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【特集:「移民社会」をどう捉えるか】
新元号の年を移民社会で迎えよう

2019/07/05

  • 坂中 英徳(さかなか ひでのり)

    一般社団法人移民政策研究所所長・塾員

「移民政策」を語ろう

日本では長きにわたり「移民政策」という言葉がタブー視されてきたが、現在、その局面が大きく動きつつある。出入国管理及び難民認定法(以下、入管法)改正をめぐり、安倍晋三首相が「移民政策はとらない」と繰り返し強調したことによって、かえってこのキーワードが国民に広く認知された。一部メディアも恐る恐る「移民政策」という言葉を使い始めた。移民政策研究所の所長として、また日本の移民政策研究のパイオニアとして、私は「移民政策」という言葉が市民権を得たことを心から喜んでいる。

もっとも、公式見解から判断する限り、日本の最高権力者たちは、いまだ移民鎖国に固執している。国民が社会の消滅と人材不足に強い危機感を募らせるなか、世論と時勢を読めない政治が断末魔を迎える日は近いだろう。

外国人の受け入れの歴史が長い欧米諸国では、最初は人身売買による奴隷労働者として外国人を入れた。しかし、現代世界において最善の外国人受け入れ法とされているのは、じつは「移民政策」なのである。欧米の移民政策研究者の間では、移住者の立場からの「エミグラント」と、入国管理の立場からの「イミグラント」の言葉がもっぱら用いられている。「奴隷労働者」はもとより、日本でしばしば使われる「外国人労働者」という言葉も禁句になった。

外国人を「労働力」としてしか考えない国に、有為の外国人は来ない。外国人を低賃金労働者と見下す国民は、異なる民族との共生関係を築けない。これは移民政策の専門家の共通認識である。

1200年間ほど続いた移民鎖国の時代は終わった。安倍首相が国会で「外国人との共生社会の実現」を語る時代が来た。そして2018年12月20日の記者会見で、明仁天皇(現上皇)は、「各国から我が国に来て仕事をする人々を、社会の一員として私ども皆が温かく迎えることができるよう願っています」と、移民社会の未来に言及された。新元号の年を迎え、国民が一丸となって世界の模範となる移民社会を創る時代の幕が開いた。

日本型移民社会とは

私が提唱する「日本型移民社会」とは、欧米の移民国家が移民の社会統合に苦悩している状況に学び、日本的な「和」を重視しながら、社会的包摂を政策的にしっかりと保障していく社会である。まず、日本語や社会的慣習についての教育から始まり、専門知識や技術の習得など職業訓練を経て、それぞれの分野で活躍してもらう。そして、安定した生活ができるようになった3〜5年後の段階で永住を許可し、希望すれば国籍を取得できるようにする。

農業・林業・漁業などの第1次産業分野は後継者難から就労人口が激減している。建設業や製造業、流通分野も人手不足が深刻だ。大企業を支える中小零細企業が後継者難で潰れていく。トヨタ自動車など世界企業も、技術者の確保が難しくなって悲鳴を上げている。こうした産業分野こそ移民政策で支えるしかない。

移民政策をとることによって、コミュニティの崩壊危機から脱する地域が出てくるであろう。近年、全国各地で記録的な地震や台風などの自然災害が発生しているが、高齢者が多数を占める地域に犠牲者が集中している。若者がいなくなった地域社会は、災害に持ちこたえる体力を失っている。若い移民を農業や漁業の在留資格で受け入れ、速やかに永住を許可し、社会の一員として迎えるしか、第1次産業の生き残る道はない。

大量移民時代には、小中学校に通う移民の子どもが飛躍的に増える。その場合、小中学生向けの多民族共生教育が重要になる。幼児教育および初等・中等教育のあり方を根本から見直す必要がある。画一的教育を改め、子どもの個性と多様性を重んじることが、移民社会の安定的な発展のために不可欠である。

また、多数派の日本人は、少数派の移民の文化を尊重する。日本が受け入れた移民が、その民族的特性を持ち続ける社会を目指す。そうしないと、せっかく移民を入れても多彩な人材が活躍する社会は創れないからだ。

日本の伝統文化の精髄を教える文化教育と多民族共生教育は、一体として行われるべきものだ。文化的アイデンティティを失った根なし草のようなコミュニティではなく、「日本人の心」と「地球市民の心」を兼ね備えた市民から成る「共生社会」を創ることが肝要である。

そうした心の広い日本人が多数派を形成する社会こそ、私が考える理想の移民社会である。移民と共に学んで地球市民に成長する日本の子どもたちに、「人類共同体社会」を創る夢を託す。

法・制度の整備では、まず日本の移民受け入れ制度の大枠を定める基本法として「移民法」を制定する必要がある。日本の移民政策の基本理念として、公平・公正な立場から世界の多様な国籍の人々を幅広く受け入れ、世界各国との友好親善関係を深めるとともに、世界平和に貢献することを規定する。とくに、国籍・民族・人種・宗教の異なる人々が日本で平和的に共存する人類共同体社会の実現を国家目標とする旨を移民法の条文で謳うならば、国際社会において模範となる「移民国家宣言」となるに違いない。

また「移民受け入れ基本計画」の策定については、まず総理大臣を議長とする移民基本政策会議を内閣に置き、年間の移民受入数、移民の入国を認める産業分野ならびに地方自治体、年間の国籍別移民受け入れ枠の決定などの基本方針について審議する。次に、内閣に移民政策担当の閣僚を置き、基本政策会議の事務局として「移民政策庁」を設置する。移民政策庁は、移民受け入れ計画の企画・立案を補佐する。そして、関係府省は、国会で承認された移民受け入れ計画に基づいて移民政策を実施する。国会の承認を求めるのは、政治家、国民の合意の上で移民政策を公明正大に進めるためである。

加えて、「移民法」では、世界各国からバランスよく受け入れることを移民政策の基本に据え、国別の量的規制を行う根拠規定を設ける必要がある。とりわけ、多数の友好国との間で「移民協定」を締結することが重要である。

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