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【特集:日本の宇宙戦略を問う】
ロケットエンジンの進化による、これからの宇宙探査の可能性

2019/03/05

5.そしてアルファ・ケンタウリに向かう

これまで原子力電池は、土星以遠における唯一無二のエネルギー源として使われてきた。しかし、これらは探査機の機能維持のための電力であり、加速に使うエネルギーのためではない。もし核エネルギーを探査機の加速に使うことができれば新しい宇宙探査の世界が開けてくる。プルトニウム1キログラムから得られるエネルギーの総量を計算すると約20億キロジュールであり、太陽電池(1年間)より3桁も大きい。これまでに人類は、太陽光発電+イオンエンジンの組み合わせにより、秒速10キロメートルの加速を行った経験を持つが、上記の核エネルギー量をそのままこの例に当てはめれば、秒速数百キロメートルの加速が可能と言える。そうすればアルファ・ケンタウリまで1000年を切るかもしれない。

ただし、この計算には2つの問題がある。1つは熱から電気への変換効率が5%程度と低い点、もう1つは時間である。仮にプルトニウムの核エネルギーを放射性崩壊により取り出そうとした場合、その90%を取り出すには300年近くを要する。探査機の加速だけに300年を要することはできない。より効率よく、より短い時間で核エネルギーを電気エネルギーに変換する方法が必要だ。

このための方法も地上では既に実現している。放射性崩壊ではなく連鎖反応を利用するのだ。放射性崩壊は偶発的に生じる核分裂を利用していたが、ある核分裂をきっかけとして別の核分裂を引き起こすことで連鎖的に反応を起こすこともできる。これを利用すれば大量の核分裂を生じさせることができる。さらに、この連鎖反応は周囲に存在する原子の数や周囲の条件(反射や吸収)によって制御することが可能だ。そのようにして、ちょうどよい速さの核分裂反応を生じさせる装置が原子炉であり、原子力発電所で使われている方法だ。原子力発電所では熱から電気へのエネルギー変換は、火力発電と同じようにタービンを回して行われる。このときの効率は30%程度と熱電変換素子よりも大きい。つまり、原子炉は原子力電池よりも効率的に短時間で核エネルギーを使う可能性を持つ装置である。

実は、宇宙用原子炉の研究は1960年代にアメリカやソ連において多く進められ、宇宙での使用経験すらもある(地上の原子力発電とは異なるタイプ)。しかし、現在進行形のプログラムは存在しない。この理由は、核燃料の地上打上げのリスク、太陽光発電の性能向上が大きい、そして深宇宙における大電力の必要性がなかったことによるだろう。

ただ、人類の宇宙探査の領域は広がり、さらなる拡大のためにエネルギー密度の向上は不可欠である。エネルギーとしては核融合や反物質というワードもあるが、化学、電気、原子力含めて、それらの本質的な違いはエネルギー密度だ。そして、次に人類が操れる高密度エネルギー源は原子力(核分裂)であろう。このためには軽量で高効率な宇宙原子炉の技術と、安全な打上げ方法の確立が必須である。宇宙における加速では軽さが命であり重さを気にしない地上の原子力発電とは大きく異なる。また、放射線に満ちた宇宙では原子炉からの放射線を全方位に渡って遮る必要もないし廃炉や事故処理の考え方も異なる。地上での知見をベースにしつつも宇宙に適した設計が必要だろう。打上げの問題は難題ではあるが、打上げロケット技術や信頼性向上という追い風はある。また、小分けにすることでのリスク分散や、宇宙における濃縮といった方法も有効だろう。

この背景で見ると、日本が誇る高信頼性打上げロケットやこれまで培ってきた原子力利用・失敗経験は大きな武器と言える。日本の宇宙予算は極めて小さい。アメリカの10分の1、中国の数分の1であり、これからの探査を考えた時に力勝負では話にならない。近年は宇宙系ベンチャーが活発であり日本にも期待される企業がいくつもある。しかし、これもアメリカや中国に比べると数が2桁3桁少ない。ベンチャー企業が生き残る本質は確率であるから、こちらも力勝負は考えものだ。日本の勝ち筋を考えた場合、米国の新興ロケット企業のようにチャレンジ精神でひたすら進むより、H-ⅡAロケットのように着実にコマを進める方向であろう(この点、チャレンジの塊であった「はやぶさ」はかなりの例外だが)。もしかすると、慎重さが求められる宇宙原子炉の実用化は日本に向いているかもしれない。

ただ、実際のところ、原子力利用においては、技術的な課題よりも社会的な課題の方が困難に見える。3・11において様々な問題が明るみに出たことは事実であるが、以降の原子力を巡る議論は感情論と極論ばかりが先行している。「絶対安全」のような非科学的な議論が横行しているようでは、真の利用は夢のまた夢だろう。科学的にリスクを確率的に捉え、メリットとデメリットを天秤にかける。これはどのような技術に対する決断としても基本である。その採否は政治的なものであるが、それとは並行して行う科学的・技術的な検討は妨げられるべきではない。これは一朝一夕に解決する問題ではなく、科学者・技術者が真摯に対話をつづけていくことが唯一の道だろう。

6.おわりに

本稿では、ロケットエンジンに焦点をあてて「これからの宇宙探査」を述べたが、これは宇宙探査の極々一部でしかない。宇宙探査のために探査機に求められる機能は様々であり、ロケットエンジンは中核ではあろうが、そのうちの1つでしかない。宇宙工学は、学問的に分類では総合工学と呼ばれる。これは、様々な学問を駆使してある1つの目的を達成するという学問を指す。したがって、宇宙探査に必要な学問および知識が全分野にわたることは必然と言える。これら宇宙探査の全貌に興味があれば、拙著『宇宙はどこまで行けるか——ロケットエンジンの実力と未来』(中公新書)をご参照いただきたい。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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