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【特集:日本人の「休み方」】
SFCの男性教員が育児休職を取ったら。

2019/04/05

  • 和田 龍磨(わだ たつま)

    慶應義塾大学総合政策学部教授

2016年9月下旬より2カ月間ほど、育児休職を取得した。主な理由としては妻が出産後なるべく早いうちに復職することを希望していたことと、私は神奈川県茅ケ崎市に住み、妻は仕事の関係で愛知県名古屋市に住むというように、別居していたことから、私は子どもが生まれた後には何らかの形で休職したいと思っていたこと。男性教員が育児休職を取得する場合、一般的には次のような問題がある。制度上、男性は産休を取得することはできず、育児休職のみ取得することができるわけだが、教員は授業を担当しているので学期途中で休職開始ということは現実的には難しい。このため、出産のかなり前から育児休職について計画しておく必要があった。

とはいえ、男性の育児休職(と給与の一部補償)が保証されているというのは前任校のアメリカにはない制度であり、前任校では学部長と交渉すれば担当授業科目が多少減るという程度であった。このこともあり、私は2015年度中に所属長である河添健総合政策学部長に育児休職の取得について相談した。

面談では、冒頭に河添学部長がお祝いを言ってくださったがその後「休職は何日必要ですか?」と聞かれた。数カ月は休職するつもりであった私はこの質問に多少驚いて、「いやあの、月単位で……」と答えるのが精いっぱいであった。やはり日本では男性の育児休職の取得は少なく、あったとしても数日程度なのだろうということを悟った瞬間である。正直なところ、数日程度の休職であればお忙しい学部長にわざわざ面談をお願いすることもない。ところが、さらに私が驚いたことには河添学部長は私の回答に少しも驚かず、「ではこういうのはどうですか」と、私の育児休職プランを提案してくれた。それは次のようなものである。

SFCでのほとんどの科目は1学期14週間で週に1回の授業を行っているが、4学期制を利用して1学期の前半、あるいは後半の7週間で週2回の授業を行っても前者同様、2単位の科目になる。出産予定は7月上旬なので、春学期の前半に授業を集中して行えば出産の頃には研究会を除くと担当授業はなくなる。8月から9月後半までは夏休みなので大学業務を気にする必要はほとんどない。秋学期は春学期の逆で、後半に授業を集中させればよい。すると、制度上の休職は2カ月でも、実際には6月から11月までのおよそ6カ月間は育児にほぼ専念することができる。

確かにこれは妙案である。授業についていえば、従来の1週間に1回よりもアメリカ式の1週間に2回の方が前回の授業の内容を忘れないという意味でも教育効果が高いと以前から考えていた。

長男が生まれてから3カ月以内に妻は職場復帰した。私は名古屋で育児に専念する生活が始まった。妻は早朝に出勤し、帰宅は夜なので、その間は私が赤ちゃんの相手となった。育児経験者からすれば当たり前のことなのだろうが、生まれたばかりの赤ちゃんと一緒の生活は不便も多い。仕事などしている場合でないのは当然として、ごみ捨てなどのちょっとした外出もできないし、シャワーを浴びる、母乳の解凍・加熱などの赤ちゃんから目を離すことにも気を使う。赤ちゃんは1日のほとんどを眠って過ごすというようなことを聞いていたが、私が経験したことは全く違っており、1日のほとんどを泣いて過ごすという方に近かったし、周期性があまりなく起こる排泄のためのおむつの交換や、食事の準備などをしていると、自分の思うように使える時間などは全くなかった。買い物はいわゆる抱っこ紐を使って行き、家にいるだけではふさぎ込みそうになるときにもこの紐でお散歩に行った。男性が赤ちゃんを連れて平日の昼間に買い物に来ているのが珍しいのか、名古屋ではお年寄りから「赤ちゃんの顔見せて」、「赤ちゃん触らせて」と言われることが多かったのが記憶に残っている。

このように赤ちゃんとの生活はそれまでの私の生活とは全く違うものであったが、それでも研究者としては研究のことを常に考えていたため、共同研究者との会議にはSkypeを使い、副査を務めている後期博士課程の学生の学位取得要件の1つである公聴会にもSkype で参加した。

この際、赤ちゃんが眠っているかどうかは前もってわからないため、私の後ろにベッドを配置し、私と息子がSkype に参加することにした。このようにすることで異変が起きれば私か、あるいはSkype の向こうの相手が気づいてくれるだろうということである。実際、「泣いているよ」という指摘(うるさいよということかもしれない)を受けることも、「眠っていますね」と穏やかに言ってもらえることもあった。このように、同僚の理解と協力なしには休職中の仕事が成り立たなかった部分もあるが、生まれたばかりの子どもには健康診断や予防接種など指定の日に指定の場所に行かねばならないことも多く、休職なしには育児が困難を極めたであろうと思われる。もちろん、私の育児休職期間は生まれたばかりの息子と過ごせる、私にとって大変貴重な時間であった。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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