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【特集:日本の宇宙戦略を問う】
座談会: ❝人類のフロンティア❞をどう切り開いていくか

2019/03/05

安全保障の場としての宇宙

青木 宇宙は安全保障から始まっており、安全保障上非常に重要な場所ですが、日米同盟の深化が進む中で、安全保障の場としての宇宙は今、どのように進んでいるのでしょうか。

河井 国際政治においては、古来、陸を制する者が世界を制すると言われていました。その後、海を制する者が世界を制する、さらに、空を制する者が世界を制すると言われ、そして今は、宇宙空間とサイバー空間を制する者が世界を制する、となってきました。この戦略を忠実に進めようとしているのが中国だと私は考えます。

私は第2次安倍政権が発足して6年間で、33回ワシントンD.C.へ通っているのですが、ここ1、2年はアメリカにおいて、中国に対する脅威認識が党派を超えて非常に強くなっているのを肌身で実感しています。

私はスティーブン・バノン前大統領首席戦略官と親しく会っていますが、先々週D.C.で会ったときも、中国に対しては極めて厳しい見方をしていました。これまでは財務省で為替、商務省で知的財産が、中国との交渉課題でしたが、新たに〝最強の役所”国防総省が中国を最優先事項に挙げたことを強調していました。マティス氏辞任後の国防長官代行シャナハン氏が登庁した初日に、「国防総省には3つの優先事項がある。それは、第1に中国、第2に中国、第3に中国だ」と言明した話が、その日のうちにワシントンD.C.を駆け巡ったと紹介してくれました。

米国防情報局(DIA)が1月15日に公表した最新の報告書によると、宇宙分野で中国が、「2014年に衛星攻撃ミサイルシステムのテストを行い、今は衛星攻撃用レーザーを研究開発している可能性もある」と危機感を顕わにしています。そして、今後中国が開発を目指している分野を8つ例示していますが、そのうちの2つが宇宙関連、極超音速ミサイルと宇宙システムです。

トランプ政権は、昨年6月、宇宙軍の創設を国防総省に指示しました。もともと国防総省や空軍は、宇宙軍創設はお金がかかるということで反対だったのですが、私の友人である共和党マイク・ロジャース下院軍事委員会戦略軍小委員長らが中心になって宇宙軍をつくるべきだとトランプ大統領やペンス副大統領に働きかけ、ホワイトハウスの決断で宇宙軍をつくることになりました。

ひょっとしたら米中が「新しい冷戦」構造に入ったのではないかという指摘がなされる中、宇宙が主戦場の1つになりつつあります。当然、日米同盟は日本の安全保障の基軸ですので、日本としても米国と協調してしっかりと対処していかなければいけない。その流れの中で、いろいろな安全保障の新しい取り組みを進めていくことが、日本の平和と独立を守る道だと考えます。

青木 そのような流れの中で、昨年初めて日本はシュリーバー演習に参加しましたね。

髙田 シュリーバーとはアメリカの宇宙部隊の礎を築いた人の名前ですが、この演習は、シュリーバーウォーゲームと言い、日本語ではシュリーバー多国間机上演習と紹介しています。これはまさに机上演習で、18年ぐらい前からファイブ・アイズと言われる、アメリカ、イギリス、カナダ、ニュージーランド、オーストラリアで、年1度演習を行っていました。ある種のシナリオエクササイズですね。3年前にドイツとフランスを招き、昨年は日本の関係者が招かれて初めて参加しました。シナリオでは、それぞれが役割をあてがわれて擬似的な演習をしています。

シュリーバーウォーゲームはまさに安全保障関係者の集まりですが、去年で5回目を迎えたのが日米包括宇宙対話(宇宙に関する包括的日米対話)です。U.S.-Japan Comprehensive Dialogue on Spaceとコンプリヘンシブ(包括的)という言葉が付いていますが、その意味は科学技術、安全保障、産業利用などが宇宙では一体的に密接につながってくるからです。日米の宇宙に関わる様々な部局が一堂に会し、アジェンダごとに入れ替わりながら、科学技術から安全保障までを議論し、お互いの状況を意見交換しています。連携の可能性が非常に見えてくるような対話です。

他に、包括的な枠組みを持っているのはフランスです。フランスも非常に宇宙に力を入れている国で、2年前、宇宙状況把握についての協力をより進めていきたいとフランス側から言われ、文科省、防衛省と一緒に連携強化していこうという方向で取り組んでいます。

首脳外交、あるいは外務省や防衛省、文科省など、いろいろなチャネルで宇宙分野の協力が話題に出ます。今、宇宙を取り巻く状況が変わってきている中で、多面的に宇宙を捉えて、国を挙げて対話しようという意気込みの表れがこうした包括的対話だと思います。

河井 アメリカでもう1つ大事なことは「国家宇宙会議(NSpC)」が2017年6月に復活したことです。レーガン政権の下で1988年に設置されましたが、93年から事実上休止状態でした。それが、議長にペンス副大統領、事務局長に日系のスコット・ペース博士の組み合わせで再興しました。

