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【特集:変わるインドと日本】
座談会: 大国化するインドとどうつきあうか

2019/11/05

2期目のモディ政権のリスク

神田 今後のリスクはどういうことが考えられますか。

竹中 ルピーの国際的な価格が下がっていますので、中東情勢が不安定化し、オイルショックが起これば石油価格が上がって、石油を買うインドにはマイナスの影響が出るでしょう。仮に、中東で戦争が起こった場合、中東で働くインド系移民からの本国送金が大幅に減少することもありえます。

もう1つ気になるのは、2期目のモディ政権の経済政策に対し、不信感を持つ国民が増えている点です。まず、一般の人たちです。自分の生活が苦しくなり、リストラに脅えて暮らさざるを得ない人々にとっては、いくら政府が良い統計数字を発表しても、容易には信じられないでしょう。

今のところ、政府の政策に対する国民の信頼回復は、やや困難な感じです。状況を反転させるために、メディアなどへの規制が強められるようなことになると、国外の投資家にとっても不利益になるのではないかと思います。

次に、経済のエキスパートがモディ政権から離れつつあるのではないか、ということです。1期目には、アメリカで活躍するMITやハーバードなどの研究者が、政策ブレーンとして迎えられました。インド準備銀行の総裁を著名なラグラム・ラジャンが務めていたことも、インドへの信頼を高めました。けれども、高額紙幣廃止を前にラジャン氏は辞任し、首相に近いとされる人が総裁に任命されました。この人も昨年末辞めましたが。

つまり、インド経済と、シリコンバレーやアメリカの経済、さらにはグローバル市場をうまくリンクして動かそうとしていた、経済政策のエキスパートが、モディ政権に対する姿勢を変えてきているように見えます。

最後に日本と関わるところで言いますと、マルチ・スズキ・インディアという、インドの自動車市場で半分以上のシェアを持つインド・日本の合弁企業が、今年に入り36%利潤を下げました。3000人の雇用をカットし、2つの工場を一旦休業したと伝えられます。つまり、インドの国内市場で車が売れていない。先頭を切るスズキがそうなので、ほかはもっと下げています。

多くの人々を雇用し、経済成長を引っ張ってきた企業のこうした数字は、経済成長が鈍化している事実を示しています。モディ政権はここからの回復をもたらすことができるか。それが問われていると思います。

キャッシュレス社会の進展

神田 バンガロールのグローバルなIT産業についてモディ政権は、どのようなスタンスなのでしょうか。

武鑓 インドのIT産業というのは、基本的に政府が余計な関与をしなかったから成長してきたという考え方があります。

モディ政権の前の国民会議派(コングレス党)政権のときに、UIDAI(インド固有識別番号庁)が、アーダール(Aadhaar)という、国民の指紋と目の虹彩を取って識別する国民識別制度を導入しました。今ではインド13億人のうち12億人以上が目の虹彩と指紋を登録し、いろいろなサービスを受けています。非常によくデザインされたアーキテクチャーで、モディ政権も、前政権の政策を否定せず、それを受け入れて推進しています。

もともとインドは銀行口座を持っていない人が多かったのですが、導入の結果、銀行口座を持つ人が増え、キャッシュレス化もどんどん進展しています。私がインドに住んでいた2015年ぐらいまでは、まだキャッシュで生活していたのですが、最近インドの知人に聞くと、2016年の高額紙幣廃止以来、ほとんど現金を使っていないと言います。

アーダールをはじめとして「インディア・スタック」というアーキテクチャーがあり、日本でも実現できていない、新しいテクノロジーを使ったプラットフォームが活用されています。インド社会はどんどん変化しているように私には見えています。

竹中 私もIT分野は、インド経済の一番の強みであり続けると信じています。今後、5Gやスーパーコンピューターについて、日本が技術的な突破を目指すなら、インドとの連携は必須ではないでしょうか。

モディさんはスマートシティーとかデジタル化は大好きなんですよ。商人の出で、子どものときからチャイワラ(チャイ=お茶、の売り子)だったという話は有名ですが、ごちゃごちゃして貧乏くさいことは、たぶん好きではないのですね(笑)。

だから、北欧みたいなキャッシュレス社会にしたいと夢見て、高額紙幣を廃止したりする。逆にIT業界やインド工科大学の先端的な技術者もモディさん大好き、というところがある。ですから、今後もITにはかなり力点を置いていくと思います。

神田 2016年11月の高額紙幣廃止のとき、私は北東部のメーガーラヤ州のチェラプンジという世界で最も雨が多い場所にいたのですが、平地に下りてきたら現金が使えなくなっていることに衝撃を受け、そこから私の中でキャッシュレス化が始まりました(笑)。

その直後から、コルカタの某銀行で資料の閲覧をしていたのですが、銀行内のATMだと希少になった100ルピー紙幣が出てくるのに、外で並ぶと新しい2千ルピー紙幣しか出てこない。私はたまたま銀行内にいたので、行員と同じようにすごく得をしたんです。外の人は長い列をつくっていました。

二階堂 私も並びましたよ。

神田 2千ルピーというのは、やはり「おつりはない」と言われ、使えないですよね。普段買っている八百屋でモノが買えなくなってしまった。そうしたら、その八百屋もIT化し始めて2カ月でペイティーエム(インドの電子決済)が使えるようになったんです。

竹中 そうしないと生きていけなかったんです。

武鑓 また、Uber(ウーバー)やOla(オラ) Cabなどの配車アプリは、日本ではなくても困りませんが、インドだと圧倒的にベネフィットがありますね。値段交渉をしなくていいですし、言葉が通じなくても行き先が伝えられますので画期的です。

神田 UberやOla Cabがあることによって、女性が動きやすくなったという面も、すごくあると思います。ルートがスマホに表示されるので、違う道を通っていないかどうかも全部分かりますし。

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