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【特集:変わるインドと日本】
座談会: 大国化するインドとどうつきあうか

2019/11/05

停滞する日本、変化が激しいインド

武鑓 インドに住んでいるとやはり不便なことがいっぱいあるので、たまに出張で帰ってくると、日本は本当によくできている社会だなと思います。ところが何が問題かと言うと、インドはどんどん変化して発展している一方、日本は、なんとなく停滞していて変化がないところです。ほかの国がとても真似ができないぐらい素晴らしく、特別な国になっている気がします。ただ、将来、この国で生まれた子どもたちが、この環境が当たり前だと思って育っていくと、世界に出ていけないだろうなと思うのです。

インドでは、お金持ちの家に生まれても、一歩家を出ると、カオスの中で翻弄されながら生きざるを得ないのです。そういう人たちは、アメリカでもどこでも生きていけるのです。やはりインドに育った若者たちのあのアグレッシブさ、環境をマネージする力というのは圧倒的に強いのではないかという気がしています。

神田 7、8年前、日本のいくつかの大学が合同で、スタディー・ジャパンツアーでインドに行ったんです。デリーとチェンナイとハイデラバードと、いくつかの都市を回ったのですが、本当に人が来なくて。

来た人に、なぜ日本に留学したいのかと聞いたら、8割は治安がいいと聞いたから、と答えていました。治安がいいことしか知られてないというのがちょっとショックでした。

竹中 そこはモディ政権になって変わりました。最近では日本関係のイベントをすると多くの人が集まります。2014年以降は、日本語を勉強したいインド人も確実に増えています。

武鑓 ソニー本社でもIITから採用をしていて、内定が決まった後に、2カ月ぐらい集中的に日本語を勉強させると、それなりに話せるようになります。もともと英語や、ヒンディー語、さらにはインドのローカル言語をしゃべっていますから、その気になれば、日本語の壁なんてすぐに乗り越えられる人材も多いのです。

インド人学生を交換留学や企業のインターン制度で、日本に2カ月ほど滞在させると、日本が素晴らしい国だというのが理解され、日本に留学したい、就職したいという気になるのですが、インドにいる若者たちに、どうやってその魅力を伝えるか。そこが日本としてのチャレンジだと思っています。

竹中 工業専門学校が日本経済の成長を支えたという発想から、インドに進出する日本企業は人材育成に関心を向けています。トヨタ、ダイキン、日立などの主要企業が、政府の推進する「日本式ものづくり学校」に参加しています。CSR的な役割も果たしており、とても良いことだと思います。

武鑓 バンガロールにはトヨタさんの生産拠点があるのですが、その側にトヨタ工業技術学校というものがあります。カルナタカ州の貧しい子どもたちを毎年60名ぐらい採用しているそうです。そこで3年間のトレーニングをして、成績のいい人はトヨタに入ることができるそうです。ノートを見せてもらうと、驚くほどきれいな字を書いています。貧しい家庭に生まれた子供でも、きちんと教育をすればすごく伸びていくそうです。そういう人たちが、トヨタ車の生産を担っていて、当時私が乗っていた車種は彼らがつくったものだ、と言われて感動しました。

最近は、社内の技能オリンピックなどでも、インドのチームが結構頑張っているそうです。多様性のある人材がいるので、貧しい人の中にも本当に優秀な人がいる。そういう人々を支援することも重要なのだと思います。

進む女性活躍

神田 二階堂さんが女性の起業家の研究をされているとお話しされましたが、インドの女性進出についてはいかがでしょうか。IT業界では、現実にどのくらい女性の活躍できる場が提供されているのでしょうか。

武鑓 ソニー・インディア・ソフトウェア・センターではインドの大学から、毎年5〜60名を採用していたのですが、そのうち2割から3割は女性でした。女性でもエンジニアリング系の大学に進めば、IT企業などの条件のいい仕事に就ける可能性があるので、優秀な方々は、男女問わずエンジニアリング系の大学を目指します。その中で、女性はインド社会では虐げられていたということもあり、非常に頑張るのだと思います。

ただ、大学の中での女性比率はIITなどを見ても10%ぐらいでそれほど高くはない。でも、入社後、男性は条件がよい会社に次々と転職することがあるのに対し、女性は定着率がよく、結婚してしまえばほとんど動かない。そのこともあって、IT業界の中では、結構女性は活躍しているような印象を私は持っています。

インドのIT系のスタートアップの創業者にも女性が増えています。ついこの間も、インドで初めて女性の創業者の企業がユニコーン企業になったという話がありました。バンガロールには、Bioconという世界的なバイオテクノロジーの会社がありますが、女性が創業者で現在もトップで活躍されてます。日本以上に女性が起業して、成功している方が多いと思います。

竹中 インドでは、宗教やカースト、民族など、女性に厳しい古い規範や慣習が根強く残っています。逆に、身分の高い豊かな家の女性には、特権的な扱いもなされてきました。ジャワーハルラール・ネルーの1人娘インディラ・ガンディーさんは首相になりましたし、父から大会社を継ぐ女性もいます。

とはいえ今日では、貧しい家庭に生まれても、努力して奨学金を獲得して大学で学び、自分の能力を生かして活躍する女性が、経済、政治、大学などさまざまな分野で登場しています。

少し前までFICCI(インド商工会議所)会長や、インド第2位のICICI銀行のCEOも女性でした。日本では大手銀行の頭取に女性がなったことはないと思います。その点では、インドには先進性があります。

武鑓 数年前ですが、世界的な通信機器メーカーであるCiscoのチーフ・テクノロジー・オフィサー(CTO)はインド人女性でした。途中から、彼女はチーフ・ストラテジー・オフィサー(CSO)も兼務しました。これはすごいことだと思いました。

昨年までは、ペプシコのCEOもそうでしたし、先日IMFのチーフエコノミストもインド人女性がなりましたね。本当に驚くほど世界にも出て行っています。

二階堂 インドでは6年前に会社法が全面的に改正され、取締役会に1人必ず女性を置かないといけないのです。

今は大学に合格する男女比を見ても変わらない。テストのトップで入ってしまうくらい優秀な女性が多いです。でも、勉強している間はいいのですが、卒業すると、家からのアレンジド・マリッジ(見合結婚)のプレッシャーがあるので、高等教育を受けた方でも、家事手伝いをしたり、すぐに結婚しなければならず、あまり人材が活かされていなかった面があると思います。

インドのMBAの大学院大学では、コマース系やファイナンス、アカウンティングに女性が増えてきて、その背景には結婚時期を遅らせたいという理由もある。さらに知識を付けて、専門家として働けるのであれば、結婚してからも働きたいと思っています。最近はエンジニアだったり、プロフェッショナルな部分で、女性も進出し継続してキャリアを積んでいるのかもしれないですね。

神田 10年ぐらい前までは、エンジニアは男子学生が圧倒的でしたね。女性は文系か、あと数学科はやたらと女性が多い。

竹中 そうですね。力仕事で手を汚すみたいなところにはあまり行かないで、ファイナンス、コンピューター、IT、経営の分野には、女性は結構多いと思います。

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