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【特集:日本の宇宙戦略を問う】
座談会: ❝人類のフロンティア❞をどう切り開いていくか

2019/03/05

宇宙ビジネスの潮流

青木 当時の希望に溢れた雰囲気を思い出しました。

準天頂衛星「みちびき」は、今は4機体制で、昨年11月にサービスが開始されました。髙田さん、宇宙開発利用を担当する官僚トップとしてのお立場から、現在の宇宙開発利用の状況、また今後のビジネス利用の動きなどをどのようにご覧になっていらっしゃいますか。

髙田 昨年12月に防衛大綱が改定され、宇宙、サイバー領域等について、日本が備えを始めましたが、宇宙基本法ができて10年たって、ようやくそういう位置付けができるようになったのですね。諸外国ではむしろそういった領域を防衛に使うことは当たり前でしたが、ようやく日本も変わってきました。

実用を踏まえた宇宙開発を行うということで言えば、2006年に準天頂衛星試験機の「みちびき」初号機の開発が始まり、2018年に4機体制が整いサービス開始になりました。みちびきは実用衛星なので、国民生活に役立てていかなければいけません。また、みちびきは測位信号ですから、国際的な用途もあり得るので、インドやEUとも協力していこうという話もあります。

2005年のロケット打ち上げ再開までが少年期だとすれば、まさに宇宙基本法制定からはようやく青年期・壮年期に入ってきているのでしょう。ここで頑張らないと、他国との差が開いてしまうかもしれないので、しっかり取り組まなければと思っています。

青木 そのような中で、民間の宇宙ビジネス領域で多岐にわたるお仕事をなさっている石田さん、今、何に注目し、どのような活動をなさっているのでしょうか。

石田 やはり2008年に宇宙基本法ができ、安全保障と産業振興と科学技術という三本柱の中で動いてきた流れもあり、日本の宇宙ビジネスは、ここ5年ぐらいで急速に盛り上がってきたと感じています。この熱気が具体的な事業を多数生んで、産業として発展していけるかが挑戦だと思っています。

他方で世界に目を向けると、宇宙ビジネスの象徴と言えるアメリカのイーロン・マスクのスペースXは創業が2002年です。ジェフ・ベゾスがつくったブルーオリジンは創業が2000年です。ベゾスは1999年に、アマゾンのCEOとして『タイム』誌のパーソン・オブ・ザ・イヤーになった。IT長者として世の中に出た翌年、彼は宇宙ビジネスをやるための企業を創業しています。日本の時間軸とアメリカの時間軸には10年以上の差があり、その2つを並べると示唆深いです。

宇宙産業の商業化自体は80年代から欧州中心に進んでいましたが、現在の流れを生んだのは2000年以降のアメリカだと思います。アメリカでは、アポロ計画の後の国際宇宙ステーション計画とスペースシャトル計画に対して、NASAは人類を月まで到達させたのに、なぜ地球近傍に戻ってきたのかという忸怩たる思いを募らせていた方々がいて、それが今の宇宙起業家になっています。

スペースシャトル退役後に、自国による宇宙輸送手段の確立という課題を政府が抱え、他方、民間から宇宙輸送をやりたいという起業家精神溢れる方が出現、彼らはITバブルが生んだ資金力と新たなデジタル技術を持ち込んできました。成功例と言われるのが、スペースXが担っている国際宇宙ステーションへの物資輸送サービスです。

2000年代初頭に新しくできた宇宙関連企業のほとんどはロケット系、輸送系でしたが、宇宙への輸送手段の革新が見え始めたことにより、その後に小型衛星のビジネス、それから衛星のデータ利用のビジネス、最近の宇宙旅行や軌道上でのいろいろな実験やサービスと、宇宙ビジネスが広がりつつあります。

