【特集:日本の宇宙戦略を問う】
ロケットエンジンの進化による、これからの宇宙探査の可能性
2019/03/05
1.宇宙探査を制限するもの
結論から言えば、宇宙探査の可能性は「エネルギー密度」にかかっている。密度が上がるごとに次なるステージに進むことができる。本稿では、これからの新しい宇宙探査を切り開く鍵について、特にロケットエンジンの観点から考えてみたい。
一般に宇宙探査と言えば、「ボイジャー」や「はやぶさ」を思い浮かべることだろう。もちろん、これらは現在を代表する宇宙探査機である。しかし、科学者に「自由に探査ができるとすれば?」と問えば、天の川銀河系内の様々な恒星、お隣り銀河のアンドロメダ、果ては100億光年彼方を探査したいとの回答が返ってくるだろう。太陽系外縁や小惑星はあくまで「今、実施可能な」探査である。
では、近い将来を想定した際にどこまで到達可能だろうか? 私なりの回答を言えば、「近未来(100年後くらい)技術を駆使してアルファ・ケンタウリに届くかどうか」だ。逆に言えば、それこそが「これからの探査」として目指す場所と考えている。
ケンタウルス座の第1番目の星という意味のアルファ・ケンタウリは、太陽からわずか38兆キロメートル離れた全天中でもっとも太陽に近い恒星である。広大な宇宙の中でみれば正にお隣りさんであるが、100年後の技術をもってしても「届くかどうか」というのはどういうことか。これは単純にスケールが違い過ぎるからだ。
はじめに宇宙のスケールを見てみよう。東急東横線日吉駅の「虚球自像(通称、銀玉)」の位置に太陽を、日吉キャンパスに向かい横断歩道を渡る直前に地球を置いてみる。このとき、金星は駅ビルの中、火星は横断歩道を渡った付近、木星は並木道からキャンパス内に進む分かれ道付近である。土星は藤山記念館や第6校舎などのキャンパスエッジ、天王星は矢上キャンパスの入り口、海王星は元住吉駅まであと300メートルの地点となる(なお、このスケールでは太陽は直径0.3ミリメートルの砂粒である)。人類史上もっとも遠くに到達した人工物であるボイジャー1号は、現在、田園調布駅の手前にきている。さて、このスケールにおいてアルファ・ケンタウリがどこに位置するかと言えば、ベルリンあるいはロサンゼルスだ。とにかく遠い。
2.宇宙で加速する
この広大な宇宙空間を探査するためには、必然的に「速さ」が必要となる。如何に速さを上げるか、加速するかが鍵だ。しかし、宇宙における加速は極めて厄介だ。普段意識していないが、地上では徒歩にしても車にしても、地面を押すことで「速さ」を上げている。加速するためには力が必要であり、力を得るためには何かを押すことが必要なのである。しかし、宇宙空間においては周囲に何もない。このため、何か押すモノを自分で持っていき、そのモノを外に投げることで加速する。このような加速の方式をロケット推進と呼び、ロケットエンジンとはそのための装置である。私達が普段「ロケット」と呼んでいる飛翔体は、「ロケット推進を用いた打上げ機」の略称だ。つまり、ロケットとはあの特徴的な形を指すのではなく、その推進方法を指している。
そして、モノを投げるときには選択肢がある。それは重いものを遅く投げるか、軽いものを速く投げるかだ。両者を掛け算した値が同じであれば、得られる力つまり加速は同じである。そして、宇宙ではガソリンスタンドのように、モノを補給する場所がないため、投げるモノはできるだけ節約し、その分を「投げる速さ」でカバーしたい。ロケットエンジンにおいて「投げる速さ」は燃費そのものであり最重要の指標となる。
また、ロケット推進におけるもう1つの特徴がモノを投げる度に自身が軽くなる点である。同じ力を加えた場合、機体が軽いほど大きな加速が得られる。したがって、同じようにモノを投げて加速していても、投げるほどに加速量は大きくなるのである。これは利点ではない。加速量を増やすために「投げるモノ」をたくさん搭載すると、重くなった分だけ加速が減ってしまうことを意味しているからだ。
これら「モノを投げる速さ」と「加速」を関係づけた式が、宇宙工学においてもっとも有名な「ロケット公式」である。
例えば、あなた自身を含めて100キログラムの車体に、900キログラム分のボールを搭載した合計1トンの「ロケット」を考えよう。あなたが全てのボールを時速50キロの速さで投げ続けた場合、最終的に得られる速さは時速115キロである(摩擦は考えない)。さらに加速するためにボールの量を9900キログラムに増やしても最終的な速さは時速230キロにしかならない。一方で、投げる速さを時速100キロに倍増すると、合計1トンの最初の仮定のままでも到達速度は時速230キロとなる。「モノを投げる速さ」の重要性がわかる。
2019年3月号
【特集:日本の宇宙戦略を問う】
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小泉 宏之(こいずみ ひろゆき)
東京大学大学院新領域創成科学研究科准教授・塾員