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【特集:変わるインドと日本】
座談会: 大国化するインドとどうつきあうか

2019/11/05

社会構造の変化に合わせたビジネス

竹中 農村の貧しさを背景に、田舎から都会に出稼ぎに来た人々が安い賃金で仕事をする。そういう社会は高度成長とともに変わり、出稼ぎの人々にももっと良い雇用の機会が増えて、相当なお金持ちでないと家内で働く人を確保できなくなってきました。中流の家庭では、多くの家事を自ら行うようになっています。保険やヘルスケアなども必要になってきています。

戦後日本は経済成長によって都市化・核家族化が進み、電化製品の普及や社会サービスの充実によって家事労働を補完してきました。そういう生活に関わる領域で、日本とインドのウィンウィンの協力が、もっと進められるのではないかと思っています。

二階堂 家事労働の負担はインドでも日本でも一緒ですね。また高齢化も同じように辿っていくはずなので、日本の経験とインドの技術を活かしたものができるといいですね。

竹中 生活家電はもちろんですが、保険、年金、ヘルスケアなど社会サービスや高齢化への対応についても、日本は強みがあると思います。洗濯機もずいぶん普及しましたし。

二階堂 パナソニックが、カレーの汚れが落ちるものをつくったんですよね。

竹中 それは日本でも売ってほしい(笑)。

二階堂 昔は洗濯を生業としていた方が、従来のカーストを離れて違う仕事に就いているということだと思うのです。カースト意識が薄れてきたというのもあるかもしれません。

武鑓 生活密着型のビジネスをやるのであれば、日本から、インドへ出張して、マーケット調査をして、日本中心に企画・開発するモデルというのは、成り立たなくなりつつあります。インド人を含めた、インドに根付いたチームをつくり、そういう人たちを中心にして考えなければいけないと思います。

日本企業にとって競争相手になる、グローバル企業の巨大拠点はインドにあり、ハイエンドな研究開発やソフトウエア開発、製品開発に携わっています。そして、もともとはインド向けはやっていなかったのに、最近はやり始めています。

日本企業は、日本人同士で議論して、素晴らしい製品やサービスを企画・開発して、世界で販売することで、過去に成功してきました。ただ、このモデルは限界に来ています。すでに競争相手は、インドで、新興国向けの製品を開発する体制ができつつあります。今後ビジネスの中心が先進国からインドを含めた中東、アフリカなどの新興国にシフトするにあたり、「インドとどうつきあうか」が、私は勝負だと思っています。ここで腰が引けると、グローバルビジネスはかなり厳しいと思います。

巨大マーケットをどう捉えるか

竹中 これだけの市場と労働力がありますものね。先日の台風では関東地方でも停電がたくさん発生しましたが、数年前に、バッテリー装備で停電時にも使用できるテレビを東芝がインドで販売する、というニュースを見たことがありました。そういった製品は、日本も逆輸入すればいいのになあ、と思った記憶があります。

武鑓 バンガロールにナラヤナヘルス病院という心臓手術で有名な病院があるのですが、そこでは1日30件以上の心臓手術をしています。日本の10倍以上の数です。圧倒的な数の患者とその治療経験を通じて大量のデータが集まってきます。そしてITテクノロジーを活用する力を持っています。

これらを組み合わせると、私はIT産業以上に、医療産業でもいろいろなことが起こってくるような気がしていているのです。実際、ヘルステックと言われる分野のスタートアップも増えています。

日本は、やはりいろいろなソリューションなどの技術開発をもっとインドと連携すべきだと思います。

竹中 また、インドではエンターテインメントが大変な巨大産業で、ボリウッドもそうですが、ネットフリックスなども水準が高いんですね。

日本にもアニメーションなど、インド人が関心を持つものがある。エンターテインメントの分野でも、ソニーや日活など日本の代表企業がインドの企業とどんどん協力してもらいたいです。ハリウッドはすでに、アウトソーシング先にボリウッドを使っているので、高い水準の技術を持っています。

武鑓 インドに着任した頃に世界的にスマホが普及し始めました。当然、インドでもそうでしたが、日本で売られているようなハイエンドモデルではシェアは取れません。やはり本気でミッドレンジを強化すべきだと思いました。一般に日本企業は高付加価値のほうが儲かると考えて、難しい市場では、ハイエンドに行く傾向があります。しかし、インドでは、爆発する市場にむけて、ミッドレンジからローエンドに力を入れないと勝てないのです。韓国企業、中国企業はそこに注力しています。

日本の方々は、インドは薄利多売で難しいと言いますが、インドではその価格帯ですごい勝負が行われているわけです。

二階堂 決して薄利ではないですよね。

武鑓 そうです。巨大マーケットなので、ここを外せないという認識を持っていないといけないと思います。

二階堂 インドが東南アジアと違うのは、すでに地場企業として昔から財閥の企業があって、そこが競合相手になることですね。ミドルやローエンドの部分はその地場産業のブランドが強くて、彼らは豊かになっても、TataやRelianceといったところの製品を使うんですね。

韓国企業がそのローエンドからミドルを攻めているということは、消費者がハイエンドになったとしても、サムソンの冷蔵庫を買うということなんです。サムソンとLGの冷蔵庫が画期的なのは、鍵が付いていることです。これは、子供のためでなくメイドさんが勝手に開けないためです。それが割とスタイリッシュで、安価で売られているのです。

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