【特集:「移民社会」をどう捉えるか】
2018年入管法改正──その政策的含意について
2019/07/05
2018年11月2日に国会へ提出された「出入国管理及び難民認定法(以下、入管法)の一部を改正する法律」は同年12月8日に成立し、同月14日に交付、翌2019年4月1日に施行された。外国人の入国、滞在、就労等の活動を規定する同法令の変更は、日本社会にとってどのような意味をもつのだろうか。同改正は、よく言われるように、歴史的な政策転換と解釈すべきなのだろうか。この問いへの回答を求めながら、本稿では、2018年の入管法改正の政策的含意について私説を記しておきたい。
歴史的な転換なのか――否定的見解
日本の労働力不足の緩和に資するとされる在留資格「特定技能」(特に1号)の新設を目玉とする2018年の入管法改正は、同政策分野における「歴史的転換」と指摘されることが多々ある。この在留資格の1号のもと、14の職種で外国人の雇用が可能となる。該当する技能及び日本語の試験を合格した外国人が受入れの対象であり、技能実習2号以上の修了者は試験が免除される。5年間で上限34.5万人を受け入れるなか、規模が3万人を超えるのは、介護(6万人)、外食業(5.3万人)、建設(4万人)、ビルクリーニング(3.7万人)、農業(3.65万人)、飲食料品・製造業(3.4万人)といった、いずれも人手不足が深刻とされる産業分野である。
「特定技能」の2号では、現時点のところ、建設や造船・船舶工業での就労しか認められていない。滞在上限が課されておらず、条件により家族滞在も認められる。1号と2号の他の違いは、前者の外国人に対して、受入れ機関(所属機関)あるいは同機関が委託する登録支援機関が、規定の支援を提供することが法的に定められている点にある。
総じて、今次の制度変更は「歴史的転換」と言えるのか否か。この答えを考えるうえでは、いくつかの留保が必要である。そうとは言いきれない、という見立てやその理由を含めて、3つの側面から整理しておこう。
第1に、2018年入管法改正の定量的効果である。この改正が5年間で上限34.5万人の外国人労働者を増加させうることは、先に述べた通りである。しかし、その規模は過大とは言えないだろう。2017年10月から翌年10月の1年間で外国人労働者が約18万人増加しているという事実に目を向けたい。つまり「特定技能」の1号を通じて5年間で受け入れる労働者の上限数の半分超が、この資格の導入前の1年間で満たされている。
特定技能による新規受入れ数を、平均して年間7万人程度と仮定しよう。他のルートによる労働力の確保に比べて有効な手段にはなりうる。ただし、右の数字は入国者数であり、「特定技能」の1号の滞在は5年までとされているから、当初は増える一途であったとしても、年を経て日本からの出国者も増え始める。その結果、長期的にみれば、日本で働く外国人の増加率は鈍るかもしれない。
第2に、「特定技能」新設の副作用である。仮にこの在留資格を通じた受入れが主流化した場合、技能実習生や、就労目的の留学生等の流入が細るおそれがある。仮にそのような傾向が現れるならば、在留資格「特定技能」の導入は、外国出身の労働者の総数を思ったほどには押し上げない。もっとも、この種の相殺効果が生じるかはわからない。技能実習生は、「特定技能」に対する供給源の役割を当面は果たすし、加えて、企業・事業主の多くがすでに経験がある技能実習生の受入れという形態を選好し続けるならば、この状況の限りではない。
第3は、マクロレベルでの影響の限定性である。このことは、2019年3月時点で就業者数が6600万人を超える日本の労働市場の規模を考えればよくわかる。海外から新規に供給される労働力は、例を挙げれば広島県の漁業や茨城県の農業のように、あるいは首都圏での外食産業のように、特定の地域の特定の産業に偏るかもしれない。もちろん、「特定技能」という受入れ枠に頼る個別の事業主にとって、それは人材確保のための不可欠なスキームとして活用される。しかし国家経済全体にとってのその効果は、局所的なものに留まる。
2019年7月号
【特集:「移民社会」をどう捉えるか】
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明石 純一(あかし じゅんいち)
筑波大学人文社会系准教授