三田評論ONLINE

【特集:日本の宇宙戦略を問う】
ロケットエンジンの進化による、これからの宇宙探査の可能性

2019/03/05

3.エネルギー密度が速さを決める

しかし、「モノを投げる速さ」を上げるには、その分だけエネルギーが必要である。ピッチングマシーンを考えれば、倍の速さでボールを射出するためには強力なモーターを動かす大電力が必要であることはわかるだろう。そして、地上の装置であればコンセントからいくらでも電力をとれるが探査機ではそうはいかない。宇宙空間を飛んでいるのであるから、増やす分のエネルギー自体も運搬しなければいけない。

では、エネルギーを運搬するためにはどうしたら良いだろうか。物理学を学んだ方は、エネルギーには、電気、化学、光、風力、水力、核(原子力)、運動、位置、熱など多様な形があり、損失を伴いながらお互いに変換できることを思い出して欲しい。ただ、長時間の運搬に適した形となると選択肢は意外と少ない。現実的な選択肢は電気エネルギーと化学エネルギーの2つであり、それぞれ電池と燃焼が具体的な方法である。

この2つの方式を比べてみよう。探査機として見た場合、1キログラムあたりのエネルギー量(これをエネルギー密度と呼ぶ)が重要である。電池に関しては年々その性能は上がっているが、現在のリチウムイオン電池のエネルギーは1キログラムあたり800キロジュール程度である(キロジュールはエネルギーの単位)。

次に燃焼に関してはロケットエンジンにおける代表例として水素と酸素の燃焼を考えよう。0.1キログラムの水素と0.9キログラムの酸素を燃やすと約1万3000キロジュールのエネルギーが取り出せる(空気中の酸素を使う通常の燃焼と異なり、酸素も運ぶ点に注意)。水素と酸素の貯蔵にはタンクが必要であることを考えても、装置として1キログラムあたり1万キロジュールほど。電池よりも10倍以上と高い値である。このエネルギー密度の圧倒的な差こそ、これまで電気自動車よりもガソリン自動車が使われてきた理由である。

ロケットエンジンとしてみた場合、燃焼はもう1つ別の利点を持つ。それは「投げるモノ」と「エネルギー源」が同一である点だ。エネルギー源として電池を選んだ場合、例えば1キログラムの電池と1キログラムのモノの2つが必要となる。しかし、燃焼では1キログラムの水素/酸素から取り出したエネルギーを使って水素/酸素自体を投げれば良い。これはモノとエネルギーが必要なロケットエンジンにとって大変都合がよい。この特性も相まって、打上げ用ロケットエンジン、宇宙航行用ロケットエンジンのどちらにも長年にわたり燃焼つまり化学エネルギーが使われてきた。

別のエネルギー源として身近なものに太陽電池がある。これは太陽光エネルギーを電気エネルギーに変える装置であり、貯蔵を行う電池や燃焼とは少し異なる。しかし、時間も考慮にいれて「エネルギー密度」を考えれば同列に扱うことも可能だ。地球では1秒間に一平方メートルあたり約1.3キロジュールの太陽光エネルギーが降り注ぎ、これを電気に変換すると約0.4キロジュールとなる。また、一平方メートルの宇宙用太陽電池の重さは10キログラム程だ。つまり、1秒間かつ1キログラムあたり0.04キロジュールのエネルギー密度である。ただ、これは「1秒間」の話であり、仮に1年間発電し続けることを考えると、1年間かつ1キログラムあたりのエネルギーは120万キロジュールを超える。燃焼よりも100倍ほどのエネルギー密度だ。

この太陽電池と長時間発電の組み合わせをロケットエンジンに応用した装置が、「はやぶさ」で有名になったイオンエンジンである。燃焼よりも100倍のエネルギーが使えれば、モノを投げる速さを10倍にできる(エネルギーと速さの関係は比例ではない点に注意)。圧倒的に効率的な加速ができる。

ただし、このイオンエンジンにも大きな欠点が2つある。1つは、太陽から遠ざかるほど発電量が減ることだ。木星で25分の1、土星で100分の1、海王星まで行くと900分の1になってしまう。現状、イオンエンジンを利用して有意な加速ができるのは木星より内側の領域のみだ。もう1つの欠点は、地上からの打上げのように長時間発電が許容されないケースがあることだ。地球の重力によって減速される状況であっては短時間のうちに加速が必要であり、1年間かけてエネルギーを獲得していては話にならない。この意味で太陽光発電+イオンエンジンの使い所には制限がある。

4.化学、電気の次は、核エネルギー

話を探査機の速さに戻そう。ボイジャー1号は打上げ後2年で木星に、3年で土星に到達した。現在の速さは毎秒17キロメートルであり、太陽系を離れていく人工物としては最速を誇る。しかし、この速さをもってしてもアルファ・ケンタウリに到達するには、約8万年の時間がかかる。打上げロケットの増強やイオンエンジンの使用により幾分かの短縮はできるだろう。ただ、投げるモノを10倍にしても(10倍大きな打上げロケットを使うということ)速さは2倍強にしかならない。遠くに行くほど発電量が減るため太陽光発電イオンエンジンを投入しても2倍程度の速さが限界だろう。ほかにもスイングバイを多用したりしても到着時間1万年が関の山だ。一方、人類スケールで見れば、どう考えてもさらに時間を10分の1に短縮する、つまりは速さを10倍にする必要がある。このためには、エネルギー密度を100倍にする必要がある。この実現には、電気でも化学でもないエネルギー源として、核エネルギーが必須となろう。

宇宙への核エネルギーの利用は将来の話ではなく、進行形あるいは過去形の話だ。そもそも木星以遠を訪れる探査機において、太陽光発電によるエネルギーが極端に小さくなることは、速さという観点以前に大きな問題である。探査機は地球と通信しなければ意味をなさないし、姿勢の制御や温度の調整なども必須であり、探査機の基本機能の維持には全て電力が必要である。しかし、海王星の地球の900分の1という太陽光ではこれらを賄うことができない。このため、木星以遠の探査には最新の木星探査機ジュノーを除いて全て「原子力電池」が使われてきた。これは核エネルギ—によって太陽距離に関係なく発電を行う装置である。

原子力電池の基本的な構成は、放射性物質と熱電変換素子である。ある種の物質は原子内部の原子核が自然に分裂する(核分裂)性質を持ち、この分裂時に多大なエネルギーを放出する。その物質を放射性物質、このような反応は放射性崩壊と呼ばれる。放射されたエネルギーは周囲の壁面に衝突し、熱エネルギーに変換される。この熱を電気へ変換する装置が熱電変換素子である。理化学実験で多用される「熱電対」は同じ素子(現象)を温度測定に利用するものである。放射性崩壊は太陽からの距離とは無関係に生じ、海王星やさらにその先でも利用ができる。放射性崩壊の反応も徐々に減っていくが、典型的な原子力電池の場合、出力が半減するまでの期間は88年と極めて長い。

一方、原子力電池の難点はその取扱性の困難さと効率の悪さである。原子力電池に利用される代表的な放射性物質はプルトニウムである。このプルトニウム1キログラムからは1秒間に0.5キロジュールのエネルギーが放出される。これは太陽電池の10倍以上の値であるが、これを電気へ変換する過程においてその95%が捨てられてしまう。さらに、プルトニウムを保管する容器、熱を受ける部材等を含めて装置としてみると、原子力電池1キログラムから1秒間に取り出される電気エネルギーは0.005キロジュールほどである。太陽電池と比べて10分の1にまで落ちてしまっている。

カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事