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【特集:日本人の「休み方」】
フランスの休み方と「つながらない権利」

2019/04/05

  • 神尾 真知子(かみお まちこ)

    日本大学法学部教授・塾員 専門分野/労働法・社会保障法

あと5分!

30年以上前に初めてフランスに行った時のことで、忘れられない思い出があります。それは、法律系の本屋で夢中になって本を見ていた時のことでした。私の後ろに立った店員さんが血相を変えて何か叫んでいるのです。彼女は「あと5分!」と言っていることがわかりました。時計を見ると、あと5分で閉店時間です。彼女の労働時間はあと5分ですから、客にのんびり本を見ていられては困ります。そこで、早くレジをすませろということで、「あと5分!」と叫んだのです。

日本だったらどうでしょうか。閉店間際の客に「あと5分!」と叫ぶ店員はいないのではないでしょうか。「蛍の光」の曲を流して、婉曲に退店をうながすのが関の山ではないでしょうか。

フランスにいらっしゃった方はご存知のように、フランスは不便な社会です。日曜日は多くの商店が閉まってしまいますので、買い物に困ります。また、24時間営業のコンビニも見当たりません。8月になると、ヴァカンスで閉店の貼り紙がお店に貼ってあって、がっかりします。フランスにいると、消費者の都合よりも働く人の権利の方が強いことを感じます。

上・中流階級のヴァカンスから労働者のヴァカンスへ

フランスといえば、ヴァカンスです。何のために働くのかというと、ヴァカンスのためであり、ヴァカンスが生活の中心になっています。

それでは、ヴァカンスは昔からあったのでしょうか。歴史的に見ると、海辺等へのヴァカンスは、19世紀前半は上流階級のものでしたが、19世紀後半になると中流階級の間にも広まりました。しかし、労働者にとってヴァカンスは手の届かないものでした。1936年の社会主義政権である「人民戦線」内閣が、2週間の年次有給休暇(以下「年休」という)を法制度化しました。年休は、ヴァカンスを可能にする休暇ですが、実際には労働者が年休をとってヴァカンスを楽しむゆとりはありませんでした。

1960年代後半以降になって、所得水準の向上、自動車の普及などによって労働者にとってもヴァカンスは身近なものとなりました。今や、毎年7月の週末は「大出発」と言われる大渋滞が南仏に通じる高速道路で起こり、パリは閑散とします。

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