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【特集:変わるインドと日本】
座談会: 大国化するインドとどうつきあうか

2019/11/05

急成長のインドIT産業

神田 バンガロールと言えば、インドIT産業の中心ですね。武鑓さんが見て来られた、バンガロールのインドの人たちはおそらくまた別の様相があるかと思うのです。

武鑓 私は、ソニー入社後、ずっとコンピューター関係の開発に携わっていました。シリコンバレーに毎月のように通っていた時代もあり、アメリカが圧倒的に世界の中心だと思っていました。ところが2008年10月から「インドのシリコンバレー」、つまりバンガロールに行くことになり、結果、7年そこに駐在しました。

そこには、ソニーの開発の拠点があり、着任当時は600名ぐらいだった従業員が、ピーク時には1800名ほどになりました。しかし、アメリカ勢、ヨーロッパ勢、中国勢、韓国勢のグローバル企業は、バンガロールにもっと巨大な拠点があるのです。

当初はアメリカなど先進国が、英語が通じるし、コストが安いからという感じで始まった産業ですが、今や決して下請け的な仕事ではなく、とてつもなくハイエンドな仕事をやり始めています。しかし、日本の経営者、知識人、IT関係者の多くは、いまだにインドに古いイメージを持っていて、しかもインドに行ったことがないので、インドの変化や、IT業界の最新状況をほとんどご存知ないのです。

そこで、世界中のグローバル企業がなぜインド、特にバンガロールに集中的に巨大拠点を作っているのかを説明するために、昨年『インド・シフト 世界のトップ企業はなぜ、「バンガロール」に拠点を置くのか?』という本を出しました。帯文句は「日本企業はシリコンバレーへ。シリコンバレー企業はインドへ」です。

シリコンバレーの企業は、インドの拠点を拡大し、今まさにGAFAやマイクロソフト、インテルなどのアメリカ企業、またボッシュ、シーメンス、SAPなどのドイツ勢も巨大拠点をバンガロールに置き、新しいテクノロジーの開発をインドで行っているのです。グローバルに技術革新がどんどん進む中、新しいテクノロジー分野ではインドが急速に力をつけてきています。

この「インド・シフト」というのは、「インドマーケットが大きいからインドに行きましょう」というのではなく、企業がグローバルに生き延びるつもりなら、インド市場とは関係なく、インドとどう戦略的に連携するかが非常に重要になっている、ということです。

神田 ベンチャー企業の伸びもすごい勢いのようですね。

武鑓 最近は、AIとか、IoT、ブロックチェーンなど、新しいテクノロジー関連のスタートアップが増えています。私が2008年に着任した時は、ちょうどスマートフォンが登場したタイミングで、あっという間にこれが普及し、グローバル企業に勤めている若者がスピンアウトして、スタートアップブームが起こりました。

Amazonのインドに勤めていた若者2人が起業した会社がちょうど私の家の前にありました。Flipkart(フリップカート)という会社で、たちまち時価総額2兆円の会社に成長し、最終的には昨年Walmartに買収されている。そのように、目の前でとてつもないことが起こっています。まさにユニコーン企業(評価額10億ドル以上の非上場で設立10年以内のベンチャー企業)と言われる会社が続々と登場してきています。

ここ数年でインドで生まれたユニコーン企業は20数社ありますが、日本では1社か2社です。特に今、アメリカのシリコンバレーで経験のあるインド人ベンチャーキャピタリストがインドに戻ってきて支援をしているので、アメリカ市場を最初から狙うスタートアップもいます。そのように驚くことがどんどん起こっています。

インドのIT産業から世界を見ると、9割方がアメリカ、ヨーロッパで、対日本向けというのは1%以下で、非常に小さいマーケットなのです。日本人は、コストが安くて優秀な人がいればいいと思っている節があって、インドが獲得しているテクノロジーのレベルをまったく理解していないと思います。

バンガロールに駐在されている日本企業の方から、「武鑓さん、ここのどこがシリコンバレーなんですか」と聞かれることがあります。駐在されている方は、日本企業の販売拠点や製造拠点の方が多く、IT関連の方は極めて少ないです。従って、生活面やビジネス面でインド的な苦労をされていて、バンガロールのIT業界に関してはほとんどご存知ないのが実情です。

