【特集:防災とコミュニケーション】
座談会:自然災害に備える"ことば"のちから
2024/12/04
台風情報と大雨予測の課題
矢島 台風の情報について「大型で、非常に強い」という言葉が付くことがありますが、これは風の強さに基づく指標です。今年8月、台風10号が広範囲に記録的な大雨をもたらしました。あの時、台風10号に対して一時、風の指標によって「台風の特別警報」が出され、一気に危機感が高まりました。しかし、風が弱まって特別警報級の台風ではなくなった瞬間にちょっと油断が生じませんでしたか? また、暴風域が消えた時点で、さらに危機感が低下した印象があります。その後、台風10号は熱帯低気圧化しましたが、大雨のポテンシャルは保っていたので、広い範囲に記録的な大雨をもたらしました。
風に基づく指標も大事ですが、雨に関しても警戒感を高められるような伝え方がないものかと悩んでいます。
宮本 おっしゃったように台風の指標は全部風でできています。しかし、雨台風と言うように、風がそれほどでなくても、雨が激しく降るタイプもありますし、この間の2024年台風10号は台風中心から相当離れたところでも雨が激しく降りました。風だけの定義だとどうしても危険性は伝えられないので、このあたりは考える余地は確かにあります。
台風においても他の気象現象と同様に、雨がいつ、どこで激しく降るかは、かなり精度が高くないと予測できません。現在、天気予報は雨も予測できる時代になってきていて、台風による雨も比較的精度は良くなってきていると思いますが、これと言った指標はまだないです。ですので、これは意義のあるお考えだと思います。
まだはるか南に台風がいると思っていたら、激しく雨が降ることも結構あります。温暖化により、ちょっとしたきっかけで、離れていても台風が着火剤のようになり、どんどん雨が降ることが普通になっています。
南海トラフ地震臨時情報とは
大木 さて、地震に話を戻します。この夏、初めて南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)が出され、土佐清水市はまさに真正面からそれを受けたことと思います。この臨時情報とは何なのかを簡単にお話しします。
南海トラフ地震の震源域はこれまで、静岡県から高知県までの地域を想定していましたが、3・11の後にもう少し範囲を広げて宮崎県沖までを考えるようになりました。歴史的には90年から150年の周期で起こり、すべてが連動する地震が起きると最大マグニチュード9・1というのが地震学が出している見積りです。この地域すべてが連動して同時に起きる場合と、東海・東南海だけが同時、その後に高知県沖の南海で起きる場合とがあります。
大体東側から地震が起きて、その後に西で起きるということがわかってきましたので、大きな地震が静岡、和歌山で起きれば、次に高知県のほうで起きる可能性が高い。その時、高知の消防の人が和歌山に助けに行っていたら大変なので、高知の人に大地震発生の確率が高いことを伝えるべきだろうということで、南海トラフ地震の臨時情報ができました。
しかし実際にはいつ地震が起きるのかはわかりません。歴史的には和歌山で起きてから3年後に発生したこともあったし、1日半後に来たこともありました。では、3年間ずっと地震を待つのかと言えばそれは難しい。どのくらい警戒して過ごしてもらうかを科学的に決めることはできないので、人は1週間ぐらいなら警戒し続けられるだろうということから、とりあえず1週間、警戒しましょう、という形になったのが臨時情報です。
日向灘から始まる南海トラフ地震のケースは知られていないのですが、一応近くで起きた時も警戒しましょうということで、警戒バージョンと注意バージョンにランクを分けて出すことが国として決まりました。今年8月8日が初めてその臨時情報が出されたケースでしたが、日向灘沖でしたので、警戒ではなくて注意となりました。
土佐清水市はじめ南海トラフ沿岸の自治体は皆、臨時情報が出た時にどうするかということは、予め決めていらっしゃいます。岡田さん、今回はどのような対応をされましたか。
岡田 今回の日向灘沖の地震に伴う臨時情報では3つの対応をしています。土佐清水市では震度1の地震だったので、通常の地震対応をまずやりました。その中で、南海トラフ臨時情報「調査中」と気象庁から発表されたので、その対応をし、その1時間後ぐらいに「巨大地震注意」が発表されたので、3つ目の対応を取りました。
「巨大地震注意」が出された時、実は市長が出張中でしたので、市長が帰ってから判断してもらうべきだという意見と、残っているメンバーで先に高齢者等を避難させるべきだ、という意見に議論が分かれました。近隣の市町村の状況を見ながら判断していくことになりましたが、高知県ではこの時点で高齢者等避難のために避難所を開設していたのは南国市と黒潮町だけでした。
