三田評論ONLINE

【特集:中国をどう捉えるか】
大澤淳:中国とデジタルテクノ覇権の夢

2021/08/05

テクノ覇権:中国製造2025とサイバー攻撃

1989年の改革開放から約30年という短期間で、中国はどのようにして米国に伍する最先端のデジタル・テクノロジーの基盤を手に入れたのであろうか。薬師寺泰蔵が著書『テクノヘゲモニー』で述べているように、技術は模倣によって国から国へと伝播し、模倣した技術の改良(エミュレーション)によって技術立国が勃興してくるのだが、中国の場合はそのやり方が荒っぽい。

例えば、デジタル覇権の確立に不可欠な情報通信技術を見てみよう。カナダにNortel という通信機器大手の会社があった。同社は電話機を発明したベル研究所の流れを組み、いち早く光ファイバーや電話機のデジタル技術を開発し、インターネット時代に不可欠な制御スイッチや通信機器を製造するパイオニア的存在だった。Nortel は、安価な競合製品の登場などから2009年に経営破綻したのだが、その大きな原因となったのが、中国からのサイバー攻撃であった。Nortel 社上級システムセキュリティ顧問だったブライアン・シールズは、「中国による広範なサイバー攻撃が企業崩壊の一因となった」とメディアのインタビューで答えている。実際、中国のサイバー攻撃グループが2000年から、数年にわたって同社の技術マニュアルや調査研究リポート、事業計画書、従業員の電子メールなどを含む文書を盗んでいたことが明らかになっている。

Nortel が経営破綻した後、同社の移動体通信技術は、競合のHuawei へと伝播していった。現在、「ファーウェイ・フェロー」の称号を与えられた童文と朱佩英は、ともにNortel でワイヤレス技術研究に長年携わったのち、2009年にHuawei に入社し、次世代移動体通信研究の中心人材となっている。

このケース以外にも、先進国の企業から先端技術がサイバー攻撃で窃取された例は、枚挙にいとまがない。現在ホットになりつつある米中対立の1つのテーマが、民間企業の持つ知的財産や企業秘密についてのサイバー空間での争いである。米国は、中国がサイバー情報窃取を含む不公正な技術移転を米国企業に強いているとして、中国に対する非難を強めている。米国のUSTRは、2018年3月に中国の技術移転政策に関する調査報告書を公表し、中国政府を名指しで非難し、中国政府の戦略目標に沿って米国企業にサイバー攻撃を実施しビジネス秘密や知的財産を窃取している、と指摘している。

中国発のサイバー攻撃では、中国の科学技術の発展に資する知的財産の窃取や中国企業をビジネス上有利にする企業秘密の窃取が行われている。これらのサイバー攻撃者がターゲットとしているのは、①次世代情報技術、②新エネ自動車、③航空・宇宙、④海洋工学、⑤新素材、⑥電力設備、といった産業であり、これらは、中国の長期的技術優位獲得戦略である「中国製造2025」と密接に関わっている。

中国が「製造強国」の確立を目指して策定した「中国製造2025」は、2015年5月に中国国務院が発表した10カ年の産業政策である。政策文書の中で、2049年の「中国夢」の実現に合わせて、第一段階の製造強国の地位確立(仲間入り)を2025年までに、第2段階の製造強国の中位レベルの達成( イノベーション牽引国) を2035年までに、第3段階の製造強国の指導的地位確立(大半の分野での競争優位の確立)を2049年までに達成する、としている。また、製造強国を実現するために育成する10の重点分野が定められており、①次世代情報技術、②新エネ自動車、③航空・宇宙、④海洋工学(ハイテク船舶)、⑤先進鉄道、⑥ロボット・工作機械、⑦電力設備、⑧新素材、⑨バイオ医薬・医療機器、⑩農業機械、が指定されている。

「中国製造2025」は、中国がテクノ覇権を握るための長期戦略とも読める。そのため、国家が関与して行われる中国による知的財産を狙った情報窃取型サイバー攻撃は、中国の技術力を強化し、中長期的には国家間の力関係に重大な影響を及ぼし、中国を覇権国に押し上げるのではないか、との危機感が米国内では広がってきている。

このうち、宇宙は、中国が特に力を入れている分野の1つである。宇宙開発は、軍民利用に直結する重要分野として、国の技術力を象徴し、国威発揚にも直結するため、冷戦期の米ソ間でも熾烈な競争が行われてきた。中国の宇宙開発は、1950年代の弾道ミサイル開発までさかのぼるが、急速に米国に追いつき始めたのは、2000年代に入ってからである。2003年には有人宇宙飛行を「神舟5号」で成功させ、2013年には月面着陸に「嫦娥3号」で成功した。2021年には火星探査機「天問1号」を火星の周回軌道に投入することに成功している。すでに宇宙開発という点では、米国に完全に伍しており、気象衛星(12基)、測位衛星(中国版GPS、55基)、画像収集衛星・電波収集衛星(民用17基、軍用60基)、通信衛星(31基)、早期警戒衛星(7基)を運用していて、軍事分野での宇宙利用という点でも、米軍に匹敵する能力を有している。

中国の宇宙開発の加速と相前後して、宇宙技術を狙うサイバー攻撃も増加している。本年4月20日、警察庁は中国共産党員の男を私電磁的記録不正作出・同供用の疑いで書類送検した。この男は、中国のサイバー攻撃グループ「Tick」に提供する目的で、日本国内のレンタルサーバーを借りていた。この「Tick」は、2006年ごろから、JAXAをはじめ三菱電機や石川島播磨重工(IHI)、大学など、我が国の防衛・航空宇宙関連の約200の企業や研究機関へのサイバー攻撃を実行していたグループであった。我が国以外でも、米国のNASAやドイツのDLRなどの宇宙関連の研究機関がサイバー攻撃の標的となってきている。

このように、中国はテクノ覇権を獲得するために、長期戦略に基づいてターゲットを絞り、サイバー攻撃をも使って技術の獲得を行ってきているのである。

おわりに

今まで見てきたように、英国や米国といった覇権国が、他国を圧倒する国力に加えて、情報を制する力によってその地位を保ってきた歴史を、中国はよく理解している。そのため、2049年の「中国夢」の実現にあたって、「デジタル・シルクロード」の構築によって情報を制する力を獲得し、デジタル覇権を構築しようとしているのであろう。そして、国力の源泉であるテクノロジーについても、テクノ覇権を握るための長期戦略を「中国製造2025」という形で定め、その戦略に従って、サイバー攻撃を用いた「静かな技術移転」を先進国に強制している。その結果は、次世代情報通信技術や宇宙開発で明らかであり、独力では不可能な速度の技術開発が可能となっている。中国がデジタルテクノ覇権の夢をかなえる日も近いのではないだろうか。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事