのが「デジタル・シルクロード」構想である。このアイデアを李克強総理は、2015年1月のダボス会議で初めて発表した。2015年3月の「ビジョンと行動」(前述)では、①陸上の越境光ファイバー網の構築、②光海底ケーブルの整備、③衛星通信サービスの提供、によって「一帯一路」にまたがる「デジタル・シルクロード(信息丝绸之路)」を構築するという、ハード面中心の通信基盤整備の構想の全体像が示された。

ハード面の通信網整備では、中国電信が中国と欧州を結ぶ通信容量100Gの超低遅延の「Transit Silk Road」ケーブルを2016年に立ち上げ、一帯一路沿いのパキスタンやミャンマーにつながるケーブルも建設している。衛星通信の分野では、国家航天局傘下の中国衛星通信集団が、Kaバンド(高周波帯域を用い高速大容量通信が可能)を利用した一帯一路域内の衛星通信網の構築を行っており、この衛星通信には、中国国産の長征3号Bロケットで打ち上げられた「中星」シリーズの通信衛星が使われている。

また、IoT時代の情報通信基盤となる第5世代移動体通信(5G)では、中国企業が関連出願特許の3割を握っている。Huawei(ファーウェイ)は基幹特許の16%を保有しており、ZTE(中興通訊)も11%を保有する。これらの中国通信機器企業の技術基盤をベースとして、中国政府は通信インフラの戦略的援助を一帯一路諸国で積極的に行っている。Huawei、ZTE、中国移動などの中国企業が、中国政府のODAや政府系金融機関からの支援を受け、低コストでアジア・アフリカ諸国の移動体通信インフラ整備を任されている。

光海底ケーブルでは、中国聯通が、中国とヨーロッパを結ぶ「AAE-1」海底ケーブルを敷設し、2017年6月に運用を開始した。また、Huawei の子会社Huawei Marine が初めて大陸間に敷設を行った、南大西洋横断「SAIL」海底ケーブルが2018年8月に運用を開始している。Huawei は、2008年に、150年の歴史を持つ英国のGlobal Marine Systems と合弁会社を設立して、海底ケーブル敷設に参入したが、合弁会社から10年ほどで技術を習得し、独力でアフリカ大陸を一周する海底ケーブルの敷設も行えるまでに成長している。従来、長距離の海底ケーブルの敷設には技術力が必要で、米英仏日などの西側企業が独占してきた。このケーブルの敷設で、中国のデジタルテクノ企業が急速に技術力を蓄え、西側企業を急迫していることが、明らかになった。

その後、このデジタル・シルクロード構想は、「数字丝绸之路」と改称され、電子決済や電子商取引などのIoTプラットフォーム、つまりソフトウェア面を含むグローバルな展開を中国政府が目指していることが明らかになっている。習近平主席は、2017年5月の第1回「一帯一路」国際協力フォーラムで、「「一帯一路」を技術創新の道とし、21世紀のデジタル・シルクロードを築いていく」と表明している。さらに、2019年の第2回フォーラムでは、「2国間電子商取引協力メカニズムの構築」や「越境電子商取引プラットフォームの共同構築」を含むデジタル・シルクロード建設協力覚書が、一帯一路沿いの16カ国との間で署名された。これらの覚書には、中国標準の採用が盛り込まれており、5G網などの通信基盤構築への協力のみならず、その上に乗るプラットフォームの掌握を中国が目指していることが明確になっている。

例えば、支付宝(Alipay)を展開しているアリババグループのAnt Financial の電子決済プラットフォームは、すでに東南アジアやインドに広がっている。日本のPayPayもAlipay の技術を移植したインドのPaytm がベースである。これらの電子決済のアプリは、誰が買ったか(個人情報)、何を買ったか(決済情報)、どこで買ったか(位置情報)等のビッグデータを収集して囲い込むことができる。ビッグデータを囲い込めれば、個人の行動だけでなく、購買履歴等から個人の嗜好やライフスタイル、政治的傾向をも把握することができる。

さらに、インターネットの国際ルールや管理をめぐっても、中国は米国の覇権に挑戦しつつある。中国は途上国の後押しを受け、インターネット統治のルールについて、非政府の関係者有志によるICANNを中心とした統治モデルではなく、政府が主導するモデルを主張し、インターネットを国連の国際電気通信連合(ITU)の管理下に置くことを提唱している。

今まで見てきたように、中国のデジタル・シルクロード構想には、情報通信基盤という「ハード」の上に、IoTプラットフォームという「ソフト」を展開し、ユーラシア大陸のみならず世界の情報を囲い込み、情報を制する力を米国から奪取しようという目論みが透けて見えるのである。

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