私自身は、こうした転換期にある宇宙産業において新たな宇宙ビジネスの発展と拡大に貢献したいと思っています。経営コンサルタントとして関連企業の課題解決や政府の政策検討を支援し、また宇宙ビジネス全体の認知度拡大や振興を目的に、日本初の民間宇宙ビジネスカンファレンス「SPACETIDE」を2015年に立ち上げるなど業界横断的活動をしています。

宇宙利用の拡大へ

青木 大学はなかなか輸送系からというのは難しいと思いますが、先週(1月18日)は慶應の超小型衛星もイプシロンにより打ち上げられました。あれは慶應としては初めてのことですね(口絵参照)。

神武さんは研究・教育という立場から宇宙利用に携わっていらして、現状をどのように考えられますか。

神武 先ほど河井さんがお話しされたH-ⅡA6号機の前にも、1999年にH-Ⅱロケット8号機で大きな打ち上げ失敗をしています。その時、私はロケット開発担当者だったので、そのロケットのエンジン捜索のための深海調査に加わりました。その頃、つまり20年前になりますが、今のJAXA、当時の宇宙開発事業団では、「宇宙開発はロケットを打ち上げられてなんぼ」の世界でした。とにかくロケットをしっかり打ち上げようという時代です。

当時は、宇宙開発事業団が科学技術庁所管の法人で、宇宙科学研究所が文部省所管の研究所でした。産業化というキーワードはほとんどなく、研究開発に関する議論が中心で「ビジネス」などと言うのが憚られる時代でした。

その後、東京大学の中須賀真一先生を中心とするチームが2003年に超小型衛星を世界で初めて打ち上げることに成功したわけですが、そのときも、研究・教育の一環での実験衛星でした。今はいろいろと変わってきています。

日本の宇宙開発は、現在では内閣府が全体を統括しています。JAXAと防衛省の間でも人や情報の交換が当たり前の時代になり、安全保障や防災にも普通に衛星が使われています。また、人工衛星やロケットが高機能化しつつもコモディティ化してきているので、大学が果たせる役割も広がり、すでにいろいろな大学で人工衛星を打ち上げていて、衛星をつくることがそれほど特別ではない時代になっています。

これからすべきことは、それを使っていかに産業を起こすか、社会を豊かにするかを考え、実行することです。IoT社会で重要な役割を果たす人工衛星が、グローバルなセンサーとしての役割を果たすようになってきました。この20年間で宇宙開発の位置付けが変わってきたという気がしています。

青木 髙田さんは産業化というところでも様々な旗振り役を果たされていると思いますが、現在の産業化の状況はどのような感じでしょうか。

髙田 「宇宙産業ビジョン2030」という2年程前にまとめられた答申があるのですが、現在のわが国の宇宙機器産業と宇宙利用産業の規模は約1.2兆円ぐらいですが、2030年代早期には倍増を目指すとされています。

その中には、例えば外国の衛星の打ち上げサービスを獲得していこうじゃないか、外国の通信衛星市場にも日本が入っていこうじゃないか、あるいは、通信、衛星放送だけではなく、リモートセンシングや測位分野を使った宇宙利用などをもっと広げていこうじゃないか、というものもあります。

さらに宇宙の利用は、これからビッグデータやAIを用いて社会活動とより一層密接になっていくと言われています。日本の宇宙分野の実力は国際的にも信頼性が高いですから、それをさらに伸ばしていきたいと思います。

「State of the Satellite Industry Report 2018」の統計で見ますと、世界の宇宙産業市場の規模感は約26兆円です。日本と違い、地上設備や打ち上げサービスや衛星製造産業なども含むので単純に比較できませんが、GDP比から見れば、日本はもっと取れる部分があるのではないかと思います。

宇宙機器産業は現在約3500億円くらいですが、官需の部分の比率が高いのです。去年の政府の宇宙予算が約3000億円強で、ロケットを打ち上げるとか、衛星を開発する部分が多いので、どれだけ純粋な民需を伸ばしていけるかが大事だと捉えています。

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