市長が帰ってきて、喫緊に地震が起こる状況ではないという判断の下、夜の避難は危険なので、1日様子を見て避難所の開設を判断することになりました。「巨大地震注意」の住民への周知は、防災行政無線とエリアメールで夜のうちに行い、翌朝、避難所開設を決定しました。
そこでちょっと問題が起きたのは、マスコミ等が「普段通りの生活をしてください」という情報も流していたことです。その時、公民館は昼まで事業の予定が入っていました。それを止めて避難所を開設していただけませんかとお願いしたところ、皆集まっているから、昼まではその事業をやらせてくれということで、避難所の開設はお昼からになってしまいました。
結局、土佐清水市の避難所開設は他市町村の状況から判断して対応がしやすい1カ所に絞って開設しました。ただ、ここからの1週間が長くて、交代要員をどうするかという課題が出てきます。避難所だけではなく、危機管理部局の交代も要ることがわかりました。
避難者は土佐清水市は1週間で延べ80人でした。1日最大15人の10家族です。課題としては職員の入れ替えの問題と、部長が不在の場合に決定権を持つ人がいなかったので、副部長的な存在は必ず決めておくべきではないかという議論がなされています。
やはり南海トラフ地震注意情報の検証をしっかりして課題整理は行わなければならないと思います。問題の洗い出し、見直しにはよい機会となりました。高齢者等避難を発令して住民に安心を与えることができた一方、様々な問題も見えてきました。
大木 あえて複数の避難所を開けずに1つに集約したわけですね。1カ所でも交代要員をお盆の時期に確保するのはすごく大変で、全部開けると、それだけ交代要員が必要になってくるわけですね。
岡田 複数の避難所を開けた自治体の方に聞いたところ、1カ所の避難所に2名張り付けてローテーションは担当避難所で決めてくださいとなっていたので、24時間詰める人もいたり、6時間交代の人もいて、臨時職員さんにも声をかけなければいけない状態も発生していたそうです。
臨時情報をどう伝えたか
大木 この臨時情報について、矢島さんいかがですか。
矢島 私は8月8日の臨時情報の際、24時間ニュースを放送しているCS放送「日テレNEWS24」で、初動から5時間ほど担当しました。
臨時情報に関しては事前に、南海トラフの地域にある日本テレビの系列局とともに何度も訓練をしていました。また、NHKと民放の在京6局の防災担当のアナウンサーで局の垣根を越え、2カ月に一度くらい合同勉強会もしていました。今年4月に震度6弱を観測した豊後水道の地震を受けて、内閣府と気象庁の方に講師に来ていただき、臨時情報の流れを再確認する勉強会も事前に開いていました。
南海トラフの想定震源域で地震が起きると、2系統の情報が出ます。1つは通常の地震情報の流れと同様、ブロック震度、震源情報(津波の有無)、市町村震度といったリアルな情報です。
一方、南海トラフでは、臨時情報というもう1つの系統の情報が出ます。まずM6・8以上だったら「調査中」が出ます。その後の判定会でM7と評価されたら「巨大地震注意」が、M8だったら「巨大地震警戒」が出ます。
通常のリアルな情報と、臨時情報という2つの系統の情報のうち、より大事なのは、リアルな情報であるということを、事前に確認していました。なぜなら、必ずしも大きな後発地震が起きるとは限りません。それよりも、先発地震の揺れによって既に建物が傷み、実際に津波が到達しているかもしれません。そのため、南海トラフで大きな地震が起きた時は、リアルな情報の方を重く扱うべきだというわけです。
8月8日の初動でも、実際に津波注意報が出ていたので、まずは津波に対する呼びかけを徹底しました。それと同時に、特に宮崎県の皆さんに向けては、建物が傷んでいたり、斜面が崩れそうになっていたりする危険性を伝え、身の安全確保を呼びかけました。
また、今回出た臨時情報は「巨大地震警戒」ではなく「巨大地震注意」でした。1週間の事前避難が必要ないケースであったため、冷静な行動を呼びかけることも重視しました。
しかし、自分がカメラに向かって「注意してください」と言った言葉が、宮崎県の皆さんに対する「後発地震への注意」という意図に聞こえたのか、それとも太平洋沿岸の広い地域の皆さんに対する「臨時情報に注意」という呼びかけに聞こえたのか、そのあたりが曖昧になってしまいました。南海トラフの呼びかけの中には「2つの注意」が混在します。上手く切り分けられなかったことは反省点です。
大木 よくわかりました。臨時情報に関しては、旅行や帰省を控えたことなども含め、かなり経済的な損失も大きかったという数字も出ていますね。
それ以上に自治体の人のやりくりですとか、避難所を開設しつつ平常通りの生活をどう両立させるのか、という現場の声を地震学の側もしっかり受け止めたいと思っています。
2024年12月号
【特集:防災とコミュニケーション】
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