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【特集:変わるインドと日本】
座談会: 大国化するインドとどうつきあうか

2019/11/05

  • 竹中 千春(たけなか ちはる)

    立教大学法学部教授

    1979年東京大学法学部卒業。東京大学法学部・東洋文化研究所助手、立教大学法学部助手等を経て、2000年明治学院大学教授。08年より現職。専門は国際政治、南アジア政治、ジェンダー研究。著書に『盗賊のインド史―帝国・国家・無法者』『ガンディー 平和を紡ぐ人』等。

  • 二階堂 有子(にかいどう ゆうこ)

    武蔵大学経済学部准教授

    2004年法政大学大学院社会科学研究科経済学専攻博士課程満期退学。同年東京大学社会科学研究所助手。2007年武蔵大学経済学部専任講師。2010年より現職。専門は開発経済学・インド経済。著書に『現代インド・南アジア経済論』(共著)等。

  • 武鑓 行雄(たけやり ゆきお)

    元ソニー・インディア・ソフトウェア・センター社長

    塾員(1976工、78工修)。大学卒業後ソニー入社。2008年ソニー・インディア・ソフトウェア・センターに責任者として着任。現在、インドIT業界団体(NASSCOM)の日本委員会・委員長。著書に『インド・シフト 世界のトップ企業はなぜ、「バンガロール」に拠点を置くのか?』。

  • 神田 さやこ(司会)(かんだ さやこ)

    慶應義塾大学経済学部教授

    塾員(1994経、97経修)。2005年ロンドン大学SOAS Ph.D(History)取得。大阪大学大学院経済学研究科講師、慶應義塾大学経済学部准教授を経て2013年より現職。専門はアジア経済史、南アジア史。著書に『塩とインド:市場・商人・イギリス東インド会社』等。

圧倒的な生産年齢人口

神田 今日はそれぞれの分野でご活躍の方々とともに、インドについて議論していきたいと思います。

1990年代半ばくらいから、インドは経済成長が著しく、特にモディ政権(2014年〜)となってからは「モディノミクス」という言葉でその経済発展が語られてもいます。そして2020年代には総人口で中国を抜き世界一に踊り出る超大国となりますが、反面、社会の変化は著しく、経済格差や地域格差の問題もあると思います。

まず、読者の方が一番関心を持っているのは経済だと思いますので、そこから話を始めたいと思います。二階堂さんいかがでしょうか。

二階堂 モディ首相も日本に来るたびに訴えていますが、とにかくインドは若い働く世代、15歳から64歳までの生産年齢人口が圧倒的に多く、それが低賃金労働者の源であり、またマーケットとしても成長の要因になっています。

インドの場合、輸出が昔からそれほど振るいませんので、国内消費が成長のカギを握ります。そこに規制緩和や、グローバル化の進展があり、成長の要因になっているのだと思います。

その巨大なマーケット、労働市場をうまく活かそうということで、モディ首相が、「メイク・イン・インディア(インドでものづくりを)」やベンチャー企業育成のための「スタートアップ・インディア」という政策を打ち出し、モディノミクスと呼ばれるようなスキームを展開しています。

しかし、製造業は経済自由化(1991年)以前からの規制が長く続いていて、例えば労働関連法のなかに産業紛争法というものがあり、100人以上雇用する事業所が労働者を解雇する場合、州政府から許可を得なくてはいけないというものがあります。そのため、中国などのように、海外から大きな製造業の工場が進出することが難しかったのです。

グローバル化の時代に、景気状況に合わせて労働者を調整できないのは、やはり輸出競争力の面で厳しい。また電力などのインフラが未整備であることも、大きなマイナス要因としてありました。そういったことから大きな工業部門がなかなか育ちにくかった面もあります。

その一方、規制と関係がなかったサービス業が経済自由化以降、グローバル化、IT化の波によって伸長しました。サービス業は、供給サイドの成長の源泉として挙げられると思います。もちろん急成長を遂げたIT産業もそうですね。

神田 インドでは中小零細規模の工場が所得と雇用をかなり生み出していて、遅くとも1950年代ぐらいからのインド経済を支えてきたという議論もあります。

小さな工場は、労働関連法などが厳しく適用されずに、フレキシブルに展開しているような形なのでしょうか。

二階堂 全企業数の90%以上は中小零細企業と言われ、インドはミディアムがなくて大か小しかない、「ミッシング・ミドル」と言われる現状なのですが、中小零細企業は1950年代から政府の優遇政策を受けてきました。

雇用創造や地域間格差のない均整成長のためにも、政府が支援をしてきたのです。しかし、支援政策が長く続き、保護主義的過ぎたので、経済自由化後も輸出競争力がありませんでした。そういったところが中国と違い、日本企業が、ローカルな中小零細企業を使うことが難しかった理由です。

その一方で、政府の政策を上手く利用した中小企業もあると思います。中小零細企業の多くは、労働関連法の適用も受けませんし、経済活動が比較的自由です。ある意味インフォーマルな部門になっている。ですから、やり手の方は会社を大きくせずに分割したり、別会社をつくったりして法の適用を受けないようにしている方もいます。

このようなベネフィットがあることが、大きな企業が生まれない要因にもなっている。政府は今、労働関連法案についても改革を進めていると思いますが、州との共同管轄でもあり、なかなか難しい事情もあるようです。

神田 全体としては貧困率も減少し、経済はよくなっているのだと思います。多くの人々に富が行き渡っているという印象は持っていらっしゃいますか。

二階堂 私の研究対象は製造業の中小零細企業ですが、2015年に女性起業家の調査のため、バンガロールに住んでいました。スラムも含めて、やはり絶対的な貧困は少なくなっていて、皆、豊かになり、耐久消費財の所有も増えていると感じました。

でも調査をしていくと、収入は得ているけれども情報がない。女性起業家に「あなたの3年後はどうなりたいですか」と聞くと、「考えたことがない」という感じです。おそらく当座の生活自体には問題ないと思います。農業をやりながら食品や手芸品を売るなど自営業を営んでいる人が多く、特に南部は発展していることもあり、月々の収入は割と高いのです。

ただ、そもそも帳簿をつけていない人がたくさんいらっしゃるので、どうやって事業を拡張したらいいかが分からない。現在、政府がベンチャー育成に取り組み、中小零細企業が増えているのですが、事業開始以降のサポートが十分ではありません。起業することは容易になったと思いますが、継続はなかなか難しいという人もいます。

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