【特集:「移民社会」をどう捉えるか】
座談会: 移民社会化から考える これからの日本
2019/07/05
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施 光恒(せ てるひさ)
九州大学大学院比較社会文化研究院准教授
塾員(1993政、2001法博)。英国シェフィールド大学大学院政治学研究科哲学修士課程修了。博士(法学)。専門は政治哲学、政治理論。著書に『本当に日本人は流されやすいのか』等。
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松元 雅和(まつもと まさかず)
日本大学法学部准教授
塾員(2001政、2007法博)。島根大学教育学部准教授、関西大学政策創造学部准教授等を経て2018年より現職。専門は政治哲学、政治理論。著書に『平和主義とは何か──政治哲学で考える戦争と平和』等。
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望月 優大(もちづき ひろき)
ライター、「ニッポン複雑紀行」編集長
塾員(2008政)。東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。日本の移民文化・移民事情を伝えるウェブマガジン「ニッポン複雑紀行」編集長。著書に『ふたつの日本──「移民国家」の建前と現実』等。
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塩原 良和(司会)(しおばら よしかず)
慶應義塾大学法学部教授
塾員(1996政、2003社博)。東京外国語大学外国語学部准教授等を経て現職。博士(社会学)。専門は社会学・社会変動論、多文化主義・移民研究等。著書に『分断と対話の社会学──グローバル社会を生きるための想像力』
30年間の在留外国人の増加
塩原 昨年法案が国会で可決され、この4月より施行された改正入管法(出入国管理及び難民認定法)をきっかけに、外国人労働者のあり方について様々な議論がなされています。
実際には、日本にはすでに270万人を超える在留外国人が住んでいるわけですが、今日は、こういった現実を踏まえた上で、「移民社会」をどう捉えるか、というテーマで議論していきたいと思っています。
遅すぎるくらいですが、日本でも移民社会化の問題を真剣に考えていかなければならない。今日はマスメディアベースの短期的な政策論議ではなく、規範の問題も含め、中長期的に見て、日本社会はどのようなあり方を目指すのかという射程の長い議論を進められればと思うのです。
まず、現状からですが、望月さんのご近著(『ふたつの日本─「移民国家」の建前と現実』)は、まさに事実上の移民としての外国人住民の長期的な増加のトレンドに焦点を当てています。在留外国人の増加について、どのようなところに注目しておられるのでしょうか。
望月 この本は、政府が出している統計データや、一般に公開されている様々な研究をもとに、特に90年代以降の30年間に何が起きていたのかということをまとめた本です。
書いた動機としては、日本という国の中で、そもそも移民というテーマや問題自体が、ほとんど国内の問題として注目されてこなかったのではないかという感覚がありました。これまで「移民問題」という単語を見たときに想起されやすいのは、日本国内ではなく、フランスやアメリカなど国外の話でした。実は国内にも類似のテーマがあるのだという共通認識を作りたいと思ったことが1つの動機です。
実際に、政府が出している在留外国人統計では、たまたま平成の30年間と重なるように増加のペースが早まっていて、1980年代の終わりにはまだ90万人台だった在留外国人数が、2018年末には273万人へと3倍にまで増えている。この変化は非常に大きいと思いますが、このような形で継続的に増えてきたということを、私を含む一般の市民が正しく認識してきたかと考えると疑問です。
日本が継続的に在留外国人を増やしてきたという事実を、自分自身も含めてきちんと見てこなかったのではないか。一般の市民の立場として考えたときに、自分たちの国に対する認識が甘かったと感じています。
塩原 毛受さんは、この在留外国人の問題にいち早く注目されてこられましたね。
毛受 日本では国民も政府も、外国人を「一時的な滞在者」という立場に止めていたのだと思います。実態としてはどんどん数が増えていても、「定住者」だという認識がまったくなかったと思うんですね。ですから、実はそれを前提とした統計もなく、外国人の子どもの日本語教育も政府は全く手当てをしてこなかった。
私はこれを、「30年間の政策の空白」と言っているんです。この30年というのは一世代なんですね。日本で生まれた子どもたちが大きくなって、その人たちの子どもが生まれるくらいの時間が経っている。270万人という数は、広島県とか京都府の人口に匹敵する数です。その中には実際、社会から落ちこぼれている人たちがたくさんいるわけです。ですから、この認識の欠如は非常に問題です。
現在、新しい政策をとって、これから外国人が増えてくる、という話になっていますが、実際にはすでに270万人の人がいて、その人たちに、政府は何もしてこなかった、という現実をまず踏まえるべきだと思います。
塩原 しかし、実際には毛受さん自身が紹介されてきたように、自治体、市民社会ベースでは様々な共生の取り組みがされてきました。そのあたりについてはどうお考えでしょうか。
毛受 結局、基本的には政府が何もしなかったので、自治体やNPO、市民に丸投げされてきたのが実態だと思います。例えば外国人に対する日本語教育は文化庁がやっていますが、年間予算は、昨年度で2億円程度しかない。270万人もいるのに、ほぼゼロに等しい額です。
結局、外国の人たちが地域に定着するということを政府は想定してこなかったと言わざるを得ない。しかし、実際には定着していたわけで、政府の替わりに地方自治体、NPOが独自に外国人を受け入れ、多文化共生を進めてきたのです。このように、お金のない中、ボランティアベースで、あるいは自治体が自主的に進めてきた多文化共生という土壌はあると思います。
ただ、ボランティアの人たちも高齢化してきているし、善意に基づくような土台なので非常に危うい。一方で今、外国人の方はどんどん増えていますから、このようなやり方では到底もたないと思います。
塩原 望月さんは、難民支援協会と一緒に『ニッポン複雑紀行』というウェブマガジンを編集されています。リアルタイムに、今、生きている複雑な状況に置かれた人たちを取材されてきて、どのように思われますか。
望月 毛受さんもおっしゃる通り、政府は「短期間でぐるぐる入れ替わっていく低賃金労働者」という形を外国人受け入れの基本にしてきており、結果として生活面の支援が不十分な状況が続いています。しかし、実際には、彼らは工場の中で働く存在であるだけではなく、工場の外での生活があり、家族や子どもの問題もある。当たり前の話ですが、失業したり、年をとったり、病気になったり、学校に行かないといけない、といった様々なニーズが当然あるわけです。
その部分はこれまで自治体、NPO、学校などの様々な努力によって何とかやりくりしてきたんだろうと、1つ1つの現場を取材していて感じます。でも、「このままでいいのかな」と思うわけですよね。
日本語も母語も十分に発達しないままに成長していく子どもたちがいる。その子たちは労働市場にどういう形で入っていくのか。そういうことがあまりにも顧みられない一方で、政府は、労働者として出来上がっている人を入れて5年で戻せばいい、というような政策を今も続けている。
すでに日本にいる外国人労働者やその家族の中で、現在何らかの厳しい状況にいる方は少なくありません。そして、そのこと自体がまだまだ知られていないことにも問題を感じています。
社会全体として、今、どういうことが起き、どういう状態になっているのかを認識した上で政策を組み直さないと、長期的な影響が非常に多くの人に及んでしまう。そう考えるに十分な状況がすでに起きているのです。
2019年7月号
【特集:「移民社会」をどう捉えるか】
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毛受 敏浩(めんじゅ としひろ)
公益財団法人日本国際交流センター執行理事
塾員(1979政)。米国エバーグリーン州立大学行政管理大学院修士課程修了。兵庫県庁を経て1988年より国際交流センター勤務。2012年より現職。著書に『限界国家──人口減少で日本が迫られる最終選択』等。