【特集:中国をどう捉えるか】
星野昌裕:中国の少数民族問題をどう捉えるか
2021/08/05
新疆ウイグル自治区の「職業技能教育訓練センター」
中国の少数民族問題は、これまでにも2008年北京オリンピック開催前のチベット問題のように、個別の人権問題として世界的関心を集めることはあった。しかし近年の国際社会による中国の少数民族問題とその政策への強い関心と非難の示し方は、これまでに例がないほどである。
そのきっかけとなったのが、新疆ウイグル自治区の「職業技能教育訓練センター」の運用であった。この呼称は中国の公式見解によるもので、中国はこの施設の目的を、多発する「テロ」や宗教過激主義が蔓延する土壌を取り除き、知識水準を向上させて就職を促進し収入を増加させ、それによって新疆を安定させることにあると説明している。
これまで論じてきた少数民族政策の現段階を踏まえると、「職業技能教育訓練センター」に象徴されるウイグル問題は、起こるべくして起きた問題といえる。中国では、ウイグル族など少数民族に関わる問題が発生すると、それらを国家統合に関わる安全保障上の問題として認識する傾向にある。とくにイスラム教と関連するウイグル問題については、宗教上の問題が底辺に潜んでいるとして、宗教指導者や宗教活動場所のコントロールを強化してきた。中国は、国内で認められているのは「宗教の自由」ではなく「宗教を信仰する自由」であり、宗教の教義は国家のルールに従属すべきものであるとの立場をとっている。国境を越えてコミュニティを形成しやすいイスラム教などの宗教活動を厳しく管理することで、ウイグル社会の過激化や「テロ」の発生を抑制できると考えたのである。しかし、宗教活動への参加度が相対的に低い若者や女性たちが、民族事件に関与する割合が高いとの認識を持ち始めると、宗教活動を管理するだけでは治安の維持効果が弱いと判断するにいたったのだろう。中国にとって「職業技能教育訓練センター」の設置は、若者や女性をダイレクトに取り込んで新疆を安定させようとする、極めて政治性の高い政策なのである。
中国の少数民族問題をいかに捉えるか
これらの施設に対して、国連人種差別撤廃委員会は100万人近いウイグル族が強制収容されているとの報告をあげ、ニューヨークタイムズや国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)などが入手したとされる中国政府の内部文書もその一部が公開されている。これらの施設はすでに運用が停止されたとも伝えられるが、アメリカなどは中国の政策を「ジェノサイド」として強く非難し、ウイグル問題に関与した中国企業や政府機関などに制裁を科している。
新疆に進出している国際的なグローバル企業も、少数民族の強制労働によって利潤を得ているとして強い批判を受けている。こうした企業の中には、関連業者との関係を見直す動きも出ているが、ウイグル問題の本質がウイグルの人々の文化を守り生活を豊かにするという点にあることを想起すると、関連業者との関係を断ち切って終わりではなく、ウイグルの人々の適切な雇用確保に動く必要がある。またこの問題意識は新疆に進出する企業だけでなく、中国で経済活動を行う人・企業すべてに共有される必要がある。
中国の周縁部に広がる民族自治地方は、生活スタイル、宗教、言語、価値観など、あらゆる観点から極めてダイバーシティに富んだ地域である。このダイバーシティ社会に対して中国がいかに向きあっていくのか、それは中国が国際社会においてどのような立ち振る舞いをしようとしているかのリトマス試験紙であるともいえる。
私はちょうど10年前の2011年に発表した論考のなかで、「中国の民族問題は、東アジアの地域秩序が変容する問題と連動する構造をもっているのである。東アジアの一員である日本は、地域の望ましい将来像を検討するなかで、中国の民族問題に起因する政治的挑戦と向き合わざるを得ないのである」(国分良成編『中国は、いま』岩波新書)と締めくくっている。この結論は、チベットやウイグルの問題分析を通じて、日本が中国の少数民族問題といかに向き合うべきかについて、人権問題といった個別イシューの枠にとどまらず、より大きな世界的構造変容の観点から向き合うことの必要性を説いたものだった。いままさに中国の少数民族問題をいかに捉えるかという課題の答えを示すべき時のように思われる。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
2021年8月号
【特集:中国をどう捉えるか】
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