インドのIT産業は400万人の規模で、人口比で言えば0.3%ぐらいに過ぎません。それが世界に大きな影響力を持ち、ここ20年で20倍ぐらいの規模となり、圧倒的に成長しています。構造的に見ても、技術革新が進んで、ビジネスの中心が新興国に移れば移るほど、インドが中心になり、グローバルビジネスの中心的な役割を担う国になるのは間違いない、と私は思っています。

経済成長とその停滞

神田 それでは、竹中さんに政治学の視点から、今のインドをどう見られているか、お願いいたします。

竹中 モディ政権は今年から2期目に入りましたが、どのような政策を展開しているか、どのようなビジネス機会が拡大しているのか、国としてどのようなリスクが存在しているのか、という話をしたいと思います。

まず経済成長の面です。21世紀に入った頃からインド経済は急成長を遂げましたが、リーマンショック後に停滞して、外資が逃げてしまい、苦しい時代になった。2014年に成立したモディ政権は、「経済成長10%」と謳ったわけです。世界の市場も歓迎し、モディ政権の1期目は、日印の協力関係が良好だったこともあり、「インドは買いです、投資しましょう」という雰囲気がとても強くなった。実際に7〜8%の経済成長になりました。

ところが、今年、2期目のモディ政権は打って変わって、かなり厳しい予測から始まっています。去年ぐらいから、「実はこんなに高い成長率ではないのでは?」と言われていましたが、7%以上の高い成長率を維持している、と政府は主張し続けました。しかし、最近の政府発表はそれを下方修正し、現在IMFやOECDによると、6%台どころか5%台ではないかとも言われます。インド系のある経済学者は、4%台かもしれないと指摘します。

けれども、成長ファクターは多々あります。二階堂さんがおっしゃったように、非常に若い、20代の半ばぐらいが平均年齢の分厚い人口ボリュームがあって、しかもIIT(インド工科大学)もどんどん増設され、多くのエンジニアを輩出している。ですから、モディ首相が言うように、インドが工業国、「メイク・イン・インディア」になる力は十分に備えていると思います。

実際、武鑓さんがおっしゃったように、ITやテレコミュニケーション、コンピューター、あるいはボリウッド(インド・ムンバイの映画産業)などは非常に勢いがある。それらと結びつくメディア、サービスセクター、アウトソーシングなどは、これからも大きな成長が見込めると思います。

反面、製造業や一般的なサービスセクターは数百万規模の人々を雇用しています。したがって、これらの部門が損失を出してレイオフが続くと、政治も不安定化すると思います。

神田 モディ政権はこれからどのような政策をとっていくのでしょうか。

竹中 1期目はとにかく経済成長を優先させましたが、2期目で政権基盤を固めましたので、政権の目標としては、経済成長より「大国インド」をつくる、つまり軍事力の拡大、対外政策の強化、あるいは国内の政治的な支配の強化という方向に、シフトしてきていると思われます。

現在の経済的な停滞を引き起こした要因の1つが、1期目の政策にありました。まず、2016年11月のインドの高額紙幣の突然の廃止です。これによって、経済成長を牽引してきた中小規模のビジネスを担う人々が、現金で決済できなくなった。このことが成長の足を引っ張り、その余波はいまだに残っていると言われます。

もう1つは、2017年の7月、物品サービス税(Goods & Services Tax)という、全国的に統一した税を導入したことです。これは、前首相のマンモハン・シンさんも絶賛し、日本企業を含め、外国企業もインドに投資しやすくなったと歓迎した。だからインド株が上がると思われました。

しかし、中小企業やインフォーマルセクターの人々が売買する時に、州を越える取引には手続きが必要になり、しかも一度税を収めた上で還付請求しなければいけない。つまり、流動資金としてのお金がかかる形になり、しかもデジタル化や複雑な会計処理が要求されるようになった。それによって中小企業やインフォーマルセクターが打撃を受け、成長を阻害しているようです。

2018年は雇用統計でも失業率が高くなり、それが政府批判につながりました。しかし、モディ政権は、雇用もGDPもそれほど落ちていないと宣伝し、2019年の総選挙を強力な政治力で乗り切りました。

ただ、政府の財源が不足気味になっているようです。中央銀行としてのインド準備銀行からお金を融資してもらいながら凌いでいると伝えられます。一般的に総選挙の年には財政が出動し、経済成長を後押しするものなのですが、逆にダウンしている。しかも財政が緊縮しており、厳しい状態にあると報道されています。

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