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【時の話題:香港── 一国二制度のゆくえ】
タフな対中路線の方向に舵を切るアメリカ

2020/10/20

  • 中山 俊宏 (なかやま としひろ)

    慶應義塾大学総合政策学部教授

アメリカと中国との間の対立が激化している。それはもはや個別の案件をめぐる対立を超え、交渉不可能な地点に差し掛かっているようにも見える。2000年代後半、G2論で沸き返っていたことがまるで嘘のようだ。G2とは、世界が直面する問題について、米中で協力をしながら解決していこうという姿勢だ。アメリカはG2という言葉こそ正式には採用しなかったものの、オバマ政権はその方向に大きく舵を切ったとみなされた。対テロ戦争に釘付けになっていたアメリカを、国際協調の方向に引き戻し、リセットすることの大きなきっかけの1つがG2だった。

しかし、そのオバマ政権も、米中協調がいうほど容易(たやす)くはないという現実を思い知らされることになる。政権発足当初のG2ユーフォリアはかなりはやい段階で冷め、厳しい対中政策を内に含んだ対アジア太平洋政策を打ち出していくことになる。しかし、この段階では、中国に対するある種の期待を完全に捨て去ったわけではなかった。

それは、時間はかかるかもしれないが、いずれ中国も「こちら側」にやってくるに違いないという期待だ。それはある意味アメリカが中国に関し抱き続けてきた幻想に近い願望だった。いずれ中国もアメリカのようになるに違いないというアメリカ側の一方的な期待は、かつて一度裏切られている。それは中国が1949年に共産党の手に落ちた時で、誰が中国を失ったのかという犯人探しをアメリカ国内で引き起こした。これが1950年代の赤狩りの引き金を引いたともいわれている。

鄧小平の改革開放路線以来、アメリカは再びこの期待を膨らませた。中国に対して、こうした期待を抱いたのはなにもアメリカだけではないだろう。しかし、アメリカでとりわけこうした期待は強かったように思う。冷戦が終わり、リベラル・デモクラシーの「世界化」という趨勢の中で、困難ながらも「こちら」の方に向かって歩いてきているとみなされた。天安門事件という揺り戻しはあったものの、歴史上類を見ないスケールとスピードの経済成長は、中国に相当数の中産階級を生み出し、彼らが中心になって少しずつ変化の機運が高まっていく。そう考えられていた。

しかし、いまのアメリカにそうした楽観的な期待はもはやない。こうした変化が起きたのは2010年代半ば頃だろう。なにか1つ決定的な事態が発生したというわけではない。むしろ、中国によるいくつもの行為が積み重なり、アメリカの側にもう米中関係については予定調和的な楽観論は成立しえないという意識が集合的に共有されたというところだろう。その意味で、仮に2017年にクリントン政権が誕生したとしても、従来的な関与政策が主流になっていたとは考えにくい。

そうした中国に対する不信感が高まる中で発足したトランプ政権は、米中関係をさらに1段階も、2段階も厳しいものに引き上げた。まずは、いくつかの戦略文書で、米中関係が「大国間競争」の状態にあることを認め、中国を「修正主義勢力」と指定した。「修正主義」は、「現状」を実力行使に訴えてでも変革するという意味合いがあり、非常に強い言葉だ。さらに、中国は米国にとって、「敵(enemy)」ではないものの、覇権を巡って対抗関係にある「対抗国(adversary)」とした。

その後も、政権から厳しい発言が続いた。2018年10月のペンス副大統領のハドソン研究所におけるスピーチは、米中対抗関係が後戻りできない地点に差しかかりつつあり、米国が引き下がるつもりはないことを確言した。さらにこの6月から7月にかけても4人の政府高官が中国との対決姿勢を鮮明に打ち出したスピーチを行った。その初っ端を飾ったオブライエン大統領補佐官(国家安全保障担当)は、西側は中国の共産党は名ばかりの共産党だと信じようとしてきたが、それが紛れもない共産主義政党であり、レーニン、スターリン、そして毛沢東の思想を継承する全体主義政党だと認識すべきと言い切った。

そして、連続演説を締め括ったポンペイオ国務長官は、もし21世紀を「中国の世紀」ではなく、「自由の世紀」にしたいならば、「盲目の関与」は続けるべきではないし、そこに戻るべきではないとはっきりと述べた。ポンペイオ国務長官は、この演説を行う場所を注意深く選んでいる。それは、米国の対中関与政策を打ち出したニクソン大統領を記念する「リチャード・ニクソン大統領図書館・博物館」だった。

日本は、アメリカでG2論が提唱された時、中国はそんなに甘い相手ではないとアメリカに対して警告を発した。日本にとっては、アメリカの方が日本よりも少し中国にタフなくらいがちょうどいいという感覚がある。11月の大統領選挙の結果も作用してくるが、もしアメリカが本格的に対中強硬路線に切り替えたとするなら、こういう悠長なことはいってられなくなる。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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