昨年10月にペンス副大統領が出席して初会合が開かれました。副大統領はスピーチで、ロシアや中国は衛星攻撃技術の完備を目指していることに危機感を表し、米国が再び宇宙分野でリーダーシップを取らなければいけないと強調しました。

具体的に日米間でどういう安全保障分野の国際協力を行っているかというと、1つは宇宙状況把握(SSA)、もう1つが海洋状況把握(MDA)です。宇宙状況把握とは、地上から宇宙ゴミや人工衛星の状況を監視することを言います。これについては、米国の戦略軍がJAXAや気象庁など日本の衛星運用機関に対して、詳細な情報を迅速に提供する。一方で、JAXAから米国戦略軍に対して、宇宙ゴミなどの情報を提供し、今後は防衛省が自前のレーダーを開発して提供することになっています。

もう1つの海洋状況把握(MDA)は、海上の船舶などの状況について、航空機、高層気球、人工衛星など多角的な「目」で見ていくわけですが、これはまだ総合調整と指揮命令をどこがやるかがはっきり見えていないんですね。

民間から見た安全保障領域

青木 宇宙は安全保障と安全の境目が曖昧な部分もありますから、そこがまた宇宙交通管制(STM)の必要性につながっていくと思います。コンファース(CONFERS)という新しい民間の方々の集まりの中では、どのようにSTMが考えられているのでしょうか。

石田 コンファースはアメリカのDARPA(アメリカ国防高等研究計画局)が主催しているワーキンググループのようなものですが、いわゆる軌道上サービスが対象になっています。軌道上サービスは、日本ではデブリ除去の話が脚光を浴びつつありますが、世界的にはデブリ除去のみならず、軌道上でいろいろな実験をしたり、いろいろなものを製造したり、静止軌道上での燃料の補給など多種多様なサービスの集合体として議論されています。

これまでDARPAがリードしてきた各種技術開発、国際宇宙ステーションの場で培われてきた技術の産業化、STMに関する議論の高まり、メガコンステレーション(巨大通信衛星網)計画の動きなど、様々な観点から将来的な軌道上サービスの議論が起きていると捉えています。

DARPAや民間企業が実際にルールや法をつくる機能を有しているわけではありません。ただそうしたルール形成に向けてお互いにベストプラクティスを持ち寄り、実際に世の中に利用できる技術としてどこまでできるのかを見極めながら、技術と運用の基準を検討する。そうした産業をつくるための第1弾の活動を行っているのがコンファースだと理解しています。

青木 産業側からは安全保障機関の役割がどう見えているのでしょうか。

石田 3つぐらいあるかと思います。1つは先端的な技術開発の目的を設定できるのが大きいと思います。例えば、DARPAが10年ぐらい前に、自動運転のアーバンチャレンジが行われ、スタンフォード大学とカーネギーメロン大学が優勝しました。そのスタンフォードのメンバーが全員、現在のGoogleの自動運転カーのチームになっている。カーネギーメロンのチームは、アストロボティックという宇宙ベンチャーになって、着陸船の自動制御にそのロジックをどう使うかということにチャレンジしています。

安全保障機関というのは自らがオペレーションをたくさん担っており、1つ先の時代の問いを立てていく機能は、民間から期待する1つの役割になっていると思います。

2つ目は、やはり宇宙空間においては安全保障機関のプレゼンスが非常に大きいので、そういったマーケットをつくるためのルールづくりや規制環境などをつくっていくために、当然、対話の相手として必要になってくる。

最後は、アメリカの宇宙予算は全部合わせて4兆円ぐらいあって、NASAより国防総省の予算のほうが大きいのが実態です。実際アメリカでは小さい宇宙ベンチャーですら、国防総省向けの売り上げを持っているのが実態です。民間企業から見た場合、需要の大きいお客さまという役割も果たしているのだと思います。

青木 政府に対して民間の活動を妨げない法規制のあり方を提案していくということですね。研究者の立場からはどうですか。

神武 最近、宇宙業界の取り組みと安全保障の取り組みが近くなってきていますが、日本では教育・研究機関が安全保障に直接的に関わって研究するということはまだ簡単ではなく、慎重に考え、議論する必要があると思います。例えばDARPAのチャレンジのようなものを防衛省が行った場合、大学側が喜んでチャレンジできるかというと、そこはまだ難しいところです。

石田さんがお話しされたように、安全保障は先端的な技術を培う場でもありますので、その仕組みと国民に対する透明性、技術がどこにどう使われるのかを明らかにしていくことが大事です。安全保障に必要な技術と宇宙技術は切っても切れない関係ですから、そこをしっかりやることが、新しい技術を生み出す場所にもなる気がします。

一方、例えばイーロン・マスクが始めたHyperloopという次世代交通システムのチャレンジに、われわれの大学院の学生がチームを組んで大会に出て、アジアの大学で唯一最終ステージに勝ち残り、イーロン・マスクと握手して帰ってきました。日本でコンペティションのようなものを掲げて、世界中の人たちがチャレンジするような魅力的なミッションを提示できると、それも面白いのではないかという気がします。

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