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【特集:新春対談】
新春対談:ポストコロナへ向けた大学のあり方

2021/01/08

これからの世界標準の大学の教育・研究

長谷山 コロナの話に戻るのですが、大学もオンライン授業やオンラインの会議を始めて、APRUやWEF(世界経済フォーラム)の学長会議でも何度かZoomによる会議を開き、どのようにこの危機を乗り切っていくかを議論しました。世界の大学のトップとの間で共通認識となったのは、ハイブリッド型の教育研究が今後は主流になっていくだろうということです。上手に使えば、教育・研究にしろ、研究者同士の国際交流にしろ効率的かつ広汎にやっていくことができるだろう。どのようにこの精度を高めるか、どういう共通プラットフォームをつくっていくかが課題になっています。

そのようにしてできあがっていくであろう新しい時代の世界標準にきちんと慶應も適合していく。その上で慶應らしい特色を出していく必要があります。今、慶應義塾の教育研究をご覧になって、今後、何かこうあったほうがよいのではないかというお考えはありま すか。

中谷 コロナは、全ての分野で今までのトレンドを加速し、課題を拡大するであろうと断言できます。教育も含めて、今までもデジタル化が進展してきたわけですが、それが加速・拡大することは明らかです。

今から2年前、シンガポール大学でAPRUの会議をした時に、シンガポール大学に新設された米国デューク大学との共同医学部の講義に参加させていただいたことがあります。それが非常に印象的だったのです。基本的には講義はない。ビデオを事前に見てから教室に来いということで、教室では徹底的に問題解決の知的体力エクササイズなのです。手元にボタンがあってクイズに答えていき、連続して間違えると、こいつは勉強していないと判断される。それに併せて次はこういう課題を考えろとか、これを読めと個別指導をしていくのです。

今、姿を現しつつあるハイブリッド型の講義を、既にシンガポール大学は始めていたわけです。たぶんこれからはこのような授業形態がニュー・ノーマルなものとして進んでいくと思うのですが、大学として大変だろうなと思うのは、教育資源、端的に言えばお金もかかることなので、そういったソフト面の投資がこれからは大きな課題になるのではないかということです。

長谷山 全く同感です。今おっしゃったのは反転授業という形で、十分に予習をしてもらって、教室では議論を中心にすることで、その授業が機能していくということですね。加えて、教室に集まっている学生とZoom等で受けている学生、両方に授業を行うという意味での混合型、ハイブリッドもありますね。

もちろん対面型の教室でも質問や議論はできます。しかし、オンライン型でやるとチャットを使うなど同時多発的な議論が生まれるし、いろいろな新しい効果の発見もありました。それを今度はどう対面型とうまく組み合わせて教育の向上につなげるか。それがこれからの大学の方向性になると思います。それには確かにシステムやセキュリティの強化やいろいろなインフラ整備に相当な投資が必要ですね。

私が今、施設関係の方にお願いしているのは意識の切り替えです。デジタルとアナログ融合の時代には、1つの建物を建てると、それと同じぐらいの額のソフト面とかシステムとか、IT系のお金が必要だし、そのぐらいのつもりで施設をつくっていかなければ追いつかない。施設をつくれば、その建設費と同じものを投入する覚悟で教室や研究所をつくっていくつもりでお願いしたいと言っています。

中谷 それは素晴らしいお考えですね。Zoomの会議は楽じゃないかと思う人がおられますが、それは大間違いで、オンラインだからこそ中身を充実させなければいけないし、プレゼンテーションの仕方も工夫しなければいけない。講義をする教員以外のサポートの方々の配置もずいぶん変わるのではないでしょうか。例えば、ビデオの収録をストレスなくサポートしてくれるような技術の方が必要になってくるでしょう。

5月にオンラインで行われたWHOの総会などを見ても、むしろ途上国のほうが先進国よりも一生懸命やるし、きれいに撮るのです。ルワンダとか、デジタル先進国を目指そうという国は非常にきれいな画面で中身もよかったです。日本も中身はとてもよかった一方、画像の質はちょっと残念でしたが、今は大幅な改善がみられています。

先進的な取り組みと伝統のハイブリッドモデル

長谷山 国の政策としてのソサエティ5・0では、サイバー空間とフィジカル空間が融合するような社会で幸福を目指すと言っています。であれば、サイバー空間にもフィジカル空間と同じぐらいの資金を投入して、設備を整備していかなければそれはできないので、やはり国を挙げてやっていく必要があるだろうと思います。

ただ慶應の場合には、そうした先進的な取り組みの一方、今まで伝統の中で培ってきた教育、人材育成も大事です。特に重要なのは、先ほどから申し上げている通り、慶應義塾は人間関係で成り立っていると言ってもいいような大学なので、キャンパスにおける仲間との触れ合いや教職員との交流の機会をどのように再構築していくかです。

「人間交際」を大切にする教育によって、財界、政官界、芸術界、スポーツ界、学界、法曹界、医療界等、社会のあらゆる分野をリードする人材を送り出してきたと思うのです。これが慶應の特徴ですので、これをきちんと守ってさらに発展させるという方向に頑張っていかなければいけないと思います。

中谷 そのモデルができたら素晴らしいですよね。教育論としても素晴らしいし、社会への貢献になります。考えてみると、今、私たちが相手をしている学生は大体20歳ぐらいで、彼らが一番活躍するのは、これから30年後、2050年頃でしょう。だから、そういう方々が活躍する社会、そこで生きて文明を開いていけるように、未来から逆算したバックキャスティング思考で指導をしなければいけないと思います。

2050年と言うと、日本の人口は1億人を切るし、経済規模もたぶんインドネシアより小さくなる。今は太平洋の時代ですが、その頃はインド洋周辺の国、そしてアフリカの人口が増える。このようなシフトの中で慶應義塾がグローバルな大学として発展していくためには、塾長の手腕は今後とても重要ではないかと思います。まさに時代の変わり目だと感じます。

長谷山 そうですね。時代をつくるということですね。「災い転じて福となす」と言いますが、このコロナ禍を逆にチャンスと捉えて、教育や研究や医療に、インフラをきっちりと再構築、土台を強化してさらに発展するということだと思います。

中谷 福澤諭吉先生の『学問のすゝめ』第五編には、「進まざる者は必ず退き、退ざる者は必ず進む」という言葉がありますね。その言葉がまさに今の時代に現実感をもちます。

長谷山 ぜひそういう方向に向かって頑張りたいと思います。

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