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【特集:「移民社会」をどう捉えるか】
新元号の年を移民社会で迎えよう

2019/07/05

移民開国を決断する時が来た

私は現代世界を比較文明論的立場から俯瞰し、普遍性に陰りが見られる西洋文明の終焉が近づき、これから世界は地殻変動の時代に入ると認識する。そして、西洋とは異質の精神文化と世界観を持つ日本文明が新世界文明の創造において重責を担うべきだと、私はかねがね主張している。

現在、西欧社会で人種差別・宗教差別・移民排斥の考えが急速に広まりつつある。ヒトラーによるユダヤ人大量虐殺に代表されるエスノセントリズム(自分たちの人種と宗教が一番優れているという考え)が社会を支配する時代へ、世界史を逆行させてはならない。これは、日本にとっても決して他人事ではない。

2016年11月、私は米国の建国精神を覆すトランプ氏の移民政策に強い危機感を抱く『ワシントン・ポスト』紙と『ニューヨーク・タイムズ』紙の取材を受けた。両紙の記者は、人類共同体思想が根本にある日本型移民政策の持つ世界的意義を直ちに理解した。

なぜなら、多神教で寛容の心が豊かな日本人は、人類同胞意識を持つ国民に大化けし、今世紀末までに人類共同体社会を打ち立てる可能性がある。一方、宗教と人種における優越的感情が本性としてある西洋人が人類共同体社会を創るのは至難の業である。その前提として西洋人の心に染みこんだ排他的な民族性を拭い去る必要があるからだ。

しかし現実には、移民鎖国のイデオロギーを墨守し、惰眠をむさぼる日本こそが、よほど無責任で問題であると言わなければならない。移民問題で苦闘する先進国のなかでひとり日本が移民鎖国の温室でぬくぬく生きる時代は終わった。もはや一刻の猶予も許されない。政府は早急に移民開国を決断すべきだ。国民は「社会の一員として移民を温かく迎える社会」を創る覚悟を決めるべきだ。

人口減少により大量の移民を必要とする日本が、50年間で1000万人の移民(難民を含む)を温かく受け入れると、世界の人々と約束すべきだ。移民・難民が人道危機の直撃を受けるなか、日本政府が「人種や宗教の違いを乗り越えて人類が1つになる移民社会の理念」を掲げれば、世界中が「人道移民大国」の登場に歓呼の声を上げるに違いない。

大きな夢を描けば、大きな花が咲く

私が学生だった1960年代から70年代にかけては学生運動が盛んな時代であった。しかし、ノンポリで安定した生活を望む普通の若者だった私は、国家公務員の仕事を選んだ。ところが、何が起きても不思議ではないのが人生だ。誰も手を触れようとしなかった民族差別問題と格闘する生活が待っていた。外国人の入国管理を所掌する法務省入国管理局に就職した私の行政対象は、「在日朝鮮人」と「難民」そして「移民」であった。日本社会のマイノリティの人たちが当面する問題を担当することになった。

在日朝鮮人を筆頭に民族的少数者の処遇改善を主題とする論文を精力的に書いた。行政官時代の晩年は、未踏の世界に足を踏み入れ、世界のモデルとなる移民国家理論の創作に打ち込んだ。移民政策の理論的研究で業績をコツコツ積み上げたことが、さらなる飛躍につながった。

国家公務員生活を終えた2005年には、人口ピラミッドの崩壊という国家的危機に直面する日本を革命的な移民政策で救う仕事に出会った。移民政策一本の道を歩んだ私にとってそれはまさしく天職であった。高い志を立て、ボランティア活動として真心を込めてこれと取り組んだ。組織のしがらみとは無縁の生き方を貫き、独立自尊の精神で自由自在の活躍をした。

現在、私は大役を無事に果たして安心立命の境地にある。1975年の初論文から2019年の移民政策論の集大成まで44年間、愚直に論文を書き続けたことが、世界の識者に「ミスターイミグレーション」と認められる今日の私を創ったのだと思う。家族から「できもしない夢ばかり追いかけている」と言われたが、私は「大きな夢を描けば、大きな花が咲く」を座右の銘とする生き方を通した。後世の歴史家は「日本一の空想家」と記述するかもしれない。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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